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サクッとかじれるショートショート

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自作のショートショート小説集。コメディ寄りです。
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記事一覧

オバケレインコート羽織

小さい頃から雨の中をパシャパシャと水しぶきをあげて走るのが好きだった。お気に入りのレインコートを身につけて。 いつしかレインコートは着なくなったが、走ることが好きなのは変わっていない。小学校のかけっこはダントツで一番だった。今でも鬼ごっこなら誰にも負けない自信がある。 中学になって陸上部に入り、大会で何度も優勝した。 でも高校になって勝てなくなった。私が速く走れるのは数十メートルまでで、その距離を過ぎるとスピードがガクンと落ちる。そういう身体なのか、どれだけ練習しても距離

命乞いする蜘蛛と画家と妻

飲み仲間の平太郎に「金が入ったので高い酒をごちそうしてやろう」と誘われ、「はい喜んで!」とやつの住む長屋に向かう。 描いた浮世絵が売れたらしい。お前画家だったのか。 知り合ってからかなり経つが、酒を飲んでいる姿か部屋の隅に住み着いた蜘蛛に話しかけている姿しか見たことがない。 ただの無職の変人だと思っていたのに。いつ絵を描いてたんだ。 そしてそんな変人には美人で若い奥さんもいる。 軽く嫉妬を覚えつつ、いつも奢ってくれる良いやつだしまあいいか、と今日も高い酒を遠慮なくいただく

桜回線を流れてきたもの

スペースコロニー内にはパークルームと呼ばれる室内公園がいくつか存在する。そのパークルームの1つを貸し切り、矢端は一人実験の準備をしていた。 部屋の入口の正面、いつもは時間帯によって青空や夕焼け空の映像が映されている壁が今は実験の要となる特殊なシートでコーティングされ、オパールのような薄い虹色に輝いている。 矢端がシートの状況を確認しながら手元のタブレットを操作していると、入口の扉が開いて60代くらいの白衣の男性が入ってきた。 矢端の同期でこのプロジェクトをともに進めている

三日月ファストパスは一度通ったら戻れない

「お二人で旅行ですか~?海に行かれるなら三日月浜が景色が良くておすすめですよ~」 洋平と美佳がサービスエリアの土産物コーナーを見て回っていると、店員のおばちゃんが声をかけてきた。 3月上旬。週末を利用した一泊二日旅行の帰り道。 まだ時間があるのでどこか観光してから帰りたいね、と二人で話していたところだった。 「良いところを探してたところなんです。三日月浜はここから近いんですか?」 「はい、すぐそこですよ!こちらの地図をお持ちください。ちょっと道路から離れているので、こ

悪魔王女のお返し断捨離作戦

「フハハ、次に我が降臨する時を震えながら待つがよい!」 玲奈がスタッフに別れの挨拶をして楽屋に入ると、マネージャーの志代が待ち構えていた。 「玲奈ちゃん大変。 玲奈ちゃんのファンから届いた贈り物が多すぎて、もう事務所に入り切らないみたい。 社長から何とかしてくれって電話があったわ」 「ククク、愚民どもが我の…じゃなかった。 そ、そんなに来てるんですか?」 「わたしもびっくりよぉ。 とりあえず事務所に向かいましょう」 タクシーで事務所に戻ると、受付から廊下まであらゆる

突然の猫ミーム

「今日もがんばったね…」 土曜日の午後。 膝の上で丸くなっているルナの背中をそっと撫でて労う。 ルナとの出会いは一ヶ月ほど前。 大学の授業を終え、午後の公園。 お気に入りのベンチでコーヒーを飲んでいた。 公園の隣にはペットショップがあり、ベンチに座るとウィンドウ越しにかわいいネコちゃんやワンちゃんを眺めることができるのだ。 子猫たちがじゃれ合う姿に癒やされながら、ほう…とため息をつく。 ああ、猫が飼いたい。 毎日癒やされたい。 今住んでいるアパートがペット禁止じゃな

レトルト三角関係エンド

ぼくは今とても傷ついている。 朝起きて食堂に入ったら、クルーのジョージが仰向けになって床に倒れていた。 目を見開き、苦悶の表情。 どう見ても死んでいる。 ジョージの動かなくなった視線が向いている先、中央のテーブルには同じくクルーの女性二人、サラとミウが向かい合わせの席に座った状態で朝食のトレイに顔を突っ込んだ状態で息絶えている。 4人しかいないクルーのうち、ぼく以外の3人全員が死んでいた。 何があったらこんな状況になるの? 船内の監視カメラの映像を観れば何が起こったか

洞窟の奥はお子様ランチ

「洞窟の奥はお子様ランチ…」 「はい?」 被害者の机を調べていた紗英さんが発した不可解な言葉に聞き返す。 紗英さんと僕は殺人事件の調査のため二人目の被害者、豊中康介氏の自宅を捜索している。 一月ほど前に最初の被害者である冒険家、桃山敬之氏が何者かに毒殺された。 その犯人の目星もつかない中、同じく冒険家の豊中氏が毒に侵されて倒れた。 幸い豊中氏は発見が早かったため一命をとりとめたものの、いつ意識が戻るかが分からない状態。 有名冒険家2名が相次いで毒に倒れるというセンセー

デジタルゾンビバレンタイン | ショートショート

『フハハハ、貴様ら全員生ける屍になるがよいわ!』 2月14日、バレンタインデーの18時を過ぎた頃。 恋人たちが愛の言葉を交わすその裏側で、恐るべき呪いがばらまかれた。 ある悪魔が生み出したその呪いは各地に潜む悪魔崇拝者たちのもとへと届き、彼らを甘い香りで惑わせる。 虜になってしまった崇拝者たちは理性を奪われ、本能のままに動く生ける屍へと変わってしまった。 そうして生まれた数万におよぶ呪われた崇拝者たちは、バレンタインの賑わいに導かれるように街へと歩き始める。 「えー、

行列のできるリモコン | ショートショート

『接続エラー発生』 気がつくとユミは道端に座り込んでおり、手に持ったスマホにはエラーメッセージが表示されていた。 「イゴーロ」との接続が不安定になり、その影響で座り込んでしまったらしい。 『至急再接続してください』 繰り返しメッセージが表示されるが、やり方も分からない。 ふらつきながらどうにか立ち上がり、近くのベンチに腰掛けた。 身体を自分で動かすのも随分ひさしぶりだ。 イゴーロを装着して以来、これまで意識して身体を操作する必要がなかった。 イゴーロは数年前に各通

東館の鬼 | ショートショート

もしあの時引き返していたら…いや、結果は同じだっただろうな。 「鬼には神通力があったとか、心を読む力があったとか。 ただ暴れるだけではない話もたくさん残っているのよ」 助手席のユミがスマホをいじりながら語る。 ユミは民俗学研究会に所属しているだけあって各地の伝承に詳しい。 いつもよりテンションが高いように見えるのは、めったに見られないという鬼の遺物とやらを楽しみにしているからだろうか。 それともひさしぶりに俺と過ごす週末を楽しみにしてくれているからだろうか。 ユミとは

アメリカ製保健室 | ショートショート

「タカシくん、ヒロアキくん、開けなさい!」 二人の男子小学生が学校の保健室に閉じこもった。 後ろでガシャンという音が聞こえて田口先生が振り向くと、自分について保健室を出るはずだった二人の姿が消え、分厚い扉が閉まっていた。 慌てて開こうとするが、びくともしない。 その扉は普通の小学校にあるようなドアではなかった。 アメリカの姉妹都市から招いた建築家が設計したこの小中一貫校は、外部からのあらゆる脅威に対応できるように必要以上の頑丈さで建てられた。 特に各部屋の扉は特別頑丈

ドローンの課長 | ショートショート

ブーン…。 両肩と腰をドローンにつながれ、床から30センチほど浮いた山田課長が目の前を横切っていく。 私がこの佐久主商事に転職してきて数ヶ月。 営業支援システムの開発職ということで気合を入れて入ってみたら、高齢でフラフラの先輩方をドローンで吊るして目的の営業先に飛ばす仕組みの開発が待っていた。 いや吊るされる皆さんは移動が楽になったと喜んでいるし、一応営業を支援しているわけなのだけど。 なんというか…思っていた開発職とちがう。 老人が吊るされて飛んでいく姿を見た時の罪

雪の妖精 | ショートショート

1年中雪に覆われる北の街。 その街の外れにある教会にソーニャという女の子が住んでいました。 赤ん坊のときにシスターに拾われたソーニャには両親の記憶がありません。 教会には同じような孤児が数人いましたが、ソーニャは誰ともあまり話さず、いつも一人で過ごしていました。 その日もシスターや他の子供たちが過ごしている部屋を抜け出したソーニャは、マフラーと手袋を身につけて教会の裏庭に出ました。 裏庭は遊ぶには少し狭いので、人があまり来ないのです。 誰もいないことを確認すると、ソーニ