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木蓮Diary(4) 揚げたてのピロシキ

私はアリッサと住み始めて間もないのだけど、これまでこの家に全くなじみがなかったわけではない。実は幼少期、私たち姉妹はここで一緒に過ごしていたのだ。だから、隣人たちとはかれこれ20年近い付き合いとなる。

つい先日のことだ。アリッサが出かけたすぐ後にインターホンが鳴ったので玄関に出てみると、右隣の家に住む奥さんだった。名前はカシアさんという。おそらく歳は六十を超えていると思うが、山に颯爽と登るくらいアクティブな人らしい。
「あのね、これ作ったのよ。よかったら食べて!」と、差し出されたのは揚げたてのピロシキだった。あまりに突然だったので私がまごついていると、「去年よりは上手くできてるんじゃないかなと思うんだけどね。そうそう、今お姉ちゃんいる?お姉ちゃんはこれ好きみたいだから、どうかなーと思って・・うふふふ♡」と。
・・そうなのだ。アリッサは人付き合いがすこぶる上手い。上手くやっていける、ということだけではなく、特に人に可愛がられるタチなのだ。私が羨ましく思ってしまう彼女の能力の一つだった。きっとカシアさんもアリッサ本人の言葉が聞きたくて、わざわざ在宅なのか聞いてきたのだろう。

もらったピロシキは狐色の卵形をしていて、カシアさんが帰って行った後もまだ温かいままだった。スーパーで使われるような揚げ物用のプラスチック容器に2つ入れられていたのだが、その蓋が閉まらないくらいふっくら膨らんでいる。そして、なんとも言えない油の香ばしい香りが立ち昇ってくるのだった。
もちろん、私はアリッサと一緒に食べようと心に決め、絶対に今は食べまいと我慢した。我慢したのだけど・・・・結局食べてしまった。

「揚げたてよりピロシキが美味しくなるタイミングなんて、ないんじゃない?」
そう心の声がした途端、誘惑に負けてしまったのだった。
急いで立ち上がり、ケトルに水を入れる。沸騰を待つ間に、コーヒー豆をスプーン大盛いっぱい缶から出して挽く。お気に入りのカップを出来上がった湯で温めながら、横でゆっくりコーヒーをドリップする。ーうん、揚げたてのピロシキとホットコーヒーは相性がとても良さそうだ。
ピロシキは、作る人によって中に入れる具材が違って、個性が出るように思う。もらったピロシキには、ミンチ肉やゆで卵、そして春雨が入っていた。春雨が入ったピロシキを私は食べたことがなかったのだけど、肉の旨みを吸った春雨はとても美味しかった。口に残る油の余韻を、熱いコーヒーがスッキリさせてくれる。
ピロシキをわざわざ手作りするなんて、なんてマメな生活を送っているんだろう。そしてご近所に配るなんて、正直自分にはできそうもない。

その後、外出から帰ったアリッサに、ピロシキを一人で先に食べてしまったことを咎められたのはいうまでもない。そして後日、私より先にお礼を言う機会を得たアリッサに、カシアさんはこう言ったらしい。「おいしかった?よかったわ〜♡今年はね、去年より具を端の方まで包めたんじゃないかと思うのよ!」
カシアさんは、去年より今年、今年より来年・・と、毎年高い目標を掲げてピロシキ作りに本気で取り組んでいるということがわかった。
毎日忙しそうに見えるカシアさんも、日々自分の生活を楽しんでいるのだな、と感心してしまった。


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