見出し画像

大学はなぜ「見た目だけのITプロジェクト」を量産するのか?

※ 2023年1月27日に闇のIT営業勉強会の第三回を行った。本記事はそのレポートである。

↓ 「闇のIT営業勉強会」自体の紹介はこちら

今回の話題提供者はマクドナルド氏(仮名)。ある大学の、教育・医療系の学部で、とあるITプロジェクトの担当をしていた大学職員の方だ。所属大学名や学部名は明らかにできないが、教育・医療・福祉などの対人支援領域の所属であり、ITや工学に詳しい人は少ない学部であったことを補足しておく。

本記事で明らかにするのは、日本の大学では、なぜ「見た目だけのITプロジェクト」が次々と生まれているのかである。

昨今、コロナ禍の影響もあり、教育や医療の研究領域において、ITプロジェクトが多数生み出されている。真面目に学生や患者の利益を目指しているプロジェクトもある一方で、見た目だけで中身のないITプロジェクトも存在するという。マクドナルド氏の見立てによれば、対人支援領域の研究におけるITプロジェクトの半数近くは、このような見た目だけのITプロジェクトであり、関わるべきではない、という。

なぜ、このような「見た目だけのITプロジェクト」が次々と生み出されるのだろうか? どのようにして見極めれば良いのだろうか? これらの疑問を、日本のアカデミアを取り巻くお金の流れという観点から明らかにしたい。

概論:お金のないアカデミアと、「IT」という救世主

日本のアカデミアにはお金がない(無駄な事務作業は増え続けるにも関わらず)。それぞれの研究室は、獲得できた少ない研究費や予算をやりくりして、なんとか日々をサバイブしている。例えば以下のような工夫だ。

  • 予算のある事業で紙などの消耗品を購入し、予算のない事業に回す

  • 少し余裕のある教員に、研究費で事務員を雇ってもらい、学生の教育に必要な事務作業を担当してもらう

ただでさえ、教員は大学から「残業代のかからない労働力」とみなされており、面倒な事務作業を押し付けられがちである ※1。事務員が確保できなければ、教員は事務作業に忙殺され、本来やるべき研究や教育はおざなりになっていく・・・。

そんな中、コロナ禍により、IT事業に対する補助金ラッシュが起きた。ITと名のつく研究(例えば、患者教育に用いるアプリ開発や、オンラインでの医療提供システムなど)は、非常に予算が獲得しやすくなっているという。

常に資金と労働力の不足に悩んでいる対人支援領域の研究室にとって、「IT」は予算を獲得するためのおまじないとなり、救世主になった。科研費の申請書に「システム構築」「アプリ開発」と書くと、採択され、予算が手に入る。予算が獲得できれば、消耗品の購入や事務員の雇用が可能になり、研究室を維持できる。

1. アカデミアの収入源と研究計画書

まず、大学の研究室の収入源について概説しておこう。

お金の出所は大きく3つ。大学から各研究室に配分されるお金、文部科学省管轄の日本学術振興会が交付する科研費、民間企業から払われるお金、である。民間企業から払われるお金には、民間助成金や研究奨励寄付金といった、純粋に学術振興の側面が強いお金もあれば、共同研究や受託研究の対価といった、ビジネス取引の側面が強いお金もある。

一部の受託研究などの例外的なケースを除いて、研究室へのお金は全て先払いである。つまり、お金は、優れた研究成果が出た時ではなく、優れた研究計画書に対して支払われる。

例として、公益財団法人医療科学研究所の出していた研究助成募集要項を紹介しよう。

最初に、書面やホームページなどで以下の項目で構成された募集要項が公開される。

  • 助成の趣旨

  • 助成対象となる研究の条件

  • 助成金の金額

  • 枠数(助成目標件数)

  • 助成金の用途の条件

  • etc…

次に、研究者が募集要項を見て、研究計画書を選考委員会に提出する。

応募締切後、選考委員会は、提出された膨大な研究計画書を確認し、採択する研究を選ぶ。今回の例では、募集要項における助成件数は「7~10件程度」となっているが、実際には65件の研究計画書の応募があり、そのうち12件が採択された。選定の基準は、助成金の趣旨に合っているかどうか、新規性や社会的意義はあるか、研究計画書の実現可能性が伴っているか、などだ。

研究者は、多くの助成金に採択してもらうため、日々工夫を凝らしている。ほとんどの場合、助成金の倍率は高く、採択される確率は低い ※2。また、助成金額もそれほど高くはないので、一つの助成金だけでは研究費全体を賄えないことが多い。とにかく「数を出す」ことが重要なのだ。

それゆえ、「効率良く、質を高めつつ、数を出す」工夫が求められる。イメージとしては就職活動の自己PR書に近いだろうか。だいたいの研究者は、常日頃から、自分が「受かりそうな」助成金(=自分の研究領域に近い助成団体や助成金)を定期的にチェックしているし、中には、いざという時に研究計画書をすぐ書けるような文例を蓄積している研究者もいる。普段行っている研究の部分課題を切り出して、それぞれの研究助成の趣旨に合うように書き直して提出する・・・といった工夫を行うこともあるそうだ。

研究者が十分なお金を集められるかどうかは、お金を出してくれる人たちに対して優れた研究計画のプレゼンができるか、というプレゼン力に依るところが大きい。

しかも、助成金は、一度支払われてしまえば必ずしも研究計画通りに研究を実行する必要はなく、計画通りの研究成果が出たかどうかは問われない。マクドナルド氏の言葉を借りれば、研究費は、成果ではなく「可能性に払われている」。研究者は常に、自分の研究の「可能性」をどれだけアピールできるか、を競い合っている

2. 「外受け」のためのITシステム構築

コロナ禍以降、国や自治体は対人支援領域のIT化の推進を強く推し進めている。学校や医療などの対人支援領域は、特にIT化への対応が遅れている領域と言われる。コロナ禍以前であれば「現場の事情があるからしょうがないよね」で許されていたが、コロナ禍以降、世論の高まりもあって、そうもいっていられなくなった。

今、研究者に対して「お金を出す人たち」(助成団体やその選考メンバー、自治体の長、研究費の寄付をする民間の大企業、etc…)は、このような、対人支援領域のIT化を進めなければという危機感の中にある。

実際、上記で紹介した公益財団法人医療科学研究所の研究助成募集要項にも、助成対象研究テーマの中に「With/Post コロナ時代の医療提供システム」が盛り込まれ、コロナ禍を意識した研究を助成する姿勢を明確に打ち出しているし、民間企業が教育や医療のIT化に参入しようとして(巨額の投資として)研究費を寄付してくるケースもあるようだ。

このような流れの中では、当然、システム構築やアプリ開発などを目玉にした研究計画書が増えていくことになる。「IT」に絡むことで、研究費が手に入りやすくなるからだ。

勉強会の中では、マクドナルド氏が体験した、民間企業と大学の大型の共同研究についての事例(プロジェクトX)が語られた。ある法人が、IT化プロジェクトを一緒に進めてくれる研究チームを募集するコンペを行い、マクドナルド氏の属する研究室が、理想的な研究計画を提出してコンペを勝ち取ったが、大学側は研究計画をほぼほぼ守らず、譲渡された予算で他研究にも利用できる消耗品や人員の補充を行なっていたという。

発表スライドより

「システム構築」や「アプリ開発」という単語は、お金を出す人たちに対して受けが良い。お金を出す人たちにウケるような研究計画書を書き、プレゼンをすれば、お金が手に入り、研究室を守れる。

しかし、マクドナルド氏によれば、そのような経緯で作られたシステムは「外受け」のみを追求したシステム、つまりお金を出す人たちにだけウケるシステムになってしまう。例えば「○○患者のためのアプリ開発」という研究が立ち上げられ、お金が集まり、非常におしゃれで多機能なアプリを作るが、実際にそれを使うエンドユーザは最初の実験のための数人程度しかいない・・・といったことが生じる。こうして、「見た目だけのITプロジェクト」が量産されていく・・・。

3.ITへの不安が強い業界風土

「見た目だけのITプロジェクト」が量産されるもう一つの理由として、業界の風土が挙げられた。マクドナルド氏によれば、業界的に「自分たちの課題がITなんかに解決されてしまうことへの不安」があるという。

発表資料より
発表資料より

繰り返しになるが、対人支援領域は、IT化を進めなければ、という危機感の最中にある。それゆえ、現場で働いている人は、これだけ周囲で騒がれている「IT」に興味を持ってはいるし、外向けに変化や新しさをアピールしていきたいとも思っている。一方で、組織内部ではITに対する不安や抵抗感が強く、大きな変化を好まない。それゆえ、「外向けには変化や新しさ、革新性をアピールできるが、内向けには本質的な変化をもたらさないソリューション」が好まれる傾向にある。

個人的に面白いなと思ったのは、「現場の人は、業務の中の自分なりの工夫、テーラーメイド感を愛している」という意見だ。書類の書き方の工夫、付箋やマーカーの使い方など、そこには現場で積み重ねられてきた工夫がある。いざシステムが導入され、その方が便利だと実感してしまえば、抵抗は収まるものの、導入初期は「今まで通りに付箋が使えない」ということが大きな不安要素になる。また、今までの書類に比べて、ITシステムは「自分なりの工夫」ができる余地が少ないフィールドに見える、ということなのだろう。

4. 膨大な事務作業と若手に負担を押し付ける権力構造

「見た目だけのITプロジェクト」が量産される最後の理由として、「労働力を空費することへのコスト意識の低さ」が挙げられた。

そもそもとして、大学は非常に面倒な手続きが多い。「ITの導入によって余計な書類が増える」という矛盾した事態が生じることもある。

具体的な事例として、学会参加費の立替清算手続きの事例の図が提示された。

発表資料より

大学では事務局の権力が大きく、やろうと思えば、事務局は、嫌いな大学教員の様々な行動を監査によって邪魔することができるという(例えば、書類の不備を突いて研究費の支払いを出し渋るなど)。

加えて、事務員は残業代がかかるが、教員は残業代がかからないため、負担の大きな事務タスクを、事務員から生意気な若手研究者に移すことが常態化しているという。若手からすると、このような面倒な事務タスクをこなすことで上に認められる・・・ということもあるようだ。

このような権力構造があるため、例えば教授が資金獲得のために中身のないITプロジェクトを立ち上げる場合、立ち上げの労働力は若手の教員や院生などから供給されることが多い。彼らには時間給という概念がないため、「人件費がかかっている」という意識が発生しにくい。民間との共同研究の契約の責任を若手職員に負わせ、予算は教授が勝手に別の事業で使うのが当たり前なこともあるという。その場合、契約違反の言い訳を考えたり、取り繕う作業は若手職員が担うことになる・・・とのことだった。契約時に「○人の体制でやります」と書いておいて、そこに適当に手が空いてる若手を嵌め込んで、それっぽい作業をさせる・・・というようなこともあるらしい。

まとめ

なぜ「見た目だけのITプロジェクト」が生み出されるのか

本記事では、日本の大学において「見た目だけのITプロジェクト」が生み出される以下のような構造について説明してきた。

  • 日本のアカデミアは慢性的に金欠状態にあり、本当に必要な研究や教育の維持も危ぶまれている

  • 現在、「IT」は資金が獲得しやすい研究テーマの代表格であり、研究計画書にシステム構築などを盛り込むことで、研究費の獲得につながりやすい

  • 研究費は、基本的にプロジェクトの実行よりに支払われるため、実際に成果につなげる必要はない。そのため、(実現可能性やエンドユーザへのデリバリーを考えず)ただ理想を描いただけのプレゼンをする合理性がある

  • 対人支援領域は、外向けに変革のアピールをしなければという危機感はあるものの、内部的には変化への不安が強いので、「外向けには革新性をアピールできるが、内向けには本質的な変化をもたらさないソリューション」が好まれる

  • プロジェクトの中身の空洞を埋めるための言い訳として、若手の教員や院生など、「人件費の見えない労働力」が使われており、労働力の空費が組織課題として上がりにくい


教育・医療領域へのIT営業

勉強会の中、中学校・高校へIT営業を行なっていた参加者から発言があったのだが、個人的にこれが非常に印象に残った。

学校にITの営業に行くと、IT化しなきゃという危機感はみな口にするものの、システムを提案すると、一切何も刺さらなかったという。学校は、「変化は見せないといけない」「反感は買いたくない」という想いだけはあるものの、「売上を上げたい」「効率化したい」といった具体的なニーズがない。それゆえ、具体的な変化を提案しても、刺さらない。

教育現場や医療現場のDXを進めるという観点に立った時、非常に示唆的な事例だと思う。社会(=国、助成団体、民間企業の大企業)は学校・医療・福祉現場をIT化したいという想いを抱えており、膨大なお金を出すものの、学校や医療現場はIT化に対する危機感だけはあるが、お金を払うほどのニーズを持っていないのだ。膨大な作業負担を抱えていても、作業を担っているのは組織の中で下の人間であり、彼らの労働負担の重さはあまり問題にならないのだから、当然である。それよりも、組織内を変革することによって反感を買うことへの恐れが先に立つのだ。

あなたがIT営業であれば、狙うべきは学校や病院ではなく、社会の側、つまり国や自治体、研究助成団体、投資を考えている民間の大企業であるかもしれない。例えば、科研費申請の代行業のようなものが想定できる。ITに噛むことで研究費を得たいと考えている対人支援領域の研究者と組んで、研究計画書の執筆をサポートするのだ ※3。

また、研究計画書を書く前の段階ならば、研究者にとって気軽な相談相手のポジションを狙うことは有効であるかもしれない。例えば、国がプロジェクトを開始する時は、省庁の担当者は、概算要求の前につながりがある民間の人にヒアリングや相談をする(参考:第一回レポート)が、似たような役割が研究の社会実装を目指す研究者にも必要だと思われる ※4。


「見た目だけのITプロジェクト」を見極めるには

もし、あなたが大学のITプロジェクトへの参加を求められた場合、そのプロジェクトが「見た目だけのITプロジェクト」でないかどうかを、できるだけ早めに見極める必要がある。

もし「見た目だけのITプロジェクト」だった場合、プロジェクトの責任者に近いポジションに就くことは、極めて危険である。そのプロジェクトは、高額な予算を獲得するために、最初から実現不可能な大風呂敷を掲げており、無茶な計画の責任を尻拭いしてくれる「誰か」を求めている。知恵のある関係者は予算だけをもらってすでにプロジェクトから引いており、自分に面倒が降りかかってこないような手立てを講じているだろう。後から参加してきた権力の低い人物は、責任を押し付ける先として格好の的となる。

「プロジェクトの立ち上げ」以降も長期的にシステムを運用する覚悟と計画がある(参考:第二回レポート)か、そのシステムが実際に成果を出さなかった場合に、プロジェクトの実質的な支配者が身銭を切る構造になっているかは、「見た目だけのITプロジェクト」でないかどうかを判断する有効な尺度になる。少なくとも、プロジェクトが炎上したとしても、仲間が逃げ出さず、最後まであなたと一緒に戦ってくれる可能性が高まる。

第4回の告知

次回、第四回の勉強会は【3/4(土) 19:00-21:00】の開催予定である。

第二回と同様、LT(Lightning Talk)形式で行う。受託開発会社の社長や、営業部長などの参加者にお話いただく予定である。下請けをうまく活用して案件を獲得している話、大企業と関わる中で遭遇したゾンビプロジェクトの話、旧態依然とした組織へのコンサルティングのコツなど、興味深い話が聞ける予定だ。

(↓第二回の様子はこちら)

参加を希望する方は、以下noteに埋め込まれた勉強会への申し込みフォームから申し込んで欲しい。入力いただいたメールアドレス宛に、slackへの招待をお送りする。



※1 特に国立大学ではこの傾向が強いらしい。私立は国立よりはコスト意識が高いと聞く。

※2 人気のない助成金もあるが、募集開始から締め切りまでが極端に短い、助成対象がニッチすぎる、助成金の用途が限られている、金額が低い、などなどの理由があることが多い。

※3 例えば、IT補助金の申請代行を行なっているIT受託開発会社は非常に多い。

※4 一般に、発注前に相談した相手に発注しようとすると談合等を疑われるという問題点はあるだろうが、適切なコンペ手続きを通すなどで回避できる可能性はある。なんせ国もやっているのだから。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?