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忠勇の物語(4)ローガル・ドルン

「敵などない。戦場で戦う相手は、我らが克服すべきものの現れでしかないのだ。すなわち疑い、恐怖、そして絶望のことだ。あらゆる戦いは己の内なる戦いだ。おまえの内に広がる戦場を征服せよ。さすれば、敵は幻のごとく消え失せるだろう」
総主長ローガル・ドルン

 〈地球の親衛隊長〉〈絶えざる見張り手〉〈不屈なるもの〉。栄光のインペリアルフィスト兵団の総主長であるローガル・ドルンは、皇帝の最も近き衛士、ひいては〈人類の帝国〉の筆頭守護者として、第41千年紀の今も最も尊崇される英雄である。峻厳にして堅固、〈帝国〉の至高なる守り手であるドルンの伝説は、全てのスペースマリーンにとって理想像である。

氷の星団の君主

 他の総主長と同様、渾沌の神々の奸計によって地球から連れ去られたローガル・ドルンたる赤子のポッドが落着したのは、氷に閉ざされた死地惑星インウィットであった。死にゆく赤き太陽に照らされたこの星は、一方が永遠の黄昏に、もう一方が終わりなき闇夜に覆われた世界であり、凶暴な野獣が凍てついた山岳と荒野を跳梁していた。凍土と凶獣の極限環境にあって生きぬくインウィットの人びとは、途方もなく強靱なる民だった。氷の嵐に閉ざされた地表を避け、地下洞窟に一大都市を築いていた彼らは、太古の〈不和の時代〉以来、文明退行にあらがい、テクノロジーを伝承し続けていた。宇宙航行すら駆使し、周辺の星団を征服して星間国家を築いていたのである。

 この、厳寒に耐え、古き伝統を守りつつ生きぬいてきた星間文明の星で、総主長たる赤子はドルン氏族の長老の養子となって成長した。その青年期については多くは伝えられていないが、やがて超人的な才能と指導力を発揮したローガル・ドルンは、〈インウィット星団〉を統べる君主となった。軍隊を整備し、宇宙艦隊をそろえ、その勢威は周囲に並ぶもののないものとなった。

 インウィットには古代の遺物が残されていた。それは、惑星軌道上に浮かぶ超巨大要塞〈ファランクス〉であった。〈技術の暗黒時代〉に建造されたとおぼしきこの宇宙ステーションの威容にドルンは強く心惹かれ、その再起動に尽力したという。事実、長老の死から四十年後、〈人類の皇帝〉がインウィットに到来したとき、ドルンは〈ファランクス〉艦橋にて忠誠を誓う証として、要塞そのものを皇帝に献上している。太陽系へと移動されたこの宇宙ステーションは、以後、一万年にわたってインペリアルフィスト・スペースマリーン兵団の本拠地として活躍することになった。

〈大征戦〉の筆頭戦士

 ローガル・ドルンは一意専心の荒ぶる魂を節制と精進の信念で統御した人物であった。この総主長と兵団が陰鬱で無感動であると勘違いしている者も多いが、彼らのよく抑えられた姿勢の奥に秘められた激情はすさまじいものがあった。ドルン自身は慎重で綿密さを事としたが、いったん目標を定めれば、決してあきらめることはなかった。確かにドルンが感情をあらわにすることは希だったが、彼の激情は惑星を滅ぼし、太陽を吹き消すほどの力を備えていたのである。兄弟たるレマン・ラス曰く、「振り下ろされる斧の刃のごとく迅速で容赦がない」のがローガル・ドルンの本質であった。

 ドルンの忠誠心は比類なく、また、〈帝国〉の理念を信じて力の限り追い求める理想主義者でもあった。戦いの結果よりも、なぜ戦うのかということを重んじた。インペリアルフィスト兵団もまた、すみやかに総主長と心を一つにした。〈大征戦〉を遂行するドルンとその子らは、まさにあるべきスペースマリーンの模範であった。ドルンと兵団の戦士たちの間に多くの会話は必要がなかった。伝説に曰く、総主長がインペリアルフィスト兵団とはじめて邂逅したとき、ドルンは一言も発することはなく、インペリアルフィストたちもまた一言もなくその膝を屈し、沈黙の内に永遠の忠誠が誓われたという。ローガル・ドルンが兵団に声をかけるのは、戦場においてのみ、しかも最低限であった。彼からのただひとことの謝意が不滅の名誉であった。

 インペリアルフィスト兵団は戦場から戦場へ転戦した。ウルトラマリーンのように占領地に秩序と政体を打ちたてるようなことは、彼らは行わなかった。どこまでも〈帝国〉の戦士であり、皇帝陛下の鉄拳であろうとしたインペリアルフィストは、あらゆる戦場に迅速にかけつけ、戦い、そして命を捧げた。戦いで失われた兵力は現地の猛者を徴用することですみやかに補充され、インペリアルフィスト兵団は次なる戦場へと向かっていったのである。ドルンはどの惑星にも支配権を主張することはなかった。〈ファランクス〉に乗って移動するローガル・ドルンはかつてこう言ったという。「必要なのは兵士であり、家臣ではない」

鉄と石の対立

 〈大征戦〉によって無数の星々が〈帝国〉に加わると、皇帝は地球へと凱旋して壮大な首府の建設にかかった。銀河帝国を統べる大陸規模の都市〈帝殿〉の防備を任されたのは、ローガル・ドルンそのひとであり、インペリアルフィスト兵団も太陽系の防衛にあたる栄誉に浴した。

 しかしこのとき、最も名高い亀裂が生まれた。アイアンウォリアー兵団の総主長パーチュラーボは、ローガル・ドルンが〈帝殿〉の防備を誇り、たとえアイアンウォリアーの攻城技術をもってしても、この壁を破ることはできないと語ったと聞き、激しく憤った。その激怒の爆発は彼の兵団の者たちすら驚くものであったという。

 ローガル・ドルンとパーチュラーボは総主長の同胞の中でも、その性質が似通っていた。寡黙なまでに抑制された性格、不屈の闘志、そして不退転にして強靱きわまる戦法の名手。両者が協力し、皇帝の両腕として活躍したのであれば、未来は変わっていたのかもしれない。だが、現実に起きたのは、誰よりも似た兄弟を引き裂いた修復不能な敵意だった。それは二人がはじめて出会ったときから定まっていたのだという者もいる。互いに語りあわず、要所要所での手厳しい一言に無言の抗議、暴露されぬ忿怒が重なった。表には現れないがしかし奥に激情を秘めていたその反目は癒やされることがなく、地底で煮えたぎるマグマのように熱を増していったのである。

 もちろん、両者には大きく異なる部分もあった。一番明らかなのはその戦法である。いずれも攻城戦に長けていたが、パーチュラーボは圧倒的で容赦のない大攻勢を好み、犠牲にかまわず敵を打ち倒す戦い方を好んだ。一方、ドルンはそのような荒っぽく損害の多い戦いは選ばなかった。綿密な計画と精密な一撃によって堅固な壁を崩壊させるのがインペリアルフィストのやり方だった。パーチュラーボはどこまでもプラグマティスト、戦果のためならば手段を選ばない人物。しかしローガル・ドルンは理想主義者、何のために戦うのかをその結果よりも優先した。

 二人の最強の武略家の間のこの大いなる亀裂は〈大征戦〉の土台そのものを揺るがし、やがて大反乱の形で全てを崩壊させることになる。

太陽系の激闘

 イストヴァン星系での大虐殺が〈ホルスの大逆〉を勃発させた直後、まだそれを知らず地球へと向かっていたインペリアルフィスト艦隊は、イストヴァンから辛くも逃れてきた打撃巡洋艦〈エイゼンステイン〉を回収した。そこに乗っていたデスガード・スペースマリーンのナサニエル・ガッロは、総主長ドルンに大逆と虐殺について伝えた。ドルンははじめ兄弟の叛逆を信じなかったが、ルナウルフのクルーゼ、追憶官のキーラーといった〈エイゼンステイン〉同乗者たちの証言を聞き、自らの信頼が最悪の形で裏切られたことを悟った。そして、艦隊をイストヴァンに差し向けると、自分自身は皇帝にこの凶報を報せるべく地球へと急いだ。

 地球で〈帝国大令官〉に任じられたドルンは、地球と太陽系の防備構築にさらに注力した。皇帝と近衛兵団が〈黄金の玉座〉の深奥で、知られざる恐るべき闘争を戦っている間、地球の命運はローガル・ドルンとインペリアルフィスト兵団の手に委ねられたのである。〈帝国〉の政治を摂政マルカドールに任せると、アルファ・レギオン大逆兵団による冥王星侵攻から始まった〈太陽系の戦い〉がドルンの主戦場となった。

 アルファリウスの奸計によって太陽系外縁が陥落の危機に陥ったとき、〈ファランクス〉に座乗して駆けつけたのはドルン自身だった。窮地に陥ったインペリアルフィストの精鋭を救うべく、ターミネーター部隊とともに敵旗艦にテレポートした総主長は、反逆したアルファリウスとの一騎討ちにのぞみ、激闘の末にこの謎めいた兄弟の頸をはねて討ち果たした。アルファ・レギオン兵団は撤退したが、その頃には〈帝国〉の長きにわたる同盟者であった火星が大逆軍に参加し、地球そのものを脅かしていた。インペリアルフィストは火星に急行し、渾沌に堕ちた機械教団と死闘を演じることになる。

 〈ホルスの大逆〉末期、地球にようやく集結した忠誠派の総主長たちを束ねて、圧倒的な戦力で襲い来るホルスの軍勢に立ち向かう総指揮をとったのはローガル・ドルンであった。当初、〈帝殿〉での籠城戦を選択したドルンだったが、サングィニウスらの意見を容れて出撃。〈獅子の門〉宇宙港を巡る大逆兵団との大戦闘が発生した。このとき、インペリアルフィストの増援を陣頭指揮したのが、後のブラックテンプラー戦団初代総長シギスムントであった。兵団の中でも特に皇帝への狂信的なまでの忠誠で知られていた彼は、精鋭部隊を率いて敵将アバドン討伐に激進したのである。しかし、ワールドイーター兵団の猛将カーンがシギスムントの前に立ちふさがった。このとき、絶体絶命の部将を救うべく、ローガル・ドルンそのひとが戦場に降り立った。

 ドルンはカーンを一蹴すると、今や宿敵となり、〈帝殿〉を破るべく到来したパーチュラーボに一騎討ちを申し込んだ。これは他の総主長が援軍にやってくる時間を稼ぐための策であったが、パーチュラーボは拒絶している。曰く、〈帝殿〉を落とし、皇帝を殺してから、じっくりとドルンを殺してやると。ドルンはこの挑発に、すでにアイアンウォリアーを無数に殺した、この後もさらに多くの者を殺すだろうと豪語。周りで死闘が続くなか、両者の決着は後日に持ち越されたのである。

 〈獅子の門〉宇宙港は陥落した。忠誠派の状況は悪化し、ドルンは厳しい選択を迫られ続けた。広大な〈帝殿〉の要衝を全て守るには、忠誠派の兵力はあまりにも不足していたからである。全体の崩壊を防ぐために一部の防衛を見捨てること数度。特に〈帝殿〉の内奥への近道となる〈陰気の門〉(サタナイン・ゲート)での戦いは特に熾烈を極めた。追憶官の示唆によって、ここの弱点をパーチュラーボが突こうとしていることを悟ったドルンは、自らこの要となる門に急行した。そしてここで彼の前に現れたのは、渾沌に身を落としたフルグリムであった。人の姿をとっていたフルグリムとの一騎討ちで、ドルンはこのかつての兄弟に致命的な一撃を与えたが、すでに魔神と化していたフルグリムはそこから復活し、ドルンをあざわらった。

 だが、それはローガル・ドルンの仕掛けた罠だった。フルグリムとエンペラーズ・チルドレン大逆兵団を引きつけた結果、サンズ・オブ・ホルス兵団を率いて地底からの攻撃を進めていたアバドンは、まんまと待ち伏せにあって退けられたのである。

 こうした粘り強い防戦と戦略的退却のくり返しによって、大逆軍の進撃は遅滞され、大逆総旗艦〈ヴェンジフル・スピリット〉での伝説的な決戦が決着するまで、ついに〈帝殿〉内奥に敵が侵入することはなかった。しかし、ローガル・ドルン自身も皇帝とサングィニウスとともに敵艦にテレポートしたものの、両者の死を防ぐことができなかった。サングィニウスの遺骸を回収し、皇帝の打ち砕かれた肉体を〈黄金の玉座〉に運んだのは、他ならぬドルンであった。皇帝の最後の言葉を聞いたのもドルンであったと伝えられている。そしてこの悲劇的な事実、自らの使命を完遂することができなかった後悔は、堅忍不抜の総主長の心身に深い傷をうがつことになる。

インペリアルフィストの贖罪

 深い哀しみに落ちたローガル・ドルンは、自らを懲罰すべく、兵団を率いて遠征へと打って出た。皇帝は斃れ、〈帝国〉は砕かれたが、ドルンが体現しようとしてきた〈帝国〉の理念はまだ守らねばならなかったからだ。彼とインペリアルフィスト兵団にとって〈大征戦〉と銀河統一の夢はまだ終わってはいなかった。

 そんな彼らにとって、〈帝国〉の摂政となったロブート・グィリマンが発した兵団分割の指示は、受け容れがたいものだった。地球に召喚されてこれを告げられたドルンは激高した。栄光ある兵団の分割という恥辱もさることながら、これは内戦と皇帝の死を防げなかった自分への譴責であるとドルンはそう感じたからである。ドルンは地球の防衛に間に合わなかったグィリマンを臆病者と責め、グィリマンはドルンを反逆者になるつもりかと糾弾した。このとき生き残っていた総主長のうち、レマン・ラスはドルンを、ジャガタイ・カーンとコラックスはグィリマンを支持した。

 武力衝突が起こり、再びのスペースマリーン内戦は必至かと思われたが、ローガル・ドルンは自らを七日間の苦痛にさらして(インペリアルフィストは自ら拷問具に身をさらすことで苦痛耐性の修練を行う)瞑想し、兵団は今までの形ではもはや皇帝に十全に奉仕することはできないという啓示を受けた。ローガル・ドルンが〈戦いの聖典〉を認めたことで、この危機は回避された。

 解体される前に、インペリアルフィスト兵団もまた苦痛の試練を課された。このとき、地球上にはいまだ大逆軍の建設した要塞が残存していた。〈鉄の檻〉と呼ばれるこの強固な施設に立てこもっていたのは、宿敵パーチュラーボとアイアンウォリアー大逆兵団だった。ローガル・ドルンはこの堅固な要塞をインペリアルフィスト独力で攻略することが、皇帝への誓約を果たせなかった自分たちへの贖罪の試練であると位置づけたのである。

 だがこれは見込みのない戦いだった。準備万端ととのえていたパーチュラーボの軍勢は、決死の覚悟で攻め寄せるインペリアルフィスト兵団を次々に罠に落とし、撃滅していった。〈鉄の檻〉の塹壕には白兵戦で命を落としたスペースマリーンの屍が累々と積み重なった。要塞の攻略は進んでいったが、膨大な犠牲者を出し、インペリアルフィストは滅亡の淵に立たされた。しかし贖罪に身をなげうつ彼らは退かなかった。4週間続いた死闘でドルンの息子たちが全滅をまぬがれたのは、ウルトラマリーンが介入した結果であった。パーチュラーボは両兵団を迎撃するのは無理と判断し、〈恐怖の眼〉へと大逆兵団とともに撤退していった。この戦果によって、パーチュラーボは総魔長(ディーモン・プライマーク)に転生を果たしたといわれている。

 〈鉄の檻〉の試練を生き残ったインペリアルフィスト・スペースマリーンたちは、ドルンがそう意図した通り、苦痛と犠牲によって鍛え上げられた精鋭たちだった。彼らは〈戦いの聖典〉にしたがい、千人単位の戦団に分割された。こうして誕生した後継戦団の数は二つともそれより多いとも言われているが、穏健派から成るクリムゾン・フィストと熱狂的なブラック・テンプラー戦団はいずれも艦隊を率いて征戦に打って出た。インペリアルフィストたちにとって、〈大征戦〉はいまだ終わってはいなかったからである。

 そして、インペリアルフィスト後継戦団の間の絆は分かたれたわけではなかった。後年、オルクの脅威が銀河を覆った〈獣の戦争〉の折、ドルンの遺命として、後継戦団は再びインペリアルフィスト兵団として地球防衛のために一致団結することになる。

遺された〈拳〉

 その後、ドルンは新生のインペリアルフィスト戦団を〈戦いの聖典〉にそって改革することに時間を費やした。そして到来したのが最初の〈黒き征戦〉だった。地球防衛戦で激しく戦った宿怨深い敵将アバドンが、ホルスの衣鉢を継いで大元帥となり、再び〈帝国〉に攻め寄せたのである。呪うべき怨敵の襲来は、ローガル・ドルンとインペリアルフィスト戦団にとってまさに復仇の機会であった。

 〈帝国〉の防衛軍を圧倒する巨大な艦隊で押し寄せる渾沌の軍勢に対して、ドルンは自ら三個中隊を率いて一撃離脱の作戦で立ち向かった。次々と敵艦を落とし、その進撃の遅滞を目指したのである。だが、多勢に無勢、次第に追い詰められた総主長の最後の戦いの舞台は、敵戦艦〈ソード・オブ・サクリレッジ〉(冒涜の剣)の艦橋であったと伝えられている。その最期については確かなことはわからない。誰もその戦いを生き残らなかったからである。直後に、敵艦に乗り込んだ首席司書官が見いだしたのは、総主長の切断された片手だけであった。それはまるで、かつてドルンが皇帝の骸を〈ヴェンジフル・スピリット〉から運び出した出来事の再演のようであった。

 ドルンの手は本拠要塞〈ファランクス〉にて時間の静止した廟に保存され、戦団最高の聖遺物として崇められるようになった。歴代の戦団長のみがこの白骨化した拳に名を刻むことを許されている。

 かくして、〈皇帝陛下の拳〉の総主長は文字通り〈拳〉となって、その銀河統一の理想を受け継ぐ者たちを導くシンボルとなった。ローガル・ドルンの息子たちは一万年の後でも、黄色のパワーアーマーに身を固め、総主長が築いた〈帝国〉を守るため、銀河のあらゆる場所に赴いて不屈の戦いを続けている。

(了)

 

 


 


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