無題

〈書いた人:月宮〉先程、noteへ愚痴を書いた件だが、俺は母のことは嫌いでは無い。しかし好きでも無いのだ。

ぼたんは子供の人格である。そのぼたんに対しての対応と、他人を見下しそれを娘に言うことが俺は苦手だ。俺とは馬が合わないのだろうな、とずっと思ってきた。

母の母、つまり俺たちの祖母にあたる人は、非常に冷たい人で愛情はなく、他者に寄り添うことなどしたことのなさそうな人だった。

その環境で育った母は、寄り添う方法を知らないのかもしれない。
過去のことは気にしても仕方ない、で生きてきたのだから、それを娘に言うのも当たり前だ。

俺たちが健常者で、人格解離をしておらず、更にはフラッシュバックなど起こさないような人であれば、その言葉で傷つくことは無かったかもしれない。

ぼたんは、時々俺の元に来て話をすることがある。話し方は幼い子供なりの、はっきりと物は言わずたどたどしいが、聞いていけばよくわかる内容だ。

お母さんに話しても聞いてくれた感じがしない。いつも仕事の愚痴を私は聞くのに、私の話は、家事の途中だと聞いていない。話はしたの。でも全く覚えてないの。それは私が悪い…

でも、ご飯食べてる時はテレビ観てるし、話す時がないの。お手伝いして話す時間作れば良かったのかな。でも体がしんどくて、宿題するだけで疲れてたの。

私が体力なくてお手伝いしなかったからダメなの?私が発達障害で、話すのが苦手で、全く話せなかったり、辛いことをわかりやすく話せなかったのがダメなの。

過去のことってわかってても辛くなる私はおかしいのかな。前を向けないとお母さんに嫌われちゃうかもしれない。
だから「過去のことでしょ」って言われた時、もうそれ以上色々、お母さんに言いたくないの。

…という言葉なのだが、ぼたんは最初の辺りを母に直接言ったことは何度かある。
「そういう性格だからどうしようもない」で話は終わる。

母はカウンセラーではないし、寄り添うというのを求めるのは違うかもしれない。
しかしぼたんにとっては世界に1人しかいないお母さんで、寄り添ってほしいという思いは昔から変わらないのだ。

この葛藤をどう埋めれば良いのか。
ぼたんは、俺が代弁して母に言うことも拒む。
俺が出来ることは何か、ずっと考えて、答えは未だ出ていない。

俺自身は、母のことは「どうでもいい」。
ぼたんは、「お母さん大好き」。

人格解離しているというのは、本当に厄介だな。

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