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表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬を読んで

単行本は3年前に買って読んだ。
キューバの旅行記ですが、私は最後の方にあるお父様の話が読みたくてそのために読んだみたいなところがあった。
ruta25「音叉」はダ・ビンチの連載で目にしていたあのエッセイだった。誰かと心で会話しながら町を歩いている描写が独特の、あの回。最後の「死んだ親父の」という一文に自分を含めファンの人たちがざわついた。お父様って、亡くなったの・・・?誰もしらなかった。
(余談ですが、その直後にオードリーのオールナイトニッポンの「ふつおたスペシャル」のエンディングでじっくり話してくださったのは嬉しかったです)
本の続きにはお父様への気持ちをつづった章もあり、そこにはものすごい愛情とこんなにも絶対的な存在を失った計り知れない悲しみがあった。
読了して、泣いた。カフェで読んでいたのであふれる涙をこらえるのが大変だった。


その文庫本。
あらためて最初から読むと、とても詳しく新自由主義と社会主義に言及されていて、こういう内容だったっけと初めて読む感覚で読めた。お父様の章が強烈に印象に残っているのと、一度しか読んでなくて忘れているせいもあったんだと思う。若林さんの悩んできたこと、少年時代からもやもやしてきたこと、旅を通じて腑に落ちていく感覚、単なる旅の本じゃなくて、この本には彼の哲学が詰まり過ぎるほど詰まってる。

ゲバラのことも革命のことも私はよく知らない。知らな過ぎて恥ずかしい。私も家庭教師の先生に歴史の教科書をよんでからこい、話はそれからだといわれそうだが、この本のおかげで知れたこともあった。

読みながら、イメージが中国と重なった。
社会主義といえば中国。中国も確か職業が国に決められるんだったはず(今は変わったようですが、30年位前はそうだった)。
国が決めるだなんて日本で育った自分には信じられないことだけど、職業選択の自由があるのは当たり前のことなんかじゃなかった。国がかわれば「当たり前」も簡単に変わる。


そういや関係ないけどフランスでは誰もが1ヶ月も有給休暇がとれてバカンスにいくのが当たり前なんだそう。それを知ったときも、そんな世界があるのかと思ったもんだった。休暇をとらないと逆に怒られるくらいらしい。
日本でしか生きてないと夏休み1ヶ月なんてありえないって思っているけれど、「当たり前」なんて国がかわれば簡単にかわる不安定なものなんだ。
なのにその「当たり前」にはまらない人間であるために落ち込むことがなんと多いことか。

人間として欠落している。
社会不適合人間。
自分を責める。
周りからも否定される。

時には生きることをあきらめたくなったり。
そんな自分とどうにか付き合って生きてきた人間だから、私は若林さんの文章にとても共感したり助けられたり励まされたりするんだな。


外国には行ったことがない私だけれど、「広告」に疲れるという感覚も日本にいながら共感できる感覚であった。
関東の郊外に住んでいた時期があったんだが、各駅停車の電車にのって東京に行くことがあると、近づくにつれて徐々にストレスが増えていくのを感じてた。窓の外に見える景色の中に文字と映像が増えていく。広告が増えていくことが都会へ行くことだった。情報の氾濫の中に入っていくのはとても疲れる。いや~な気分が胸のおくに、それこそグラデーションのように徐々に広がっていく。本の最初にあったニューヨークの広告と広告のないキューバの町を比較する部分もこのようにとても共感する感覚なのである。

本の中では資本主義の良さにもちゃんとふれられていて、この国で10年以上社会人やってる私はやはりそういう部分も共感できた。
競争があるからサービス業の質がいいのはそのとおりだし、利益を追求するから製品をよりよくしようとする。レストランでお会計を迅速にしようとするなど、そういうところが資本主義のよいところ。
自分も仕事では利益をいかに多く得るかという方向で毎日ものを考えている。そういう考え方が自分には身についてる。
社会には質のよさ、治安の良さ、綺麗さを求めている自分がいる。資本主義の中で生きてきた自分には逃れられないそれらが染みついている。


文庫版にはコロナ後の東京という加筆部分があって、お父様がなくなって時間があまりたっていない時期の文章よりも踏み込んだ内容になっていて、濃かった。
この内容は彼のこれまでのエッセイに心をつかまれた人間だったら、間違いなくもっと好きにさせられる。


この私たちの住む社会の中では利害関係でつながってる人がほとんど。利益度外視してつながれる人間は、少ないかもしれない。お父様が家族のみんなのことを「自分の命より大切」としていた気持ちはとても理解できる。

利害関係なく繋がれる関係の人は希少。

競争社会でない、若林さんが比較対象にしたく訪れた外国には無条件でそんな友人をたくさんつくれる社会があることがこの本を通じてわかった。
けれど自分はいまさら社会主義の世界にいったところで、もしかしたらイライラしてしまうかもしれない。日本の社会が体の奥底まで染み込んでいるだろうから。

自分がいるこの世界で、家族以外で「血の通った」付き合いのできる貴重な友人たち。そんな人と出会えるのはまれだけれど、そういう人達が人生にいることは自分を勇気づけてくれるし、それがあるから生きていけるといっていい。

私にも少ないけどそんな存在はいる。
そして、若林さんの書く文章ともそんな関係を築けていると思う。
一生まじわることはないけれど「勝ち負けのとどかない」存在としてこれからも胸のおくにあり続ける。

#読書の秋2020 #表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬


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