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きぐるみ

高3の春。
僕はクラスメイトの小山田さんに恋をしている。

僕は遊園地でアルバイトをしている。
着ぐるみをして主に子供達に風船をあげている。
時給も高いし、これだったら先生にもバレないし、バイトにはもってこいだ。

ある日の休み時間。いつものように僕の机を蹴るいじめっ子達のリーダーミズシマ。
それに耐える僕。そして、教室を出る小山田さん。

「まぁ、こうなるよな。」

耐えて僕は今日も過ごし、バイトに行く。

ある日、僕がいつものように子供たちに風船をあげていたら、バイト先に小山田さんが来た。
僕はいつものように振る舞おうとしたが、明らかに足が震えていた。
そして、小山田さんはなぜかこちらへ向かってきて両手を出した。

風船を渡す手が震えるのを見て若干不思議そうな顔をしていたが小山田さんは呆然と立ち尽くす着ぐるみに小さな声で「ありがとうございます。」と言ってその場を去った。
正直、何度もえずいた。
けど、少し嬉しかった。

その日のバイトの帰り道。ミズシマに遭った。

「あれ?お前みたいなクソ陰キャがこんなところで何してんだよ?」

「…別になんでもいいじゃん。」

「あ?口答えすんな気持ちわりぃ。」

歩くミズシマの背中を見て苛立ちが込みあがってきた。
何故だかちょっとだけ泣きそうになった。

その日の夜、コンビニに行った際に小山田さんに会った。
互いに気づいて途中まで一緒に帰った。
その時、彼女は僕にこう言った。

「今日遊園地に行ったんだけど、その時のマスコットキャラクターが凄いあたふたしてたんだよね。」

僕は「そうなんだ。その人バイト初日だったのかな??」と言った。
咄嗟に嘘をついた。

彼女は「そうかもね。」と言い、クスっと笑った。
すごい楽しかった。
“また明日”と手を振って僕らは別れた。

しかし、次の日。
彼女は来なかった。

「僕何かしたっけ…」と不安になりながらも席につく。
いじめっ子達は僕を見て笑い何か話している。
案の定ミズシマがこちらへ来た。

「お前小山田の事好きなの?」

「…何のこと?」

「お前とあいつが楽しそうに話してるところを見たやつがいんだよ。今まで見たこともないくらい笑ってたらしいな。好きな奴の前でいい顔見せようとすんな。きもいんだよ。死ねよ。」

「…別に好きじゃないよ」

僕はそれしか言えなかった。
すると、ミズシマは嘲笑いながら僕を殴った。
二度、三度。それはそれは痛かった。

「あ~スッキリした。」ミズシマは言って席に着いた。
その時、僕はミズシマが小山田さんのことが好きなんだと悟った。
その瞬間、なんだか今の状況が馬鹿馬鹿しくなった。

その日の夜、偶然にも小山田さんに会った。

「今日は風邪っぽくて学校休んだの。」
昨日の事は何一つ関係なかった。なんか恥ずかしかったけど安心した。
僕は今日あった事と自分が思った事をありのままに話した。
すると、

「勘違いさせちゃってごめんね。」
そう言って彼女は下を向いた。

「ううん。僕のせいだから。」
そう返した。
そこからしばらく会話はなかった。

僕は耐えられなかった。

「小山田さん。僕、小山田さんの事が好きだ。」

「…えっ?」

「ごめん急に。でも、ずっと前から好きでした。」

「…。」

「もっとそばにいたい。」

「…私なんかでいいの?」


「…君がいい。僕が小山田さんを守ってみせる。」

あの日、生まれ変われた気がした。

次の日の朝、相変わらずミズシマは僕の前に来た。
来て早々僕の胸ぐらをつかんだ。
気づいたら天井が見えた。

「お前小山田に告ったらしいな。お前マジ何なんだよ。お前みたいなやつと小山田が釣り合う訳ないだろ。クソがよ。」

口元が熱かった。鉄の味がした。

「あとお前、遊園地で着ぐるみのバイトしてるらしいじゃねぇか。動き超キモいらしいな。その動画グループに送ったから。おいみんな、これ先生に言ってやろうぜ。」

あいつらは笑っていた。完全に嘲笑の的だった。

その時、ついに我慢が出来なくなった。

「もしかして小山田さんの事好きなの?それは小山田さんに言ったの?言わずに自分のものになるとでも思ったの?」
ミズシマは今にも僕を殺そうとしている目をしていた。
でも関係ない。

「笑いたいなら笑えよ。殴りたいなら殴れよ。先生に言いたいなら言えよ。でも、好きな人に好きとは言えないくせして、何か自分の腑に落ちない事があるとすぐに手を出すし愚痴を言うお前。ダサいよ?マジ俺以下だな笑」

今までで一番痛い思いをしたが凄くスッキリした。
放課後、バイトの件で案の定先生に怒られてバイトを辞めることになった。
ただ、それ以上にミズシマが怒られていた。嬉しかった。

あれから1年後、高校を卒業してまた遊園地でバイトを始めた。
また着ぐるみ係だった。

いつものように風船を配る。
すると前にも見たような光景が僕の目の前に広がった。
そして、前にも経験したことを経験した。
ただ、前とは違い何かを悟った彼女はゆっくりと僕を抱きしめた。

着ぐるみを着ていて良かった。
弱い姿を見せなくて済んだ。

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