カレー屋まーくんのあなたの知らないポークビンダル


拙著『カレー屋まーくんのあなたの知らないスパイスの世界』を出してはや何年。本が売れてもう一冊出版できるように意識的にカレーのレシピは載せなかったのだが、売れたは売れたけどあまりの奇書っぷりに次作を出す夢は叶えられなかったわけです。ま、刺したかったところに刺しきれなかったよな。

 そうやって宙ぶらりんになったカレーレシピ。カレーを作って売るコスパの悪さは大昔に気づいていてそろそろ肩腰限界でかなり近い将来エスケープするつもりなんだけど不良債権となったレシピをどうにか活用できないか?というのが今回公開の動機。書くのも辛い、読む人からはギャンギャン言われる通称『スカム文章』は今回は使わず、ごく普通に書いていきます。これを読む人はプロ・もしくはプロを目指す人だと想定しているので作り方だけでなく考え方も含め書きます。これから自分でレシピを開発したい人には参考になるはず。もちろん食べるだけのギークにもこういうこと考えて作ってるのかと興味深い人もいるかもです。(結構特殊な思想なので他の作り手の人はこう考えないはず)

レシピ
ホールスパイス
マスタード 大さじ1 1/2
クミン 大さじ1
クローブ 大さじ1
ブラックペッパー 大さじ2/3
カシア 4cm 3本
カルダモン 大さじ1
ベイリーフ 5枚
カシミリチリ 4本

 ホールスパイスに関しては肝となるのはBPですかね。とはいえなければ絶望的にまずくなったりはしないし、何かをちょっと多め・少なめに入れてもそれはそれ、僕の作るものと違うものができるけど違うだけだと思います。ここはそれほどセンシティブに考える必要はないです。

パウダースパイス
ターメリック 10g
コリアンダー 12g
クミン 10g
パプリカ 6g
カイエン 5g
フェンネル 5g
クローブ 5g
シナモン 2g
ナツメグ 7g

提供前
カルダモンパウダー 小さじ1/4
ガラムマサラ 小さじ1/4

 これ見てピンときた方カルトQで優勝できるレベルの気持ち悪さです。
この配合ってデリーのコルマにちょい足しした配合なんです。(ターメリックはコルマに入ってない)要するに僕のビンダルはデリーのコルマを魔改造しただけなんです。
 デリーのコルマを僕なりに因数分解すると、伝言ゲームでぐちゃぐちゃになった、もしくは血迷ったヨガ行者が寝言で言ったみたいなトチ狂ったスパイス配合(2:1:1みたいなセオリー全く無視。レシピ本にこんな変なバランスのレシピは絶対なくてインド人が見たら何だよこれ?って言いますよ。)+インド人にやらせたら速攻で帰国するくらい深く炒めた玉ねぎ+梅干し(ここが特殊なんだけど存在としては脇役)+ショートニング=コルマです。
 みんな85%水分飛ばした玉ねぎが主体と思ってて間違いではないんですが、実はショートニングも同じくらい主役なんですよ!マジでこれしっかり入ってないと全然美味くないし別物になります。
 余談ですが僕が近年重要視してる『同じソースをミニマルに食べ続けた時に起こる感覚の変化』(要するにあいがけ否定)は大昔デリーのコルマを1ヶ月毎日食べ続けた結果、最初感じていたスパイスの複雑さよりケチャップを食べているように感覚が変化(ケチャップ入ってないんだけど)した経験から着想したものです。ここに行きついてからピクルスなど色々なグッズで目を覚まさせ曲げる体験は今どきのスパイスカレーとかで体験はできないんですよ。

 ポークビンダルとは美味しいけど脂っこくて食べるのが辛い豚肉を酢の酸味で切りながら喰らうカレーというのが僕の見解。コルマのショートニングが豚の脂身の対と考え、スパイスの複雑さはそのまま、梅干しの酸味を酢で拡張させれば美味しくなるのでは?という仮説から組み立てたというわけです。

炒め玉ねぎ 200g(水分85%飛ばし)
ニンニク 100g(すりおろし)
生姜 150g(すりおろし。125gと25gを分けておく)
玉ねぎ 400g(すりおろし。計るのめんどいなら大2個。煮込みで調整できるからそんなに繊細に考える必要ない)
りんご 200g(すりおろし)
バルサミコ 250cc(安い嘘んこバルサミコでいい)
自家製果実酢 360cc
黒糖 50g

提供時
ホールトマト 大さじ2(手で潰す)
玉ねぎ 一掴み(スライス)
ししとう 1本(スライス)
ラズベリービネガー 30cc

 通常カレーを作るときはホールスパイスをテンパリングして玉ねぎ炒めてって流れですが今回使う玉ねぎは深く炒めるのでホールスパイス入れちゃうと香り飛んじゃうので素材として炒め玉ねぎを先に作っておいてください。
 あとは酸味のあるものでレイヤーを付けるのが僕独特なやり方です。昔は梅干しとかタマリンドを入れてたけど隠れちゃうので廃止しました。酸味の主体は自家製酢、重みと旨味と甘みをバルサミコ、ガラムマサラ的な香りを担うのがラズベリービネガー、酸味のリズムを変調するのがホールトマトなんだけど発酵トマトでもいいです。

豚肉

ポークビンダルなので当然豚肉は入れねばなりません。よく他の素材でビンダルにしてるの見ますけど、あの酸味は脂を美味しく食べるためなので豚一択です。鶏肉なら他の活かし方があると思ってます。
 で、実は豚肉に関してはまだ試行錯誤の段階です。

その1
豚バラ1k

生姜 150g(擦りおろし)
玉ねぎ 150g
カレーパウダー 大さじ2
マスタードシード 大さじ2

 これを二日間マリネしたあと蒸し器で2時間。蒸し汁は冷めたあと上の脂を6割除いて煮込みに使います。
 これだとグレービーに豚の旨味が入るし肉にも旨味が残った上に柔らかい。

その2
皮付き豚バラ肉 1k
煮切り味醂:醤油=1:1 180cc(下味用だから量は適当でもいいです)
焦がしニンニク 30g
ごま油 15cc

 毛を抜くとか基本的な下処理は調べてやってください。豚肉を適当な大きさに切って浸るくらいの汁を入れてご家庭でよくやる炊飯器低温調理8時間、火入甘くても提供前に切って入れるので大丈夫。
 こっちを使うとごま油とかの香りとか更に複雑さが深まるし、皮のコラーゲン感とかいいんですけどまだどっちがいいかジャッジしきれてない段階です。あ、この場合でも豚の茹で汁は入れたほうがいいです。しかしその豚肉の使い道問題があって店なら何とでもなるんですけどいろんな事情があるので各自で!

自家製フルーツビネガー

 りんご 作る容器に合わせて8割
パイナップル 1割
色々な果物 適当
ホールスパイス 一番上に挙げたスパイスを適当に(作る容器次第で量が変わるんで書けないけどカレーを作り慣れた人なら加減はわかるはず)

 残念ながらこれがあるとないのは大きく違います。中村屋における煎じマサラなんです。コツは発酵を促すためにパイナップルは入れる。酸味のある果物を中心に入れる。のでバナナとかはやめといて!わかるっしょ。酢作るんだから。でも入れたらどうなるんだろ?あと毎日かき混ぜる。密封しない。
 そんな感じで果物をドーンと入れて水を入れて放置!1ヶ月したら果物は全部外して3ヶ月放置。上にゼリーできて焦るけどこれは大丈夫!たまに味みてランビックのような(ってランビック飲んだことある人いないよね!うちの店ランビック専門店だから来い!)複雑さが出たら全て濾して沸騰させて2ヶ月で完成!気が遠くなるよね。だけどこの酢の複雑味と酸味がスパイスで出せないスパイスとスパイスの隙間に立ってくれて倍は言い過ぎだけど通常の1.5倍の情報量になるんで必要不可欠!なんでこんなもん1500円で出さなきゃなんねえだ?って思うのが普通でしょ。だから辞めたい。

ソース(グレービー)

1.ホールスパイスをテンパリングする。もちろんマスタードシードから。はじけ終わったら他のやつを入れる。

2.スパイスから香りが出たらニンニクと生姜を入れて生姜のえぐみがなくなるまで火入れする。(大体5分くらいですかね)

3.炒め玉ねぎを入れほぐれたらパウダースパイスとちょっとだけ塩を入れ香り出し。(3分くらいかな?ガス台の火の強さとか鍋の厚さとかで変わってくるから断言はできん。ここで上がってくる香りがカレーの最大値・これ以上香りが立つことはないのでちゃんと香りだししてください。)

4.バルサミコ酢を入れる。(ちゃんと煮詰めて!バルサミコはちょっとの酸味と独特な甘みを担ってます)

5.バルサミコが半分の量になったら自家製酢と豚の茹で汁3l、黒糖、すりおろし玉ねぎ・りんごを入れ強めの弱火で煮込む。

6.1リットルくらい水気が蒸発したら残りの生姜を入れ15分煮込んで塩を決めて完成。

提供
 
切った豚肉、ソース180cc、ラズベリービネガー15cc、ししとう・玉ねぎスライスを小鍋で温め玉ねぎが軽くしんなりしたら完成。微塵切りのパクチーとブラックペッパーをミルで振って提供

どうだよ?これ読んで明日作ってみよーって思っても完成半年後。やる気なくなるだろ?俺のビンダルを食べたことある人があれを作れるならやるかと思うかもしれないけど俺のビンダル多分300人くらいしか食べたことないはずだから結局この料理は近い将来誰も知らない・再現できないことになるのだろう。店やってる人なら尚更やる気出ないしね。

やる気になる反響あったら他のカレーのレシピも公開するかもね。有料でも100人見るなら出すわ。料理研究家なんて俺に言わせれば近所のサッカーやってたおっさん。そんな人よりメッシとか三笘に教わりたいって人がいっぱいいれば出しますよ。


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