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2021年・私的GOTY第4位『A Short Hike』

本作の初リリースは2019年なので、今年の私的GOTYに入れるのは少しばかり躊躇したのだけど、初プレイ時の衝撃は(コロナ渦中において、いっそう)特別なsomethingをまとっていたように思う。
そしてまた、本作も前回書いた『リーガルダンジョン』同様、自分がゲームに対して幼少期から求めているエレメンツがきわめて濃厚に、多量に含まれているように感じたから……どうしても入れておきたかったゲームである。

今年初めには海外のゲームアワードや国内レビューなどで軒並み「傑作」と評されていた本作、自分は前情報をろくに知らず、Nintndo Storeでたまたま見つけ、軽い気持ちで購入し(安いし、可愛いし、良くできた癒しゲーだろうな……というような軽いノリで)プレイし始めるやいなや……虚を突かれた。それはもう、最上級に良い意味で。情報や評判とは無関係な「ひょんなゲームとの出遇い」は、ことさら強いインパクトを残すものではあるが。

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そう、『A Short Hike』はプレイ前からなんとなく思ってたゲームとはだいぶ違った。本作を「癒しゲー」などというアイマイなカテゴリーには帰着させたくない。
例えるなら、凍え死にそうな思いで寒い雪山を登る途中、身体の芯まで暖まりそうな温泉を見つけて、浸かってたら、あれ……自分……え、泣いてる???
そんな白濁色した魔法の温泉、そんな温泉がほうぼうにある桃源郷みたいな、比類なきゲームである。

しかしこのようなゲーム世界は、心身ともに凍えきった「のっぴきならない」状態を知らぬ者にはけっして創り出せぬ場所ではないだろうか。
「他者に対して本当に優しくなれるのは、絶望の淵を覗いた者だけだ」。キュートで、拍子抜けするほどソフトなアトモスフィアは、作者の心の際限ギリギリからほとばしり、荒んだ心を包みこむ巨大な優しさに担保されているように思うのだ。

呆気にとられるほど短いボリューム(ゲームに慣れたプレイヤーならエンディングまで3時間かからないだろう)も、いちいち琴線に触れてくるような繊細な旋律も、画もキャラ造型もテキストも(そして翻訳も)パーフェクト。余すところなし。
「泣いた」っていうのはゲームの感想として極力禁じ手にしたいところだけど、事実、本作プレイ中は軽く泣きながらプレイしてたように思う。それは「悲しみを了解している人がこの箱庭をこしらえてくれたのだ」といった有り難みに根ざしていた。

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良い歳した大人が、気持ち悪い?
や、そりゃもちろん、この歳になって、ゲームして泣くなんてそうそうないですよ(だが今年は珍しいことに、本作を含めて数本あった)。
本作で流した涙はおそらく前述の「大きな優しさ」に触れた由縁と思う。それは製作者の持つ心の優しさであり、その優しさがピクセルドットの隅々まで反映された『A Short Hike』の持つ優しさであり、さらに言えばゲームそのものが持つ優しさだった気がしている。

……主語が大きくなりすぎ、話も広がりすぎたので、このあたりで終わらせるのがレビュー的にキリが良いかもしれないが、せっかくの個人的所感note、もう少ししつこく書いてみよう(もうしばらくお付き合いください)。

本作『A Short Hike』の、自分にとってもっとも希有な魅力とは何か?

ひとつ。
「ゲームの楽しさ/愉しさ」、その根っこ(のようなエレメンツ)を「ほらっ」と差し出してくれたこと。そう、楽しさ/愉しさと書いたが、本作をプレイしていると、「楽しさ」とは「愉しさ」に繋がっているのだ、と実感できる。それはたとえば空を飛ぶことであり、山中を走り回ることであり、泳ぎ回ることであり。「黄金の羽」を取り、より高く飛び、より高く登ることであり。それはすなわちこの『短いハイキング』のイッサイガッサイを楽しみ、愉しみ尽くすことだ。

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本作の楽しさの根本には、オープンワールド作品を挙げる方もいるようだが、自分は(いかにも古株ゲーマーっぽくて少々面映ゆいのだが)ナムコ84年の傑作アクションゲーム『パックランド』の感動をまざまざと思い出したのだった。

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『パックランド』は(言うまでもなく)2Dゲーム世界だが、屋根に上ったり、モンスターたちの頭を飛び移って山を越えたり、妖精さんからプレゼントされた魔法の靴で重力を克服して空を飛べるようになったりと……「飛ぶ」ことで世界の見え方、世界のルールを変える/ルールが変わる歴史的作品だった。

さて、本作『A Short Hike』はどうか。黄金の羽を取ることで、主人公クレアは飛行能力を得、滞空時間を長くし、やがては島中を飛び回り、これまでは見えているだけで行かれなかった場所へ足(羽根)を運ぶことができる。

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そこにはたいていプレイヤーにとって嬉しい「何か」がある。
それは新たな黄金の羽だったり、未知のアイテムだったり、新しい道だったり、コインだったり、見晴かす景色だったり、知らないキャラとの交流だったりする。それを成長と呼ぶことも可能だろう。(本作の面白さのメカニズムを主眼において書かれた、細やかで読ませる記事。たかくら氏は、本作の面白さの抜本部分は「成長」がもたらすものであると看過している)

たしかに本作の面白さは、成長と成長がもたらす「行動の拡大」を味わうことに尽きるのかもしれない。さらに言えば、人生の面白さ(もし人生が面白いものなら)も、「成長と行動の拡大」に尽きるのではなかろうか?

動ける範囲が広がること。為せることが増えること。知識と知恵が増えること。得られるもの、見える世界、他者との出会いが連鎖していくこと。精神と肉体の成長によって人生の深み、妙味、やるせなさを知ること。それは人生のほんの短い期間に過ぎないかもしれないが、でも確かに存在している(していた)ものだ。

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さらには本作から感じられる「有限性」も、「ゲーム」「人生」を面白くしてくれる大切なエレメンツであると感じる。
もし本作がプレイヤーが把握できないくらい広大なマップ、憶えられないくらい多くのアイテム/キャラクター数を有していたら、本作の希有な魅力は半減、どころか抜本的に違ったものになってしまっていたはずだ。
我々は「小さな島」から出られないガラパゴス人生からこそ、見えてくるものたち、出会える者たちがたしかにあって、その気になればそれを楽しむことができるのだ。

『A Short Hike』、全ゲーマーのみならず、現世界で人生を生きる全人類にプレイしてほしいと心から願う。
このゲームをプレイする人が増えるほど、この世界の「優しさ」の総量は少しだけ、でも確実にその目盛りは上がるのではないか。それで多くの「戦い」(対国家、対自己、対他者)がほんの少しだけ減る……かもしれない。
「ちゃんちゃら可笑しな」甘ちゃんゲーマー的理想論かもしれない。でも、本作には、ゲームには、そんな力が確かに宿っていると筆者は感じる。

『A Short Hike』
の持つ優しさは、現実に、あなたや私や彼や彼女——最初はたった1人の心からじわりじわりと広がって、やがては此の世界を芯から暖まる温泉のように満たしてくれる。そう思いたい。
(「私的GOTY第3位」に続きます!)

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わたしも ハッピーエンドが好き

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