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U.R.第一部【脱出編】【3】Surprising Hero(意外な救世主)

《1》
 
 
 どんな仕事にもトラブルは付きものだ。想定外のことなど珍しくもない。だから、今回の事態は充分に想定内の範疇と考えていいだろう。アルフレッド・サヴェージはプロム会場の片隅でジュースのグラスを傾けながら、店に掛かってきた一本の電話の内容を思い出していた。
 
『頼む、娘を、プルーを助けてくれっ!』
 
必死の願い。彼は事態の深刻さを即座に察知した。
 
 プロム会場に潜入するのはさほど難しいことではなかった。プロム参加者は事前にチケットを入手しなければならないのだが、つてを使って当日急に参加できなくなった卒業生から手に入れていた。
 
 問題はパートナーだ。卒業プロムなのだから、カップルのどちらかが卒業生でなくてはならない。だが、この問題も何とか解消はできた。
 
「サヴ、ターゲットはどうだ?」
 
椅子に腰を下ろし、退屈そうにジュースグラスを弄ぶパートナーが声を掛けてきた。
 
「今のところ、問題なし。ただし、話の内容は相当ヤバい感じだねぇ。あの年頃のお嬢ちゃんだと、簡単に落ちるなぁ」
 
サヴはピアスに模した超小型のイヤホンを軽くつついて、無愛想な彼女にウィンクした。
 
「ふざけてないで、真面目にやれ」
 
「俺は至って真面目だけどね。折角のパーティなんだから、もうちょっと楽しそうにしたらどうなんだ」
 
「酒も出ないお子ちゃまパーティをどう楽しめと? プロムなんて所詮はガキの集まりだろうが」
 
「あのさぁ、ハリーちゃん。楽しむ演技も必要なんだぜ。たとえ酒の出ないお子ちゃまパーティでもな。ま、エージェントでないお前には無理か」
 
「オカマの演技を忘れているあんたに言われたくないね」
 
「誰も俺のこと気にしてないから問題ないも~ん。みんなダンスとお喋りに夢中さ。お子様なんてそんなもんだって」
 
サヴは手にしたグラスを軽く揺らした。中に浮かんだ氷がグラスに当たってカランと音をたてる。ハリーは溜め息を吐くと、深い青色の瞳で彼を睨んだ。
 
「まったく、真面目にやってるなら、なんで接触したときに奴から引き離さなかった? その方がよっぽどリスクも少なくて済んだはずだぞ」
 
「そっちの方が不自然だろ。それに、世間知らずのお嬢ちゃんにはちょっとお仕置きが必要だろうしね」
 
「おい、あんたまさか……」
 
「あの手のお子様には少々痛い目を見てもらって、立場を自覚してもらわないと困るだろ」
 
「だからって、やり過ぎにならないか?」
 
「俺を誰だと思ってる? 安心しろ、ナイト役はちゃんと演じてくるからさ」
 
「このドS野郎が」
 
「はねっ返りを飼い馴らすには飴と鞭が一番、なんてな」
 
「あんた、絶対楽しんでるだろ」
 
「ああ、ワクワクするねぇ。三年間、正体隠してオカマやってたんだからな。そろそろ異動願い出したかったところさ」
 
サヴはにっこり笑顔で鼻歌を口ずさんでみせる。
「その割には目が笑ってないな」
 
「そりゃね、俺が三年間見守っていたお嬢ちゃんをたぶらかしてる悪い虫には強力な殺虫剤をぶっかけてやりたくもなるっての」
 
「殺すなよ」
 
「半殺しくらいで止めておくさ。ま、半年は動けないくらいにってとこかな」
 
「おい、あんた、にっこり笑ってそのどす黒いオーラ立ち上らせるの止めろ。ダークサイドに堕ちたベーダー卿に見えて仕方がない」
 
ハリーはげんなりとした表情を浮かべ、深い溜め息を吐いた。
 
「ハリー、えらく古い映画を知ってるじゃねえか。スペースオペラの古典的名作だぜ」
 
「地区では何度もリバイバル上映してたからな。他にもローマの休日とか裏窓とかもやってたぞ」
 
「ああ、そういやそうだったな。ここは時代が逆行したような場所だったっけ」
 
「あんた、さりげに私の話を受け流したろ」
 
「気のせいだって。それよりあの野郎、一瞬だけだが本性見せやがった」
 
サヴはクイッと顎でホールの一角を指した。そこには先程彼が声を掛けた少女とそのパートナーが椅子に腰を下ろして談笑している姿があった。
 
「特に変わった様子はないが」
 
「大ありだ。天国に見せ掛けた地獄行きの切符をちらつかせやがったんだからな。そのあと一瞬だけいやらしい笑みを浮かべてやがった。あの娘はまったく気付いてないけどな」
 
「そりゃ、目がハートになってりゃ気付かないだろうさ」
 
「だよな……」
 
サヴは苦笑交じりに溜め息を吐くと、ハリーに向き直る。
 
「お前さ、昔の自分とあの娘を重ねてるだろ」
 
「……何でそう思う?」
 
「状況が似てるからさ。お前の時とな」
 
「いや、あの娘の方がマシだ。まだ深入りしてない」
 
「そうかもな……」
 
「傷は浅いほどいい。心の傷は特に、な……」
 
ハリーは手にしたグラスに視線を落として呟いた。彼女の過去を知るサヴは、これ以上何も言うまいと口を噤んだ。
 
 イヤホンからはターゲット達の会話がすぐ側で聞いているかのように耳に流れ込んでくる。
 
(ったく、世間知らずなお嬢ちゃんはお気楽だよな)
 
どんなに背伸びをしても所詮は子供なのだ。高校を卒業したくらいで大人になった気でいる。だから、自分に身の危険が及んでいても気付かない。だが、その無防備さと無鉄砲さが彼には時折羨ましく思えた。
 
 かつての自分に合ったもの。そして今は失われてしまったもの。それだけ歳をとったのだと言えばそれまでだが、あの純粋さは失うには惜しいものだったかもしれない。
 
 若者達の楽しいひとときはあっという間に終わりを迎え、彼らはこれから二次会に繰り出そうと、ぞろぞろと会場を後にし始めた。
 
 サヴとハリーもターゲットを見失わないように彼らと距離を保ちながら会場を出る。
 
「ハリー、お前は戻って着替えたら、プラン通りの場所で待機だ。俺はターゲットを追う」
 
「了解。後はよろしく」
 
サヴの指示にそっけなく返すと、ハリーはタクシーを拾って乗り込んだ。それを見送ることもなく、サヴはターゲットの後を追った。

 

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