見出し画像

2021年・私的GOTY第1位『パラダイス・キラー』

幼少期——具体的には『ポートピア連続殺人事件』『オホーツクに消ゆ』といった、昭和の古典ADVを初めてプレイし、興奮冷めやらぬ時期だった——自分の内で、架空の、仮想の、理想的な推理ADVを頭の中で作り上げていたことがある。

その「理想的推理ADV」の際立った特徴は、

広大な世界があり(当時は「オープンワールド」という言葉/概念はなかった、もちろん)

この世ならざる世界で物語が展開し(和風サスペンスでも西欧ハードボイルド的世界でもない、SF的にぶっ飛んだ世界を夢想していた)

その世界を徒歩や車で移動でき(当時のコマンド型ADVにおいて、たとえば函館〜小樽を一瞬で移動することが不自然に感じられた。当時はSEGA『アウトラン』のようなドライブゲームに近い移動方法を想像していたように思う)

あらゆる情報が等価であり、事件の結末は自分の推理の正誤のみに依拠する(エラリイ・クイーン国名シリーズやディクスン・カーなどの本格推理小説のように)

画像4

※余談だが、上記に列挙した特徴を鑑みると、奇ゲーのスティグマを押されている『ミシシッピー殺人事件』(ジャレコ)は、自分にとって、ある種の理想的ADV(に近いゲーム)をいち早く体現していたのかもしれない。
狭い船上とは言え、自分を足を使って移動し、推理と証拠品の取捨択一によって犯人を指摘でき、その結果でエンディングが分岐するという点において。……再評価か?(笑)

それから20数年が経ち、30代半ばになった頃、或る映画を観て心から打ち震えた。敬愛する映画監督ポール・トーマス・アンダーソンの『インヒアレント・ヴァイス』(原作はトマス・ピンチョン『L.A.ヴァイス』)。

画像3

当時の観賞した自分の感想メモから抜粋する。

『インヒアレント・ヴァイス』。
原作はドンガラみたいなものだな…と決めつけていたのだが、改めて書籍で要所を確認してみると、驚くほど原作に忠実な作品に仕上がっている。
のみならず、個人の記憶を越えて、歴史を睥睨しているような、PTAらしい深い哀しみと癒しが仄見える。
(中略)
また、ホアキン・フェニックス主演という時点で、この作品は傑作となることを義務づけられていたようにも思う。本作にはフィリップ・シーモア・ホフマンという偉大な俳優の死が通奏低音的に流れている。いや、彼の死をも呑み込むような巨大な包容力を宿していると言うべきか。穏やかに、悲しげに揺れ続ける広大な海のような作品と感じた。

本作をプレイしながら、まず強く連想されたのは、本作が強い影響を受けていると言われるグラスホッパーマニファクチュア『シルバー事件』『花と太陽と雨と』ではなくて(もちろん表面的な類似点はたくさんあるのだけど)、この荒唐無稽な傑作探偵映画『インヒアレント・ヴァイス』だった。

『インヒアレント・ヴァイス』の主人公探偵はマリファナ煙草を常備しており、たいてい吸引・摂取している。
仔細に物的証拠と手がかりを探し出し、理性を用いて全体像を推理しなければならない「探偵」であるはずの彼が、なぜ絶えずドラッグによる酩酊・トリップを必要とするのか——それは、彼の内面はもはや回復不可能なほどの失意に落ち込んでおり、自死しないために、絶えず現実から目を背ける——あるいは現実を異化し続ける必要があるからなのだった。

本作『パラダイスキラー』においても、舞台は実在の島・パラダイス島からインスピレーションを受けているものの、その存在感・空気は明らかに「異界」であろう。
舞台設定やストーリー、本作ならではのゲーム的特徴については、ここでくだくだ説明するよりも、信頼できるSteamレビュアー様方のレビューや、ゲームライターsurumeikaman氏の細やかなnoteを読んで頂く方がずっと話が早いだろう(クリア後の方でも、興味深い内容なのでぜひ)。

「ぶっ飛んでいるようで、意外と話の筋はしっかりしている」本作ではあるが、このnoteではストーリーや事件の詳細・顛末については考察しない。
個人的に、縦軸/横軸から理性的に推理してカタルシスを得る類いの作品ではないと感じるからだ。
「アリバイ」「真相」「人間関係」「トリック」、そういった推理小説に必要不可欠なエレメンツといった観点から見れば、本作はまったき駄作だろう。フーダニットもなければウェルメイドでもない。「ネタ/雰囲気ゲー」と揶揄されても仕方ない趣きもある。

本作の奇想天外な事件の真相・結末というのは良い意味で「どうでもいい」。30時間以上かけて正しいエンディングに(おそらく)辿り着いたはずだが、それが真であろうと偽であろうとたいした問題ではないのだ(少なくとも筆者にとっては)。

画像5

さて、本作とサウンド・コンポーザーBarry ”Epoch”Toppingの製作したBGMは切っても切り離せない関係にある。
むろん、ほぼ全てのゲームにおいてそのBGMは構成要素などではなくて「ゲームそのもの」とみなしている自分だが、『パラダイスキラー』はBGMの存在感・役割があまりに大きいように感じた。もしこれが環境音のみだったら……と思うとぞっとしない。未プレイの方もぜひ聴いてみてほしい(「Vocal.ver」しかないのがいささか残念だが…自分は「Inst.ver」の方が好みなので)。

竹内まりや『プラスティック・ラブ』を初めとする日本のシティ・ポップ名曲にインスパイアされたと言われる本作のBGMだが、個人的にはシティ・ポップやヴェイパー・ウェーブなどというお定まりの言葉では収まらないヴァリエーションと作家性に富んだ、素晴らしい出来の楽曲群と感じた。
(個人的なレビューにメディアの「お墨付き」を持ってくるのはあまり好まないが、IGN JAPANが本作に音楽賞を与えているのを見て、「わかってるなあ」と頷いたのも事実である。) 

パラダイス島に降り立ち、本作のキラーチューン『Paradise(Stay Forever)』が鳴った瞬間、まだプレイを始めてまもない本作が自己内GOTY1位になることを確信していたような気がする。それは理屈や前評判ではなく、一目惚れの衝撃に近かった。
そして冒頭に記したような、遥か昔に夢想した理想的ADVの条件——

オープンワールド
キャラクターが魅力的
物語が現実世界の制約を受けていない
あらゆる情報が等価
BGMが超最高!!!

これらを全てを満たしているだけで、自分にとっては私的GOTY1位にせざるを得ない本作だが、最後に少し苦言を呈しておく。

本作、コンセプトとBGM以外には感心するところはあまりない。
操作性はイマイチ、3D世界なのにキャラクターはペラ。それがペーパーマリオのような芸術的/意識的なものではなく、「たんに3Dにする時間か技術が足りなかったのだろうな…」と思わせるような、開き直ったチープ感。テキストも読み辛いし、ローカライズも素晴らしいとは言い難い。
また、「Unreal Engine産」とはいえ、本作のグラフィックをコンシューマー機に準えて言うなら「PS2」レベルだろう。パラダイス島を彩る様々な意匠は、あまりにテイストがバラバラで、もはや「開き直っている」というような風情が漂う。

画像4

それでも本作はゲームエンジンを用いて少人数でどうにか作り上げた、「理想郷」(パラダイス)がたしかに感じられる。
最高のBGMを流し、島中を歩き回り、奇想天外な登場人物たちの信頼できない語りを聞いているだけで、謎めいた至福に包まれる。ダークグレーの雲に覆われた英国からの太陽への烈しい憧憬とウイスキーへの愛をひしひし感じながら……。

画像5

コロナ渦の閉塞感の中、パラダイス島を夜な夜な徘徊することは自分にとっては得難い時間だった。その徘徊/散策は、疲れきった心をかなり深い場所で癒してくれたように思う。何しろ、ここはキラーがいるとはいえ、この世界の何処にもない極楽の島(パラダイス・アイランド)なのだから。
本作『パラダイス・キラー』に心からの感謝と「2121年私的GOTY第1位」の称号(栄誉にはならないが…)を捧げたい。

長々とした個人的感想noteを最後まで読んでくださって、ありがとうございました。来年もゲームとともに良い年を迎えていきましょう! ラブムー

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?