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カスミは霞を食べて生きてきた(ショートショート)

親切にされると普通うれしいはずです。
でも、カスミは違いました。
少し微妙に不安になるのです。
上手に感謝をしないといけないという思いがめぐるからです。
なぜって毎日のように母親から「なんてまぁ、感謝をしない子なんだろう」と、言われて育ったからです。
母親は意地の悪い目でカスミを見て、思いつく限りの意地悪な言葉をかけていました。
「まぁ、娘は親と違って派手好みだこと」
「なんでそんな地味な服を選ぶのだろうまったく」
「鼻歌なんてやめてちょうだい。ぞっとする」
「この子はまぁなんて思いやりのない子だろう」
「鏡なんか見て、人間は顔じゃないのに」
「おぉ、やだ何その顔」
「なんて変な顔なんだろう」
「本ばっかり読んで、本を読むのは怠け者だよまったく」
「なんて自信のない顔をしているんだろぅ、私はこれだけの人間ですと、しゃんとしなさい」
動く度に「自分の事を可愛そうだと思ってるんだよ」と言い、私はみんなお見通しというのが母親の定番でした。
道路を娘と歩いているこの母親は突然「向こうのおじさんがカスミの事を見て笑ってるよ(世の中の人はみんな知ってるのさ)」と見たことのない人までもカスミをイヤがっているといった具合です。
「カスミを誉める人は一人もいない」
「カスミには友達はできないからね」
小バカにして笑える事を見つけると父親に、今日カスミがねと報告をするのです。
逆らったと思うと「子供のくせに親に口答えをして」と物凄い重大事件がこの家に起きたと父親に、娘の前でため息まじりに伝えます。
昼間は仕事でいないので父親も分からずに、この跳ねっ返りのろくでなしとそんな扱いをしました。
少し観察をすれば本当はどんな事が起きているのかがわかったのにと思うのですが。
そんなわけで逃げ出したいという気持ちもあったのでしょう、カスミは年頃になるとだいぶ歳の離れた会社の上司に求婚され、よく考えもせずに結婚しました。
これでやっと家から逃れることができたのです。
それまでいじめた相手がいなくなると母親の対象はだんだん父親になってきました。
父親はカスミのところに電話をしてきて母親の悪口を言います。
カスミはまた風向きが変われば、私の悪口で仲良くなるという事だと分かっていました。
また、母親の悪口を父親と一緒に言うのは嫌だったので生返事をしました。
父親は苛立ち「カスミなら分かると思って電話をしたのに!」と大きな声で言いました。
なんだ父親は何が起きていたのか知ってたんじゃないかと、カスミは思いました。
結婚した男は会社で高い役職のある男ですが、運命が予定していたかのように暴力を振いました。
カスミは何年も我慢をしてきましたが、とうとう命が危ないところまできてしまいました。
家には頼れないと思っていましたが、カスミは父親に相談しました。
「かたわにするならいっそ殺してくれと言うつもりだ」
父親が、カスミの夫に言う内容でした。
絶望というのはこういうことかと思ったカスミでした。
早めに来て夫を待っていた父に「帰って欲しい」と言いました。
ひどく驚いたのは父親です。
子供の頃からずっととんでもない娘だと断定していましたが、実際は反抗などしない相手から思いもかけない言葉を言われからです。
父親は「カスミなんかに」と言うのが口癖だったし「あの顔を見てみろよ」と言い、夫婦で連帯感を感じていた対象の相手なのに。
父親は、そんなわざわざ家まで来てやっているのになんなんだとプライドが傷つけられました。
そばに自分の妻もいないし、言われて帰るなんてこともできないし、狼狽しました。
「男というものはそんな風に言うものなんだ」と父親は言いました。

帰ってきた娘の夫に「私は、妻に一度も暴力を振るったことはない」と言い父親は帰っていきました。

カスミは弁護士に頼み離婚ができました。
気の毒がる人もいましたが、不調が嘘のようになくなり、やっと人並みの暮らしが始まりました。







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