クリプト「インサイダー取引」に対する相次ぐ法執行 米政府の最近の動向を読み解く
相次ぐ「インサイダー取引」に対する法執行
米国では、司法省(以下、「DOJ」)が、連邦法の通信詐欺罪を適用し、NFTおよび仮想通貨の「インサイダー取引」の取り締まり強化を始めています。
DOJは、6月1日、インサイダー情報(機密情報)を利用した取引について、最大手NFTマーケットプレース「OpenSea」(Ozone Network, Inc.)の元プロダクトマネージャー(Nathaniel Chastain)を通信詐欺およびマネロン罪の容疑で逮捕、起訴しました(以下、「ケース1」)。
また、7月21日には、米仮想通貨取引所「Coinbase」の元プロダクトマネージャー(Ishan Wahi)及び他2名を、インサイダー情報を利用した取引に関し、通信詐欺の容疑で逮捕、起訴しました(以下、「ケース2」)。
インサイダー取引に対する規制ですが、一般的に市場の公正性と健全性、それらに対する一般投資家の信頼の確保のため規制です。ですので、本来、詐欺罪とは保護法益(法が守ろうとする価値や利益)が異なりますが、どういった根拠で法執行がなされているのでしょうか。
以下では、通信詐欺罪に関する米国政府の最近の動きと今後の影響について簡単に考察したいと思います。
*米国法も刑法:詐欺罪についても専門ではないので深い議論はできません。
*ケース1と2を総称して本件と呼びます。
なぜ発覚したのか?
本件、インサイダー的な取引の発覚経緯についてです。興味深いことに、いずれもtwitter上で、第三者から、不自然なお金の動きが指摘されたことがきっかけとなっているように見受けられます。
ケース1では、2021年9月15日に以下のような指摘がなされ、続くスレッドでetherscanの情報を「証拠」として挙げています。
上記で指摘されているお金の流れの一例についてetherscanを見る限り、以下のようなものです。かなり稚拙なスキームを用いているように見受けられます。
ブロックチェーンの特性を理解していたと思われるOpenSeaの元職員がなぜこのような、あからさまで言い逃れのできない方法で取引を行ったのか疑問ではあります。
ケース2も同様にtwitterで指摘されています。訴状によると、ケース2の被告の友人のETHウォレットのようです。
本来であれば、取引所や政府当局しかわからない、不公正取引の実態について、第三者がオンチェーンの情報を証拠として突きつけ、bad guyを追い詰めていく。既存の金融にはない、この透明性にクリプトの魅力を感じずにはいられません。
ブロックチェーン上の取引は、半永久的に取引記録が残り、追跡が比較的容易です。オンチェーンでの取引は、取引量にもよりますが、衆人監視下にあるといっても過言ではなく、捜査機関はブロックチェーン分析ソフトを使いますので、このような不公正な取引はバレやすいです。
周りの人がみんな不幸になりますので、不正はやめましょう。
「インサイダー取引」で詐欺罪が成立する根拠
さて、ケース1(United States v. Nathaniel Chastain)の概要ですが、以下のようなものです。
ケース2(United States v. Ishan Wahi, NikhilI Wahi, and Sameer Ramani)の概要は以下です。
要は、詐欺の直接的な被害者は雇用主(OpenSeaやCoinbase)というわけです。では、雇用主はどう騙され、何を奪われたのでしょうか。
この点、本件の先例とされる、最高裁判決Carpenter v. United States(1987)の内容を読むと、ふーんなるほど、という感じですので簡単に紹介します。
概要は以下のようなものです(James Gatto "NFT Insider Trading – Can There Be A Crime If It’s Not A Security?" )。
この事案について、最高裁は、雇用主のWSJには、機密情報について公表されるまで独占的に利用できる利益があり、機密情報は雇用主の無形の「Property(財産)」であったと認めました。
そして、被告は、雇用主の機密情報を保護するという信認義務を果たすと見せかけて、個人的な利益のためにその情報を利用することで、雇用主の財産を詐取したと認めました。
このほか、裁判所は、他人から預かった金品を自分のために不正に流用する「横領」が「詐欺」の概念に含まれていると認め、被告が詐取の意図をもって行動したとも述べています。
機密情報を会社の利益と解する点に違和感はないですが、それ以外の論理の構成は、知見もないので、評価できません(単純に、強力だなぁという小並感です)。少なくとも、刑法の詐欺罪の構成要件の方が厳格な印象です。
与える影響
さて、本件DOJのこれらの申立てですが、上記のCarpenter v. United States(1987)と異なり、複雑になりがちな証券該当性の証明を回避しているため、法執行機関としては使い易いフレームワークのように思われます。
通信詐欺罪自体がこれまで拡大解釈されて来ており、予算も人員も足りない連邦政府が編み出した奥の手であるとの見解があります。
このような使い勝手の良い切り札を、ケース1ではNFTに対して、ケース2では仮想通貨に対しても切ったということになります。実際にDOJの申立てが認められ有罪になるかは、裁判の結果を待たなければなりませんが、連邦政府による、クリプト領域の市場操作や不公正取引に関する取締りが本格化していると言えそうです。
おそらくですが、本件の被告らは「インサイダー取引」と言ってもNFTや仮想通貨に証券法の適用はないので罪には問われないだろう(そういう説明は確かに一部でよく聞きました)との軽い気持ちで行ったものと思います。結果的に、大きな代償を払うことになるかもしれません。
それでは、日本のNFT市場に与える影響はどうでしょうか。
本件ですが、日本であれば、守秘義務違反の案件であり、せいぜい雇用者と被雇用者間の民事事件として処理される事案ではないかと思われます(Carpenter v. United States(1987)においても、被告はそのように主張しています)。
*本件と異なり、営業秘密を不正に取得したり、開示した場合は「営業秘密侵害罪」(不正競争防止法第21条)として刑事事件になる場合があります。
もっとも、通信詐欺罪については、域外適用もありうるため、米国からのアクセスを認める場合は、注意が必要でしょう。
番外編〜SECの法執行 困惑するCFTC〜
さて、これまで、DOJによるクリプト取引に絡む法執行についてご紹介しましたが、ケース2については、DOJのほか、米証券取引委員会(SEC)も大きく動きました。
ケース2に関する3名に対してSECは証券法違反で提訴しましたが、その前提として9種類(AMP, RLY, DDX, XYO, RGT, LCX, POWR, DFX, KROM)の仮想通貨を証券としてみなしています。
今後の仮想通貨に対する上場審査に与える影響を考慮すると、仮想通貨取引所の実務的にはこちらの方が影響が大きいでしょう。
現時点で、SECの主張の詳細(SEC v. Wahi)を読めていませんが、SECに対する、クリプト界隈で著名な弁護士らのコメントは以下です。
SECによる申立てでは、仮想通貨取引所(Coinbase)や証券とみなされた仮想通貨の発行体は法執行の対象ではありません。
したがって、事業者は裁判の当事者とはならず、SECの主張に対して、証券に当たらないことを明らかにする機会を持つことができないと思われます。
個人のみを対象とし、より強力な反論が予想される事業者については、一方で証券法違反として批判しつつも、他方で裁判の当事者から外しています。このようなフェアではないSECのやり方に関して批判されるべきでしょう。
上記の記事で述べられていますが、最近のゲンスラーSEC長官は、ビットコインのみがコモディティーであり、それ以外のトークンは証券の可能性があるとの姿勢です(どんどん意固地になっている気がします)。
5月にはSECのクリプト規制の法執行チームの職員数を倍にしています。
この点について、クリプトママことHester PeirceSEC委員からは「SECは執行部門を持つ規制機関であって、執行機関ではないはずです。なぜクリプト領域の法執行でリードしているのでしょう?」と疑問を呈されていました。
そうした中、6月10日に超党派で提出された「The Responsible Finacncial Inovation Act」(責任ある金融イノベーション法)は、これまでのクリプトに係る規制の不明確性を排除することを目的とした法案ですが、同法案は仮想通貨など広範なデジタルアセットの取引に対して、米商品先物取引委員会(CFTC)が監督することを目指す構想です(Responsible Financial Innovation Act Offers Clarity, Safeguards for Digital Assets - CFTC and Commodities)。
そういった動きへの焦りもあるのかもしれません。
今回のSECの動きは、御し易い個人だけを対象に法執行を行い、裁判を通して自らの主張を認めさせようとする動きと言えそうです….CoinbaseのCLOの意見に同意します。
このような措置に対して、CFTCは何を思うのでしょうか。最後に、CFTCの委員Caroline D. Pham氏のSECの法執行に対する、なかなかに辛辣なコメントを引用し、本稿を締め括りたいと思います。
おわり
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