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【台本書き起こし】シーズン1箱館戦争「星の進軍」第1話 アボルダージュ:ボイスドラマで学ぶ日本の歴史

シーズン1『星の進軍』
第一話『アボルダージュ』

松平N: 幕末。旧い時代と新しい時代が交わり、弾けた。その最後となったのが、箱館の戦さ。榎本武揚率いる蝦夷共和国軍、いや旧幕府軍、およそ3500。対する明治新政府軍、およそ9500。その明治新政府軍は、当時最強の軍艦ストーンウォール号をアメリカより買い入れた。すべてが鉄でできたこの軍艦は甲鉄と呼ばれ、一分間におよそ200発もの弾を連射できる当時最先端の兵器、ガトリング・ガンも備えていた。
圧倒的な兵力差を前に、釜さん、いや榎本は日本史上類を見ない奇策に打って出たのさ

●1(軍議の間)
榎本: あたしは蝦夷島の未来を、このアボルダージュ作戦にかけたいと思う
部下1: そんな作戦があるのか!
部下2: 卑怯ではないのか!
部下3: だが、勝たなければ……
榎本: 意見がある者はあたしの部屋で聴こう
松平: 総裁閣下に礼!

部下4: 軍艦開陽丸さえ座礁しなければ、こんなことには・・
部下5: それを言うなら、慶喜公が開陽丸で遁走しなければ、だろう
部下4: 何を!
部下5: やるか?
部下6: 辞めないか!

松平N: 蝦夷共和国なんつってもね、所詮寄せ集めの集団だから、釜さん、いや榎本総裁の心労は並大抵のもんじゃなかったさ。何せ連中、みんな死を覚悟した本物の侍たちだったからね。正真正銘、ピッカピカの侍さ

●2(総裁室)
土方: 総裁、邪魔するよ?
榎本: 入れ!

榎本: 土方さん――

松平N: 土方歳三は新撰組の残党を引き連れて、蝦夷共和国に参加していたのさ。この頃は断髪で洋装だったがね

土方: 今のア、ボダージ作戦のことで、訊きたいことがある
榎本: どうぞ。なんでも聞いてください
土方: そのア、ボ、ダージ・・
榎本: アボルダージュ、フランス語です。ニコールの提案だ

松平N: 蝦夷共和国にはフランス軍人数名が軍事顧問として参加していたからね。榎本は何でも西洋式を好んだ。執務室も畳の上に椅子を並べていた

土方: 中立国の旗を掲げた艦で敵の戦艦に近づいて、体当たりをする、だと?
榎本: その通り。これは国際法に照らし合わせても何の――
土方: そして敵艦に飛び移って、敵の船を奪う?
榎本: ああ。敵の戦力である軍艦を奪取する作戦だ

松平N: アボルダージュ作戦。それは当時の国際法で認められた奇襲作戦であった。戦争状態にない中立国の旗を立てた軍艦に乗り、奪いたい敵の艦に接近する。そして自軍の船を横付けし、敵の軍艦に兵士たちが飛び移り、敵兵を殺して軍艦を乗っ取って、ま、逃げるという寸法だ。ただし、接舷直前に中立国の旗をおろし、自分の国の旗に変えなければならない

土方: 卑怯ではないのか
榎本: 卑怯というのは、法律にはない。土方君。日本は国を開いた。開国したのだ。戦争において守るべきことは、法律。これだよ
土方: あんたはっ
榎本: 土方君、開陽丸を覚えているかね
土方: もちろんだ

松平N: 開陽丸。それは、榎本軍が誇る最強の戦艦であった。甲鉄ほどではないが、オランダで建造された軍艦で、榎本にとってはまさに頼みの綱だったであろう。だがこの前年の十一月、江差沖で座礁、沈没している

榎本: 開陽丸を失った今、残った艦だけで戦えると思うか
土方: 無理ですな
榎本: あなたは正直にものを言ってくれる。その通り。このままでは厳しい。だから奪いに行く。何のおかしなところもない
土方: だが――
榎本: だが?
土方: その戦。国際法とやらに照らし合わせて、なんらうしろめたいところはない、と言ったな
榎本: ない
土方: ならば、武士の戦いといえるな
榎本: もちろんだ。だが土方さん。あなたが隊士たちと共に乗る回天は、随行する蟠龍と高尾が甲鉄を攻撃している間、寄って来る他の敵艦を防いでもらう役割だ。奇襲による戦闘そのものではない
土方: そうか
榎本: 約束する、土方さん。あなたの新撰組には、武士らしい戦場を用意するよ

松平N: だが、そうはならなかった。蟠龍、高尾、回天の軍艦三艦で箱館を出た榎本軍だが、蟠龍と高尾が途中で故障してしまったのだ。仕方なく、回天ただ一艦での突撃となった

●3(回天丸甲板)
松平N: アボルダージュ作戦決行の日、木造外輪式軍艦回天丸は仙台沖、宮古湾上に、ただ一艦であった。

甲賀: 土方さん。こんなことになったが、よろしく頼む
土方: ああ。甲賀艦長、勝とう。野村!利三郎はいるか?
利三郎: はい!副長、お呼びですか?
土方: 利三郎、隊士に伝えよ。おれたち新撰組がアボダージの突撃隊だ
利三郎: はい!副長、もとい土方奉行殿
土方: こいつ!
利三郎: 副長の笑顔、久しぶりです
土方: ぞんぶんに働け。鋼鉄の化物を持って帰るぞ
利三郎: はい!

荒井: 艦長、丑寅水平線上に敵艦を目視!
甲賀: 全速前進宜しく候ー
荒井: ううっ、凄い!
利三郎: あれが甲鉄か!
部下達: おお・・

松平N: 甲鉄はまさに鋼鉄製の鎧を着ているような船だった

甲賀: 怯むな!星条旗を上げよ!
土方: アメリカ国旗を上げた。作戦とはいえ、嫌な気分だ――

甲賀: 取舵いっぱい!甲鉄に横づけする!!
荒井: よしっ。星条旗をおろせ、日の丸を上げえいっ。今だ!
甲賀: アボルダージュ!突撃!

土方: しまった……!回天のほうが、吃水が浅い!

松平N: 回天は木造船、甲鉄は鉄でできた艦である。従って、甲鉄のほうが船体が深く沈む。二艦の海面に出ている高さは甲鉄のほうが十尺(約3メートル)ほど低かった。そのうえ回天には、船体の横に外輪といわれる、大きな車輪がついている。これでは、横づけさえできなかった。回天は鼻づらを甲鉄の甲板にくっつけるようなかたちで接していた

土方: 飛び移るどころか、これでは狙い撃ちにされる。野村――
利三郎: 斬りこめえーっ
土方: 野村っ

松平N: 突撃隊の兵士たちは、ガトリング・ガンに打たれ、あるいは虚しく、次々と海に落ちていった

土方: 利三郎!
荒井: 甲賀さんっ――甲賀さんが撃たれた!艦長がっ
土方: くっーーこのやろう
荒井: 土方君、いけないっ。君までがここで死んでは!
土方: 放せ、放してくれ!
荒井: 撤退、撤退―!
土方: 利三郎!利三郎!

松平N: アボルダージュ作戦は失敗に終わった。回天の戦死者は十八人、負傷者は約六十名。一方甲鉄側は、四人の戦死者を出したのみであった。作戦失敗の報告を受けた釜さんは、総裁室に引きこもり出て来なかった。土方らに合わせる顔がなかったのだろう

●4(五稜郭総裁室)
松平: 釜さん?釜さん、俺だよ、松平。入るよ
榎本: ・・副総裁みずから
松平: いつもの「太郎さん」でいいよ
榎本: あたしを「釜さん」と呼んでくれるのも太郎さんだけになっちまったねぇ
松平: 聞いたよ。アボルダージュは失敗だってね
榎本: その通りだ
松平: おっつけ、兵士たちが戻って来るよ
榎本: うん
松平: 俺も行こうか?
榎本: いや、一人がいいでしょう

松平N: 釜さんは独り土方君に詫びに行った。一方土方歳三も独り、戦死した野村利三郎の遺品を整理していた

土方: 野村利三郎。京都から今日まで、新撰組のためによく働いてくれたおまえを、こんなに早く亡くすとは――誰だ?
榎本: あたしだ。土方さん
土方: 榎本総裁
榎本: 土方君、すまなかった。君の部下を、陸の戦闘ではなく、海で死なせてしまった
土方: あんたはなんでそうなんだ
榎本: せめて二艦が故障した際には、引き上げるよう命令を出しておけば――
土方: そうじゃねえ。あんたは大将だろう。なんだって大将が、目下の俺にあやまる?
榎本: あたしは入れ札で選ばれた大将だ。皆の意志を汲み、軍を統率するためにいる。威張るためじゃない
土方: 入れ札ってのは、あの紙切れに名前を書いて箱に入れたやつのことか
榎本: そうだとも。アメリカではああやって、上に立つ者を決める。選ばれた者は、選んでくれた者や従う者のために働く
土方: ……新しい時代のやりかたか?
榎本: われらの国のやりかたさ
土方: 蝦夷島政権、か
榎本: そう。この蝦夷の地に、徳川幕府の家臣たちを中心とした新しい政府を作る。あなたもこの国の一員だ
榎本: 土方さん?
土方: すまないが、帰ってくれ

土方: 榎本……

松平N: 明治二年。江戸から遠く、北海道の地に束の間存在した国。のちに蝦夷共和国と呼ばれるその国は、内側にもまた、火種を抱えていたのだった

●脚本:日野草
●演出:岡田寧
●出演:
 榎本武揚⇒谷沢龍馬
 土方歳三⇒田邉将輝
 松平太郎⇒西東雅敏
 甲賀源吾⇒濱嵜凌
 野村利三郎⇒平塚蓮
 荒井郁之助⇒山崎健人
●選曲:効果:ショウ迫
●音楽協力:甘茶
●スタジオ協力:スタッフアネックス
●プロデューサー:富山真明
●制作:PitPa(ピトパ)

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