【長編小説】配信、ヤめる。第4話「処女配信」
その溢れんばかりのエネルギー。見習いたいね。そして、みんな暇すぎる。蛍太さんは無職だから分かる。どうやら興津さんは大学生なんだけど、時間は自分で作るもんだと豪語していた。言い訳にしか聞こえなかったけど。
昨日、蛍太さんが俺と生配信をする宣言をして、興津さんと連絡先を交換した後、駅まで送って俺は家に帰らず蛍太さんの家に泊まることになった。
「よっし、酒飲むか?」
「いや、やめときます。あの、かなり眠いんすけど……」
ダメ元で寝ようとしたら、意外にすんなりと受入れた。
「ちゃんと回復しとけよ。明日は配信祭りだ!」
どう言うことか聞こうと思ったけど、ちょうど良いクーラーの風に吹かれていると、どうでも良くなった。つまり、俺は眠りについたらしい。
朝になる前、一度目が覚めた。部屋の電気はついていて、蛍太さんはFPSをプレイしていた。寝るつもりがないんだろう。そのまま眠れるか心配だったが、すぐにまた深い眠りについた。
強い日射しで目が覚めた。いつもと違う場所。即座に蛍太さんの家だと思い出し、主人の姿を探した。
カチ、カタカタ。カチ。
キーボードとマウスを叩く音が聞こえる。そこには当然のようにパソコンでゲームをプレイする蛍太さんがいた。
ちらりと俺を見たが、集中する場面なのか、すぐに画面を見直していた。
カタタタッ。
画面を覗くと、激しい撃ち合いをしていた。俺が勝手にトイレに入った。昨日、ここに来るときに買っておいた歯ブラシで歯を磨く。そうしているうちに戦いが終わった。
「おう。飯買いに行くか」
「そうっすね。てか、蛍太さん寝ました?」
「今日は寝ない日だな」
「そんな日、普通はないっすよ」
俺の言葉を聞いて蛍太さんがめちゃくちゃ笑顔になった。怖い。無言で笑顔。一体何を考えてるのか。多分、何も考えてないんだろうけど。
簡単に飯を済ます。蛍太さんの食事はサラダとサラダチキン。なんか健康的だ。寝ないくせに。
俺は揚げ物を炭酸で流し込み、カルビ重を食べ、スマホをいじることにした。時間はまだ八時。
カチ、カチ、カタタタ。
嘘だろ? 蛍太さんが次の試合を始めた。俺、今日の予定とか全然知らないのに。
試合が終わるまで、仕方なしにスマホで動画を見ながら待つ。蛍太さんは早々と負け、家を出た。
*
最寄りの駅で、興津さんと待っていると、遠くからピンクと黒のロリータファッションに身を包んだ女性が現れた。
てか、確実に興津さんだ。めちゃくちゃ目立つな。周りの人が振り返ってる。
しかも今日は日傘もさしていて、フリフリ感が限界まで高められている。
「おはよー。ねー私、今日は病みメイクなんですよー」
見てみると目の周りが赤くなっていて、涙袋がぷっくりと膨らんでいた。唇は外に向かうにつれて淡い色合いになっていて、病み、と言われれば確かにそんな風に感じる気がする。
「なに、積木ちゃんは病んでるの?」
「別にそう言うのは関係ないですー。なんとなく病みメイクって気分なんですよ」
爪は血がこびりついたようなデザインに塗られていて、隙がない。
「よし、じゃあみんな集まったところで今日のスケジュールを発表するぞ!」
「はい!」
「は、はい……」
いかん、出遅れた。今の不意打ちに対応できるなんて興津魅桜、何者。
「本日は、三人で生配信をしようと思います」
「はい! 私、質問いいですか?」
「どうぞ積木ちゃん」
なんか、学校の授業を思い出す。と言うよりわざとそんな風にやってるんだろう。
「配信とは言っても、何をするんです?」
「いい質問だ。これはな、俺が最近ハマってるスポットに行って、そこで宝探しをしようと思ってるんだ」
「た、宝探しっすか? そんな、現実的じゃないっすね」
思わず口を挟んでしまった。なんだ。今時宝探しって。徳川埋蔵金を探すのだって、うちの親の世代で盛り上がり終わったじゃないか?
そう思うのを見透かしたのか、蛍太さんがチッチッチッと指を振った。
「バブちゃーん、質問はちゃんと手を上げてから言ってね」
そんなにちゃんを伸ばして欲しくないと思った。ただ、思っただけだが。
「もちろん、宝探しと言っても、一攫千金を狙いたいわけじゃない。もしそうだとしたら配信なんてしないほうがいいんだからな。誰かに盗まれちまう。そもそも、何を探すのかは大した問題じゃないんだ」
「えー、宝探しなのに? 私、お宝探したいです」
「ああ。宝探しはする。ただ、探す場所がポイントなんだ。いいか。場所は昨日の川をもっと上流に行った場所にある、不法投棄の有名なところだ!」
うーん。つまりゴミを漁るってことか。
「蛍太さん、ゴミ漁りってのはなんだか……」
「いいですね!」
隣でゴスロリが目を爛々に輝かせて俺の話を遮った。耳を疑うが、大賛成らしい。
まて、もしかしたら不法投棄現場をどんなものなのか知らないのかもしれない。これを説明責任があるだろう。行くだけ言って、「うわ、こんなところ連れてきてどうするつもりなんですか」みたいなことになっても嫌だし。
「いや、積木ちゃんね、不法投棄の場所ってどんなんだか分かる?」
「はい! 捨てるのに金のかかるゴミが集まる場所ですよね」
「そう! そうなんだよ。それに、すごい汚い場所だと思うよ」
これだけ期待をしている女の子に現実を教えるのは辛いが、これも大人の責任だ。でも、返事は予想外のものだった。
「それくらい想像つきますよ。私、世間知らずじゃないんで」
なんか、鼻で笑われる勢いだ。
「じゃ、じゃあ、なんでそんなに目を輝かせてるんだよ。もしかして汚いものフェチ? 変人じゃないか」
「ちょっと、変人じゃないですよー。単純に、炊飯器が壊れてて、って感じです」
「炊飯器が壊れてるのと、不法投棄の場所で宝探しなんて、全く関係がないじゃないか!」
言い切ってみるが、分かっていた。悲しいくらいに関係があることに。でも、信じたくなかった。だって、ゴミ捨て場から拾った炊飯器なんて、使いたいわけないじゃないか!
「私、全然使いますよ?」
いかん、心の声が漏れるってことが本当にあるとは。いや、もしかしたか顔に書いてあったのかもしれない。
「そ、そっか……。君は強いんだね……」
「配信者なら当然です」
なんの自信か分からないけど、逆に俺は配信をする自信がなくなってきた。
「よし。二人ともお話は終わったっぽいな。じゃ、行くぞ」
興津さんと蛍太さんが歩き出す。当然、俺もついて行く。別に俺は大人としての責任を果たすために興津さんの説明しただけで、俺がビビってるわけじゃないんだから。たしか、そうだったよな。うん。
*
不法投棄の現場は昼なのに暗い。あと、なんか涼しい。それが却ってきもち悪い。
でも、そういう繊細な感性を持ち合わせているのは残念ながら三人中、ただ一人俺のみだった。
「うわー。凄いです! 私、向こう行っていいですか?」
「積木ちゃんね、配信のために来てるんだから落ち着いてね」
はしゃぐ興津さんに釘を刺す。なんでこんなところではしゃげるのか、理解に苦しみながら。
あたりには、本当に様々なゴミが置いてあった。画面の割れたテレビ、冷蔵庫、よく分からない鉄の棒の束。傘の束。
泥がこびりつき、窪みに雨水が溜まっている。少し歩くと足元も滑る。川が近いせいか、雨の日のような匂いがする。湿った土の匂いだ。それと、何か嫌な匂い。こういうのって腐臭なのだろうか。
「よし、じゃあ配信つけよう。俺がカメラマンでいい?」
「私はいいんですけど、あの、バブルさん、顔出しオッケーなんですか?」
「あー。確かに、顔は出したくないかな」
「ふーん。じゃあこれどうぞ」
興津さんが小さな鞄から取り出したのは、サングラスだ。かければ頬骨くらいまで隠れそうなハートのレンズに、当然フレームはピンク色。そこに宝石のようなデコレーションが施されていた。
「あの、他のってある?」
「すみません、これしかなくて。やっぱ嫌ですか?」
渋っていると、蛍太さんが声をかけてきた。
「それいいじゃん。絶対目立つし、うん。絶対目立つ。それで十分だろ」
あまり参考にならない意見を述べている。
「まあ、掛けます。積木ちゃん、ありがと」
サングラスをかけると、ただでさえ不穏な雰囲気があったこの場所はさらに不穏になった。光が遮られてかなり暗い。
「よし、じゃあ本当に始めるぞ。三、二、一……」
蛍太さんが静かになる。スマホのカメラは興津さんに向けられ、顔を近づけた。俺はとりあえず黙って見ている。
配信が始まった。
*
「ちゃんと映ってるかな? 声は?」
手を振ったり、声を出して反応を確認している。俺は蛍太さん側に回り込んで画面を確認した。
[あれ? スマホ誰持ってんの?][なんだなんだ? いつもと違うな][凄、今日も配信するんだ。ハイペース]
だれも画面とか音の話はしていない。この様子なら大丈夫そうだけど。
そう思い勝手にオッケーサインを興津さんに伝える。
「オッケーそうだね。てか今日ね、私一人じゃないんだ。昨日の二人をまたゲストに迎えてますー」
ところで、コメントをしているのは男性が多いのだろうか? 文字だけじゃ分からないけど、なんとなく男が多い気がする。そうなると、二日も続けて同じ男と配信を始めるってのは、興津さんのファンにとっては嫌な感じじゃないだろうか。
普通、テレビに出ているようなアイドルは、やはり疑似恋愛的な要素もあるだろうし。興津さんもネットで同じような立場なのであれば、きっとそう言う反応になるだろう。
「あれ? なんか急に恥ずかしがっちゃって出てこないね。二人とも。みんなあれね、今いるのは昨日の二人ね」
多分、俺一人がドキドキしている。コメントが荒れるだろうな。でも、標的が自分じゃないと途端に気が楽になる。むしろ助け舟を出す気持ちさえある。
しかし、予想外にコメントは盛り上がっていた。
[昨日会ったやつと急に仲良くなるのは本当にヤバいやつ][さすが、積木ちゃん]
どうやら、生配信での興津さんの立ち位置は俺の想像とは違うみたいだ。
きっと視聴者たちは、興津さんが好きなことを好きなようにして、それを見て分かり会いたいのだろう。
俺の目には、自由に見えた。
「やっほー!」
やるしかないと思い、カメラに映り込む。その時、俺は蛍太さんや興津さんの言葉を信じていた。そう。俺は俺らしく。やりたいことをやりたいように。ここは社会じゃないんだ。
「お、バブっち随分元気だな。みんな、俺は今日カメラマンやるから。よろしく[お前誰?]あー。えっとね、別になんでもいいんだけど」
蛍太さんが視聴者と話しているうちに、興津さんはすでに居なくなっている。目をつけていた電子レンジを早速開けていた。
「うぉー」
低く唸っている。気になって見に行くけど、特に何もない。
「なに唸ってるの」
「なんかね、中に封じられてた空気を解きなったから、時代を感じたの」
カメラマンの蛍太さんは後からついてきた。不法投棄場で宝探しをするんだと説明していた。
画面を見に行く。コメントは盛り上がっていた。ただ、不法投棄のゴミを持ってかるなんてきもち悪いみたいな言葉が多いが。
[犯罪じゃないの?]そんなコメントがある。一つ見たと思ったら、一気に他の人たちも同じようなことを言い始めた。妙に癪に障る。
蛍太さんはあんまり気にしてない様子でへらへらと答えた。
「なんか大丈夫らしいよ」
そうなのか。多分、適当に答えてんるだろう。そこから先の言葉がない。
コメントの流れが同じことの繰り返しになってきた。いかん、つまらない流れだ。どんどん進む興津さんについていく。俺はまたカメラに移る位置に戻った。
汚いゴミには触りたくない。だけど、そっちの方が配信が盛り上がるんだよな。分かる。人がやってるのを見るのは楽しいもんな。
傘はとりあえず開いてみる。でも特に何もない。たまった雨水が流れ落ちるだけだ。
「別になんもないなー」
思わず愚痴が溢れる。本当にできることがあまりなかった。宝探しなら、一箇所ゴミが積み上がって山のようになってる場所を掘り起こすのがいいんだろうけど、正直、気が引ける。
「私、あの山掘ってきますね」
興津さんはやはりと言うべきか、平然とゴミ山に向かう。乗り気はしないが、俺も一緒になってゴミにしか見えないお宝を漁っていく。
結構骨が折れる作業だ。全部が汚くて妙な力を使ってしまうからだと思う。
興津さんは細かく細かく漁ったゴミを見ている。なのに服が全然汚れていない。ものすごい集中力だ。
コメントを見に行く。蛍太さんがコメントと他愛のない会話をしている。
「お、バブっち。質問来てるぞ。ある晴れた日って人から」
「俺っすか? 積木ちゃんじゃなくて」
画面を見ると、確かにサングラスの人に向けて質問が来ていた。[サングラスの人、今日はすごい活発だな。昨日は無口だったじゃん。いいね]
褒めてるんだか、なんだか、とんでもなく馴れ馴れしい。
「確かに、昨日は疲れてたから」
質問に答える。[コメ読め][コメント読み上げろ][配信始めてか?コメントよめ]確かに、読まないと分からないか。
[えー、ある晴れた日さん、アルハレさんっすね。はい。今日は活発っすよ]
「バブっち、結構コメントもらってたぞ、びびりだなって」
なに? ビビっているつもりなんて全くなかったが。でも、急な音とか、虫とか苦手だし、結構見てる人はそう思うのかもしれない。
「そうなんすね。別にビビってるつもりはないんすけど……。えっと、アルハレさんから、[バブさんアカウントあるのか?]って、まあ、動画のアカウントっすけどね」
そしてアカウントのことを話す。俺の一つバズった動画のことを知っている人は一人もいなかった。FPSの動画だからだろうか。ここを見ている人たちと層が違うんだろう。
「うおー!」
興津さんが盛り上がっている。近づいてみると、そこには炊炊飯器が置いてあった。
「まじ? 持って帰るつもりなの?」
後から蛍太さんも近づいてくる。スマホを炊飯器にグッと近づけた。
[うわ][炊飯器じゃないよこれ、ちゃんとしたゴミだよ][俺もよく不法投棄の家電持って帰って使ってるよ]
変なやつも結構いるな。
「もちろんですよ。まあ、使えなかったらあれだけどもね。あ、コメントコメント」
今回の配信で興津さんは初めてコメントを見た。
「はいはい、みんなおはよー。なんか今日のコメントの流れ早いね。ってか視聴者多くない? いつもより八十人くらい多いよね」
現在、視聴者は約二百五十人ほどだ。いつもは百人後半といった所なんだろう。
今回の配信の人が多い理由はやっぱり不法投棄を漁る異常な行為が面白いからだろう。なんか、ずるしてるみたいであんま気分はよくないけど。
興津さんは挨拶だけして炊飯器に戻っていく。
「じゃあ積木ちゃん、炊飯気開けてみようぜ」
蛍太さんは炊飯器の中が気になっているらしい。俺も興津さんの隣で身構える。
「ほい」
興津さんは容赦無く開ける。中にはカチカチになった米が入っていた。
「これ、いつ炊いたやつだよ……」
俺は呟く。[いつでもいいだろ][食うつもりなのか?]と、コメントが流れる。いちいち細かいことを突っ込んでくる奴らだ。アルハレだけは、[さすがの着眼点]と褒めてくれている。いや、こいつが一番馬鹿にしてるのかもしれない。
「積木ちゃん、本当に持って帰るの?」
「当然ですよ。あ、こっちにはちょうどいい冷蔵庫もあるじゃないですか!」
三人でギリ持って帰れそうなくらいの小さめの冷蔵庫も近くに埋まっている。興津さんは見つけ次第すぐに開けて中を確認した。蛍太さんはスマホカメラを向けている。
嫌な感じがした。次に腐臭が漂った。
さっきまでしていた臭いの原因らしきものがその中に入っていた。黒いビニール袋に包まれている。
「え!」
興津さんはすぐに閉めた。けど、中身の物の形が変わったのだろう。うまく閉まらない。すぐにその場を離れる。
なんとなくヤバい。そう思って蛍太さんからスマホを取り上げた。勝手に配信を切る。
「配信切ったか?」
「切ったっす」
蛍太さんが俺たち二人を背にして、冷蔵庫を見ている。
「バブっちと積木ちゃん。警察呼ぶからな」
「わかったっす」
興津さんは震えている。風は吹かず、腐臭は強くなる一方だった。
*
二千三百グラム。それが黒いゴミ袋のなかに入っていた乳幼児の死体が、生まれた時の体重だったらしい。
警察の取り調べはすぐに終わり、二日後の朝には母親が判明していた。
母親のこととか、その人の家庭環境とか、様々な情報がネットで調べれば出てきた。でも、見る気にはならなかった。
気分の悪くなる事件だ。何が胸糞悪いかと言えば、そのゴミ袋を撮した俺たちの配信がとんでもなく拡散されたというとこだ。
いわゆる、切り抜き動画。生配信での見所を編集して動画サイトにあげる行為だ。
動画作成者は[ある晴れた日]。生配信中にもコメントを残していた人だ。
曰く、俺たちが人気になるためのチャンスになると思い動画をあげたらしい。そして案の定、俺たちは多くの人にの目に付くことになった。もちろん、いい意味でも悪い意味でも。
「インターネットって変な奴が多いよな」
蛍太さんは切り抜きの反応に対してこう言っていた。俺もそう思う。
だって、こんなに悲惨な事件なのに、冗談のように扱って、笑っている人が少なくないからだ。いや、はっきり言って多い。
これが匿名性かと諦めつつ、罪悪感に苛まれていた。
「そもそも、こんな動画を上げようとするなんておかしいって、私は思いますけどね」
翌日にはお払いに行っていた興津さんは[ある晴れた日]に対して、苦言を漏らしていた。
俺もそう思う。でも、こんなこと思いたくもないんだけど、それがきっかけで、俺たち三人はネットである程度の地位を手に入れたのは間違いなかった。
鳥居ぴぴき 1994年5月17日生まれ 思いつきで、文章書いてます。