美点凝視
普段はお互いに仕事や学校に
出払って、家族が一緒に過ごす
時間が意外と少ない。
なので、年末年始のような長期
休暇は、珍しく比較的長い時間を
一緒に過ごす、という状況になる。
そうなると、段々とお互いの
嫌なところが気になり始め、
つまらないことで言い争いに
なりがちだ。
普段の生活なら気に留めなかった
かもしれない、そもそも気付かな
かっただろうことでも、気付いて
しまうとつい指摘し、お互いに
不愉快になってしまう。
こんな時に、思い出すべき言葉が
「美点凝視」
である。
誰にこの言葉を教わったのか、
今となっては覚束ないのだが、
素晴らしい言葉、四字熟語だと
思い、いつも心の中にしまって
おいて、いざ自分の心が良く
ない方向に振れそうになったら
取り出すように心がけている。
言葉通り、他人の美しい点を
じっと見つめること、という
のがその意味である。
そして、暗に、汚い点、嫌な点
が見えたとしても、そこに注目
するのではなく、美しい点を
探そう、そういう含意がある。
いつも心の中にしまって、すぐ
取り出せるようにするとは言い
ながら、困ったことに
・出るべき出番が多い
・出番になかなか取り出せない
という二つの問題を抱えている。
一つ目の
・出るべき出番が多い
こちらは、ついつい嫌な点が
目に付いてしまうということ
だが、とてもコントロールが
難しい。
コミュニケーションを取れば
取るほど、当然リスクは高く
なる。
かといって、コミュニケーション
を取らないなどということに
なっては本末転倒も甚だしい。
対策として多少有効かなと思う
のは、「笑顔」である。
「笑顔」を無理にでも作る。
すると、気分が楽しくなる。
楽しいから笑うのが普通だが、
逆もまた真なり。
笑うと楽しくなるというのは
実際の研究結果から実証され
ているところ。
「笑顔」をキープすることが
「美点凝視」しやすい環境を
作ることにつながるのである。
二つ目の
・出番になかなか取り出せない
こちらの対策は、とにかく
頻繁に「美点凝視」という
言葉を思い出す機会を、
人為的に増やすしかない。
こうやって文字に残す。
人に話してみる。
思い出す度にメモする。
それだけの面倒をかけてでも、
頭に刷り込んでおいて損の
ない良い言葉だ。
水前寺清子が歌っていた
「三歩進んで二歩下がる」
のような、亀の歩みになり
そうだが、この「美点凝視」
の脳内インストールを確実に
完了させたい。