NYTオンライン版敗北の予測は外れたのか?

世界で最も多くの読者を持つ新聞といえば、日本の読売新聞が長年その座を維持してきた。しかし、ついにニューヨークタイムズがその座を奪った。かって1000万部を超えた読売新聞は活字離れで703万部に減少、一方コロナ禍でオンライン版読者を急増させたニューヨークタイムズは800万(オンライン版)と逆転。オフライン版の78万に買収したスポーツサイトの読者を加えると1000万を超える。

2004年当時、ジャーナリズム関係者の間で話題を集めたメディアの未来予測のフラッシュムービーがあった。後に新聞記者とTV記者となる若い二人の研究者の予測だ。予測は2014年にグーグルとアマゾンが合併した新会社グーグルゾンが、一人一人の個人読者向けにカスタマイズした記事を自動生成する新メディア「EPIC2014」を創刊。ニューヨークタイムズのオンライン版と激しく争い、結局、ニューヨークタイムズは敗れてオンライン版から撤退していくというストーリーだ。

グーグルとアマゾンは合併しなかったし、ニューヨークタイムズは今や世界最多の読者を持つ最も成功したメディアとなった。

しかし、本当にこの予測は外れたのか?

「EPIC2014]とは?

「EPIC2014]はネット上のあらゆる情報源から読者一人一人に向けてカスタマイズした情報をAIで抜き出し記事を自動で作り出す究極のパーソナライゼーションメディア。報道、ブログ、ユーチューブ、インスタグラムなどの文章、写真、動画などあらゆる情報ソースからコンテンツを抜き出しそれをAIが組み合わせて自動生成するキュレーションメディア。

ネット検索では当たり前のパーソナライズのメディア版。自分が読みたい、知りたい、関心のある情報が完全カスタマイズされて提供される究極の理想的メディアである。

予測では「EPIC2014]登場後の最良と最悪の状態を次のように予測している。

『最高の状態では見識のある読者に向けて編集されたより深く、より幅広く、より詳細にこだわった世界を要約したメディアとなるが、最悪の場合、その多くが真実ではなく、狭く、浅く、そして扇情的な内容となり格差を生むメディアとなる。』

見たくない情報をフィルターで遮断し、見たいものだけを見ることで居心地良いバブル(繭)に包まれて、思考・視野が狭まるフィルターバブルの危険性、真実よりも感情が優先する世界の到来を示したポストトゥルース、そしてフェイクニュースの影響力を見事に予告したのが「EPIC2014]だった。

誰でもメディア時代

『誰にとってもメディアを作り出すと同時に消費することがこれほど簡単にできたことはなかった。誰もが消費者であり、クリエーターの時代。』

以前は情報の受け手だった消費者が情報の作成・流通・拡散の主人公になった現在、情報の送り手と受け手の間にあった非対称性は消滅した。個人の情報発信力が組織のそれを上回る時代になった。文字どうり「誰でもメディア」の時代が実現した。それを可能にしたのが時空を超えていつでもどこでも情報の受発信を可能にしたスマホと情報インフラとなったSNSである。

影響力は友人・知人、インフルエンサー、コメント・レビュー

『友人や同僚が何を読んでいるのか、見ているのかを基準にニュースの順位つけ、選別を行い、仲間が見ているものに対して自由にコメントできる。』

今、最も信頼できる情報は友人・知人の推奨だ。ネット上のコメント・レビューの信頼性も高い。一方、従来のメディアや権威に対する信頼の失墜はますます顕著になっている。

「EPIC2014」は権威から友人・知人、インフルエンサーへの影響力のシフトを予測していた。

『フリーのキュレーターがコンテンツを選別して記事を配信し、記事の人気度に応じて対価を得る。(広告収入の配分)』

言うまでもなくまとめサイトのことだが、予告とうりの世界が今現れている。

セレンデピィティ(幸運な出会い)の消失

「EPIC2014」が予測した世界が実現した本質的要因はネット社会の情報量激増(爆発)に対しての人間の情報消費の限界にあるのは間違いない。よく言われるが過去10年で情報量は637倍に増加したが人間の情報消費量は33倍に留まっている。必然的に情報が多すぎる、時間が足りない、時間が経つのが早すぎるということになる。その結果、フィルターバブル、フェイクニュース,ポストトゥルースといった問題が引き起こされることになる。

ネット社会は検索ファーストの世界。検索キーワードありきの選択的情報接触が最大の特徴である。ネット以前の日常は習慣となった新聞の流し読み、TV・ラジオのながら視聴から思わぬきずき、ヒントを得ることがあった。重力の法則を発見したニュートンのリンゴである。ネット空間の最大の課題は思わぬきずきの発見、セレンデピティ(幸運な出会い)の消失にある。

さて「EPIC2014]でメディアの未来を予測した二人は2022年のニューヨークタイムズの大成功をどう見ているのだろうか? ぜひ聞いてみたい。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?