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いちご取締法/ピストジャム

「昨晩、路上でいちごを所持していた10代の女性2人をいちご取締法違反の疑いで現行犯逮捕しました。逮捕された少女らはクラブで外国人から買った。依存症はないと思っていた、と供述しているようです。それでは続いてスポーツです」

 夕方のニュースを流しながらリビングで洗濯物をたたんでいた母は「ほんま物騒な世の中になったもんやな、10代の子がいちごに手出すなんて」とひとりごとのようにつぶやいた。私はソファに寝転んで携帯ゲームをしていたが、母をからかいたくなって「でも、海外やったら合法の国もあるらしいやん」と軽口をたたいた。すると母は「あんたもいちごやってるんちゃうやろうな」とドスの利いた声で凄んできたので、私は「アホらし、いちごなんか興味ないし」と捨て台詞を吐いて、わざと大きな音を立てて階段を駆け上がり自分の部屋に戻った。

 いちごは80年前にこの国が戦争に負けるまで、全国で栽培されていたらしい。今からは考えられないが、それまでは普通にスーパーマーケットで300g300円で売られていたとか、いちごを取り放題食べ放題のいちご狩りというイベントがあったとか、いちご大福という菓子が売っていたとか、いちご味とうたった子供用の歯磨き粉まであったとネットで見たことがある。いちごが取り締まられるようになった理由は色々調べてみたが正直よくわからない。この前も芸能人が自宅からいちご3gが見つかって逮捕されたというニュースがやっていたが、私は法律だから守らなきゃいけないのはわかるけど、そんなにいちごって悪いもんなんだろうかと思っていた。SNSを開くと『15』『草母』『◆(トランプの赤いダイヤのマーク)』といういちごの隠語であふれているし、私の高校でも去年バスケ部の部員が裏山でいちごを育てているんじゃないかと噂になっていたし、いちごは悪だと決めつけて疑わない親の世代からすると信じられないくらい私たちといちごの距離は近かった。

 母はいちごが嫌いだった。街で不良がいちご柄のシャツやいちごがでっかくプリントされたTシャツを着て歩いているのを見ると「あんな柄の服よう着るわ、警察に通報したろかな、逮捕されたらええねん」と言った。私は母こそが無知の代表であるような気がして恥ずかしくなった。疑うことを知らない母がかわいそうにも思えた。なぜそこまでいちごを嫌うのか私には理解できなかったし、母にそれを問うても「悪いことは悪いこと」としかきっと言わないのは目に見えていた。もしかしたら私のいちごへの強烈な興味は母への反発もあるんじゃないかと思った。

 私は高校を卒業して一人暮らしを始めたら、絶対にいちごを食べると心に決めている。前にいちごに練乳をかけて食べる女性の動画を見て、そう決めた。幸せそうな顔をして練乳がたっぷりかかったいちごを食べる映像に心が奪われた。それから私はずっといちごの虜になり、いちごに恋焦がれている。部屋でいちごを育てて自分が食べるだけなら足が付くことはないし大丈夫なはずだ。あと半年で卒業。私はネットで調べたいちごの育て方を細かくメモしたノートを眺めながら一人暮らしをする部屋の間取りを想像し、練乳をかけていちごを食べる自分を夢見ながら、机の引き出しにノートをしまった。

 事件が起こったのはその一月後だった。学校から帰ると食卓で母が泣いていた。母の手には私のいちごのノートが握られていた。私は今更遅いとわかってはいたが「何ひとの引き出し勝手に開けてんねん」と叫んで、ノートを奪おうとしたが母は「出ていけ、そんな娘に育てた覚えはないぞ」と怒鳴りながら手に持ったノートで私を何度も何度も叩いた。私は力づくでノートをつかんで引っ張ったが母も離さず、ノートは半分に破れ、ノートの切れ端が床に散らばり母も床にへたりこんで、また泣いた。私は「ただちょっとノートに書いただけやろ、いちごなんか別に食べたないし」と言って外に飛び出した。日が落ちて、あたりはもう暗くなっていた。とにかく家から離れたかった。目の前の景色がすべて歪んで見えた。私も泣いていた。気が付くと私は誰もいない学校のグラウンドに立っていた。

「これは大発見だぞ、ここまでそっくりだなんて思わなかったな」「本当ですね。っていうかこれもうそのままじゃん、山あって川あって海あって。え? あそこに見えるの学校じゃないっすか?」「…学校だな、どう見ても。グラウンドまであるな。信じられない…。よし、じゃあそこに着陸しよう」

 私の目の前に映画で見たような宇宙船が降りてきた。そして宇宙服を着た男2人がこちらに近付いてくる。私はきっといちごのことを強く思いすぎたせいで、いちごを食べた時に見るという幻覚を見ているのかも知れない。

「あのー、言葉わかる?」「俺たち地球って星から来ました」

「あ、そうだ。これ地球で子供から大人までみんな大好きないちごっていう甘くておいしい食べ物なんだけど、よかったらお近づきのしるしにどうぞ」

 


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