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まだ彼女が何者でもなかった頃

今からおよそ13年程前、1つの麻雀ブログと出会う。管理者は新潟県で暮らす一人の若い女性だった。

その人は麻雀プロを目指して勉強を重ね、テストに合格。健康麻雀教室で働きながら、プロとしてのキャリアをスタートさせた。

現在よりも女流プロの地位がずっとずっと低かった時代。映像対局に出てくれば打牌を叩かれ「これだから女流は…」と辛辣な麻雀ファンに酷評されるのが常だった。

当時Twitterやinstagramは無く、麻雀プロの情報発信と言えばブログが主流。

そのほとんどが麻雀の内容に関する記述が無く、仲の良いプロとランチをした、美味しいスイーツを見つけたといった内容だった。麻雀について書こうものなら、腕自慢のアマチュアに容赦無くミスを指摘されるのが目に見えていたためだろう。

そんな中、その人のブログの内容は異彩を放っていた。

来る日も来る日も麻雀について書き綴り、雀力の向上、そしてプロとしての在り方について懸命に試行錯誤を重ねていた。

この人は他の女流プロとは違う。すぐにそう感じ取った。ブログにコメントを残せば、必ず返信をくれた。麻雀そのもの、そしてファンに対し、彼女は常に誠実であり続けた。

もっとも、当時無名のDリーガーだった彼女のブログにコメントを残す人はとても限られていた。プロとして何の実績も無く、所属団体から強く推されている訳でもない。そんな人に注目する人などいるわけも無かった。

しかし、私には確信があった。この人は必ず頭角を表すと。

その後しばらくすると、新潟を拠点としていた彼女はその場所を愛知県豊橋市へと移した。新しいお店で働き出すと、店長の麻雀を後ろ見し、メモを取り続けた。そして自分の麻雀を見てもらい、アドバイスを求めた。その男性店長の雀力は確かなものだった。

多くを学んだ彼女はあっという間に女流リーグを駆け上がり、決定戦へと進出する。そしてプロとしての千載一遇のチャンスを活かし、初タイトルを獲得した。

優勝トロフィーを受け取った後、インタビューを受けながら、人目もはばからず泣き続ける彼女を見て、私の涙腺も自然と緩んでいた。

おめでとう。あなたなら必ずやれると信じていた。

初タイトルは次のチャンスをもたらす。念願だった女流モンド杯への出場が決まると、そこでも優勝を果たし、一気にスターダムへとのし上がった。彼女の麻雀に対する評価はうなぎ登りだった。

しかし、有名になるということは良いことばかりでは無かった。麻雀自体は褒められるものの、彼女の容姿に対し、心無いコメントがネット上に溢れるようになる。おそらくそれは本人も何度となく目にしたことだろう。

「勝たなければ、自分には価値が無い」

それは悲痛なまでの覚悟だった。タイトルを失えば、容姿に恵まれ、沢山のファンがいる他のプロに自分の椅子はあっという間に奪われる。勝つことでしか生きる場所を守れない。それがきっと心の声だったはずだ。

その想いに牌も応えた。翌年、自団体のタイトルを防衛し、彼女をただの一発屋だと思う人は居なくなった。押しも押されもせぬトッププロとなった彼女には、雀風と名字をモチーフとしたキャッチフレーズが付いていた。

ー最速マーメイド

その人の名前は魚谷侑未。今では女流プロの中で最多の獲得タイトル数を誇り、プロ麻雀ファンなら知らない人はいない。彼女を長きに渡り見続けてきた私に、もしも魚谷侑未は他の女流プロと何が違うのかと問われれば、その答えは決まっている。麻雀に対する覚悟の量だ。

トッププロとなった彼女は後輩からアドバイスを求められた時にこう答えている。

「この選択を間違えたら死ぬと思って選んで欲しい」

道端で転びそうになった時、咄嗟に右腕を庇い、顔から地面へと着地したというエピソードもある。女性でありながら麻雀の為なら顔に傷を作ることも厭わない。それ程の覚悟を持っている人が一体どれだけいるだろう。

魚谷侑未をトッププロたらしめる重要な要素。それは勝利に対する執着心だ。現鳳凰位佐々木寿人はその執念を「靴底に付いたガムの様に鬱陶しい」と表現した。

諦めない、へこたれない、退かない。勇気と言う名の武器を手にいつだって最後まで戦い続けた。応援してくれる人より先に自分が諦めるわけにはいかない。それがプロとしての信念だからだ。

そして同時に、麻雀に対する愛情も持ち続けている。これは今や昔話と言える何年も前の話だ。先輩から「プロなら麻雀を楽しいと思っちゃ駄目だ」と言われたエピソードを彼女は少しの反発心を添えてブログに綴った。その時私は「麻雀が好きなゆーみんが好きなんです」とメッセージを送った。それを彼女はとても喜んでくれた。きっと御本人は覚えてはいないだろう。

タイトルを獲得して有名になっても、プレッシャーが大きくなろうとも変わらずに麻雀を好きでいてくれる彼女が私は大好きだった。


時が経ち、雀風は変わった。Mリーガーとなり、取り巻く環境も変わった。今季のMリーグにおいて、一気通貫確定の平和立直を打たず、九蓮宝燈を狙って聴牌を外した時、その選択は大きな議論を呼んだ。

俗に言うライト層からは夢のある選択と賛意を得たが、ガチ勢からは損な選択だと厳しい非難を浴びた。魚谷侑未という打ち手に対する評価を下げた人も少なからずいたはずだ。

その時の私の心境は悲しいでも悔しいでもなく、「誇り高い」だった。

彼女のファンになってまだ2年と経たない頃、某巨大掲示板で彼女の名前を検索してみたことがあった。ヒットしたのは僅か1件。そしてその書き込みに対するレスポンスは0だった。

つまり、誰も彼女の事を知らなかったのだ。その頃を知っている自分からしてみれば、選択が麻雀ファンの議論の対象となることは例えそれが非難であろうとも、喜ばしい事なのだ。

麻雀プロの選択の99%は議論の対象にすらならない。観られていないからだ。どんなに素晴らしい一打を繰り出そうとも、ファンに観られていなければ、それは野球選手が観客の一人もいないスタジアムでホームランを打ったようなものだと思う。

だから私は議論の対象となる度に、心の中で「良かったねゆーみん。麻雀プロとして成功したね」と呟く。

まだ彼女がプロとして何者でも無かった頃、ファンとして夢見ていた景色がそこには広がっているのだ。

思い返してみればゆーみんには沢山の夢を叶えてもらった。数々のタイトル、大勢のファン、チャンネルを合わせればいつでも彼女の麻雀を映像で観られること。残った夢と言えば、女性初の鳳凰位となること、そして豊橋時代の店長と大舞台で戦う所を観ることくらいだ。

鳳凰位は少し遠いかもしれないけれど、店長も今や最高位戦の頂点に立った。きっとそちらはそう遠くはないだろう。でもそれらが叶わなかったとしても、もう充分に満足している。だから私は次の夢を見ることにした。


新しい夢の名は梶田琴理。ゆーみんを見つけた時と同じDリーガーだ。でも二人を比べたりはしない。同じなのは二人共麻雀が好きで、今よりもっともっと強くなりたいと願っていて、例え天才じゃなくても、努力すれば強くなれると示してくれることだけだからだ。

自分に出来ることも変わらない。ゆーみんにもぴっぴにも頑張れと伝えたことがない。頑張ってるのを知っているから好きになったのだ。

だからもしも、結果が出なくて苦しんでいる時は、頑張れの代わりに大丈夫と伝えたい。

努力してるの知ってるよ、ちゃんと見てるよと。運に左右される世界だから、結果で報われるかは分からない。だから過程をしっかり見て、励ますことしか出来ない。それが私の麻雀プロの愛し方だから。



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