短編映画のアイデア

まだ三十才を少しすぎたばかりの男が大阪のクラブのドアを開けて、なかに入っていくと、決まった席に座った。暗い顔つきをして、店の中を見回した。そのとき、この店一番の人気ホステス、佐々木希がドラマに出ている人気俳優のところへ満面の笑みを浮かべて行こうと、彼の横を通りすぎようとしたときに、お尻を触ると佐々木希は彼の手の甲を激しく叩いた。
ちぇ、落ち目のオリンピック選手なんて相手にもされないのかよ。
離れた席ではナンバーワンホステスが巷の人気者と楽しそうに笑い声をあげている。

その様子を離れた場所で見ていたちいママが男のそばに行った。半分は酒代を払って貰えるのか、心配だったのだ。
今度のことは大変だったわね。でも私、いつでも木村くんのことを応援しているからね。
ごく一年前まではオリンピック候補選手だった。それがスポーツ新聞の片隅に木村拓哉の名前が載ったときは彼の選手生命はたたれていた。
今度新しい女の子が入ったのよ。愛子ちゃん、いらっしゃい。
栃木ぽい顔をした女の子が木村拓哉の前に座った。
お客さん、何、飲みます。
ペンギン、木村拓哉はつぶやいた。
お客さん、何、なんか言いましたか。
何も。
俺は何、やっている人か、わかる。
お弁当屋さん。
あちゃあ、やっぱ、マイナーなんだ。
木村拓哉は自分の立ち位置を改めて思い知らされた。
名前をきくと森山愛子だといった。最初の印象どうり栃木の出身で、短大に通いながら、アルバイトでホステスをやっているという。スポーツ競技とも関係がなく、ましてオリンピックなんて遠い世界の出来事だというのが、嬉しい。
すっかりと癒やされて店をでた。
店を出て、大阪の夜の街を歩いていると、
おい、稲垣吾朗、待て、待つんだ。
木村拓哉はその男のところに行くとなぐりかかった。
なにを、するんだ。木村拓哉、お前がオリンピック候補からおろされたのは、お前が原因だろう。悔しかったら、あの二百メートルさきに走っているバイクのナンバーが読めるか。俺は読めるぞ、は57238
春だというのに、この虚しさはなんだ。
木村拓哉はオリンピックでもマイナーなクレー射撃の選手として金メダルを期待されていた。しかし、不慮の事故と政治的な駆け引きで木村拓哉は選手生命をたたれた。そして、木村拓哉がはじめた射撃法も埋もれてしまったのだ。
俺の心の中には何もない。そう、呟きながら、その片隅で暖かいもの、なにか、心の中に小さな訪問者を感じていた。
ここは、
木村拓哉は無意識だったが短大の横を歩いていた。
おっ、ここは。あの田舎ホステスがかよっている短大じゃないか?
おっ、あれは。
あの小娘、嘘をついていたな。
そこで、森山愛子がほうきみたいなものをつかってトレーニングをしている。
あの田舎ホステス、カーリングの選手だったんだ。
明日、とっちめてやろう。

君は嘘をついていたね。
なにをですか?
君は短大でカーリングをやっていたんじゃないか。
恥ずかしかったから言えなかったんです。
ここで木村拓哉はいたずら心が起こった。
自分の種目の適性を計る方法を木村拓哉は知っていた、そして、それはいつも誰に対してでも間違いはなかった。それを試してみようと思った。

木村拓哉の顔色はみるみる変わっていった。
田舎ホステス、俺と外で、付き合わないか。
木村拓哉を驚かせたことはそれだけではなかった。
木村、知らなかったのか。木村拓哉が尊敬しているクレー射撃で表彰台まであと一歩という男の話しでは、この短大生でもある田舎ホステスは自動車事故で死んだ伝説のクレ-射撃の選手の忘れがたみだった。
・・・・・・・・・
愛子ちゃんが手をふってるわよ。ちいママが木村拓哉に話しかけた。
どういう方法だったのか、どういう時間を過ごしたのか、それは二人にだけしかわからない。
しかし、森山愛子は異国の地のオリンピックにいて、木村拓哉は宗右衛門町のクラブにいる。
俺の射撃法は埋もれなかった。
木村拓哉はグラスを口にした。

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