メディア人がイベントを主催するときの本質はリアリティにある。MUSICA 鹿野淳がフェスを立ち上げた狙い
音楽雑誌『MUSICA』の創刊や、さいたま史上最大級のロックフェス『VIVA LA ROCK』の立ち上げを担当してきた音楽ジャーナリストの鹿野淳さん。コロナ禍で雑誌が苦境に立たされたり、イベント開催が難しくなったときも、工夫を凝らしながら、リスナーに音楽の魅力を届けてきた。
時代の変化と共に、アーティストの振る舞い方やメディアの立ち位置も変わる中で、鹿野さんはどんな想いを持って音楽に向き合ってきたのだろうか。音楽雑誌の役割やフェス立ち上げの背景について伺った。
<取材・編集:小沢あや(ピース株式会社) / 構成:伊藤美咲 >
雑誌の役割はビジュアルにある
鹿野さんはロッキング・オンを退職後に独立し、2007年に新しい音楽雑誌『MUSICA』を創刊した。立ち上げに至った思いや背景を伺うと、当時を振り返り、こう語る。
「雑誌を創刊するときに、これまでと同じものを作ってもしょうがないですよね。当時の音楽メディアはアーティスト、つまり『人』に寄りすぎていると感じていたんです。だからこそ、『MUSICA』はもっと『音楽』そのものを語る雑誌にしようと考えました。
1990年代は、邦楽専門誌の中でも、アーティストのパーソナルな部分を取り上げている雑誌の方が成功していました。それが2000年代に入って日本にオルタナティブブームがやってきてからは、楽曲をしっかり聴いたり考えたりするリスナーも増えた。ならば、そこに対してきちんと訴えかける雑誌を作りたいなと思ったんです」
近年、多くの雑誌が休刊や廃刊を余儀なくされている。しかし、そんな状況下でも『MUSICA』は一定の売り上げを保ち、音楽の魅力を届け続けている。鹿野さんは、紙媒体の強みをこう語る。
「2000年代以降、インターネットが一気に普及していきました。音楽における紙メディアはWEBメディアに負けると誰もが思っていたのに、いまだに紙メディアは生き残っています。そこでまず、ただ情報を届けるだけでなく、『音楽リスナーにセカンドオピニオンを詳しく提示する』ことの大切さを感じました。
紙とWEBのもっとも大きな違いは、ビジュアルの扱い方にあります。今も昔も、好きなアーティストのページを切り取って保管している人って多いんですよ。そのために2冊買う人も珍しくありません。
より良いビジュアルを読者に提供するために、『MUSICA』では今もデジタル撮影のみならず、アナログフィルムでの撮影も継続しています。コストはかかりますが、フィルムの風合いを大切にする素晴らしいカメラマンもいて、その方々と良いビジュアルを作るためです。
アーティストの写真を掲載するページに関しては、コストがかかっても紙の質を落とさず、クオリティの高いグラビア印刷もする。今の編集長の有泉智子はビジュアルセンスがある人間なので、そのこだわりをしっかりと守ってくれています。だから『MUSICA』はこの情勢の中でも、雑誌を出し続けることができているのだと思います」
もちろん、こだわりはビジュアルだけではない。鹿野さんはアーティストにインタビューをする際、「事前に用意する質問は1つだけ」と決めているそうだ。
「用意した20個の質問にただ答えてもらうだけなら、メールインタビューで済みます。相手と顔を合わせてインタビューをするならば、その場の会話から偶発的に生まれるものが大事です。事前に用意した『唯一の質問』を楽曲の大サビに見立てて、イントロやAメロとなる会話の中から色々と考えて記事を組み立てていきます。
アーティストが新譜をリリースするときには、様々なメディアに出演して宣伝するわけですよね。その際、アーティスト側は質問を想定し、自分の答えをあらかじめ頭の中に用意しています。
だからこそ、アーティストが用意してきた言葉をそのまま喋らせず、どれだけ心の言葉を引き出せるかが肝になってくるんですよね。むしろ、最初から出鼻をいきなりくじくくらいでいい(笑)。想像もしなかったような質問を投げかけると、相手の調子が狂うんですよ。そこで、心の奥底にある声がポロッと出てくることもあるんです」
キャリアが長いミュージシャンも多く取材してきた鹿野さん。事前のリサーチも欠かさないのかと思いきや、そこにも独自のスタイルがあった。
「これ、全然お薦めしないですし、僕の悪い部分かもしれないんですが、他の媒体のインタビューは読まないんです。取材前にそういうものを読んでインプットしてしまうと、粗探しをしたり、他で出てないことを話してもらおうとしたりしてしまうんですよ。それは時間を割いてくれたアーティストにも失礼だと思うんです。
このやり方で読者から『他の媒体と同じことやってるんじゃねえよ』と言われたらやり方を変えようと思っていますが、幸い今のところはそう言われることもなく、ジャーナリスト活動を続けられています」
雑誌もフェスも、トップアーティストだけでは成立しない
2014年に立ち上げ以降、毎年GWにさいたまスーパーアリーナで開催しているロックフェスティバルが『VIVA LA ROCK』、通称『ビバラ』だ。開催10回目となった2023年度は、総来場数がついに10万人を突破した。本イベントが春フェスの代表格となった秘訣はどんなところにあるのだろうか。
「僕はフェスをプロデュースする上で、リスナーに必要とされているという確証を持ったうえで、できるだけ好き勝手やりたいんです。
フェスは、合理的に考えてもフェスにならないと思うんです。合理的な社会の中に入れ込んだフェスの非合理的な違和感を、どれだけ来場者に楽しんでもらえるか? これが大事だと思っています。
その軸を理解してくれたリスナーが増えれば、必然的に出演したいアーティストも増えてくる。非常にありがたいことに、ビバラはこのやり方でうまくいっています」
鹿野さんはロッキング・オン時代に、『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』の立ち上げも担当している。そのときの経験が活きている部分もあるという。
「通常、フェスを開催するコンサートプロモーター会社の方々は、バックステージでアーティストを迎えてライブの準備をします。ですが、僕らメディアの人間はバックエリアではなくオーディエンスと同じように会場に来て、同じフロアでライブを楽しみます。そして帰りも同じように帰り、ライブの感想を語り合っているお客さんたちの会話にしっかりと耳を傾けられる。
『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』を立ち上げたときは、『リスナーと同じようにフェスを体感できる僕らのようなメディア人間が主催することで、参加者側のリアリティを体現する』という目標を立てていました。これがメディア人がフェスを主催する本質的な意義だと思っています」
フェスで最も重要なのが、アーティストのブッキングだ。鹿野さんにフェスのブッキングのポイントを聞くと「意識していることはない」と返ってきたが、話を深掘りするうちに、出演アーティストのバランスや、フェスとの関係性などが見えてきた。
「フェスに出演するアーティストは、人気者ばかり集めてもしょうがないと思っています。これは雑誌でも言えることなんですが、僕は『雑誌の表紙6勝6敗理論』という考え方を大切にしているんです。
年に12回雑誌を発行する中で、6回は売り上げが伸びやすいトップアーティストに表紙を飾っていただく。そして、あとの6回は結果的に売り上げが伸び悩むとしても、今はまだ結果が出ていなくても、次に来るアーティストを中心に表紙を飾ってもらったり、誌面を組んだりしていく。
そうすると、年に6回は売れる表紙になり6回は売れないかもしれない。けれど、雑誌自体にコアな読者層がいて、体力があれば、売れないといっても基礎票のようなものだけで成り立つんです。つまりそれは「負けではなく引き分け」だと思うんですよ。
世の中にはサイクルがあるので、目先の部数にとらわれて『今、人気のあるアーティスト』だけで固めてしまうと、循環を怠ることになり何年か後に急にエンジンが止まって売り上げも一気に落ちてしまう可能性があります。それを防ぐためにも新しいアーティストたちとも良い関係を築いて、大きなページや表紙に登用させていただくんですね。
その瞬間はトップアーティストより売り上げは劣るかもしれませんが、そのアーティストがブレイクした後、今度は我々が彼らに稼がせていただく側になります(笑)。このバランスはフェスでも同じなので、新人アーティストを見つけ、そして出演していただくことは、とても大事なんです」
邦楽好きの中でも、すっかりGWの定番の過ごし方となったビバラ。鹿野さんがビバラを立ち上げる際、GWの開催は譲れないこだわりだった。
「日本の多くの人がまとまった休みを取れるのって、お盆休みと年末年始とGWくらいなんですよ。その中で、お盆休みと年末はすでにフェススケジュールが確立していて参入する隙間がなかった。だから自分が新しくフェスを主催するときは絶対にGWにしようと決めていましたし、その期間にさいたまスーパーアリーナを貸してもらえることになったのは極めてラッキーでした。
ちなみにビバラを始めた頃、GWは人々が関東から離れてしまう時期だったんですよ。ワンマンライブも人が集まりにくいからやめよう、と言われていたくらいですが、僕は絶対にGWしかない! と思って。結果として間違ってなかったですし、運がよかったと思います。
さいたまスーパーアリーナはとにかく便利なんですよ。まだ来たことない人は遠い印象を持っている方もいるかもしれませんが、意外なほどアクセスが良いんです。駅から徒歩3分もかからずに入り口まで辿り着けますし。室内だから天候に左右されずにめちゃくちゃ良い音響環境の中で楽しむことができます。ビバラを始めた頃に想定していた以上のメリットがたくさんあるなと実感しています」
ファミリー向けフェス『TOKYO ISLAND』を新たに立ち上げた理由
鹿野さんは10月12日(土)13日(日)14(月祝)に東京都江東区の海の森公園で開催される野外フェス、『TOKYO ISLAND』のキャプテン(プロデューサー)も務めている。2022年立ち上げの本イベントは、ライブだけでなく、アウトドアやワークショップなども楽しめる。こちらは『VIVA LA ROCK』とは明確に異なる層をターゲットにしているそうだ。
「『TOKYO ISLAND』は、ファミリーをメインターゲットにしたフェスを作ろうと思って始めました。ある日、豊洲にあるショッピングモールの横の広場でボーッとしていたら、隣でお父さんと子どもが遊んでいるのが見えたんです。お母さんはサンシェードの中でのんびり本を読んだり、スマホをいじったりしている。
お昼になったらフードコートのごはんをテイクアウトしてきて、その後はお母さんと子どもが遊んでいる横でお父さんはビールを飲んでいる。そんな風に休日を過ごす家族を見て、『これが東京のニューファミリーだと位置付けよう。この人たちに向けたフェスを作りたい』と思いました。当時はコロナ禍がやってくることももちろん想像していなかったのですが、『都内のファミリーが、気軽にキャンプも楽しめるようなイベントにしよう。そして子どもたちにもっと音楽を好きになってもらうきっかけを作ろう』と」
ショッピングモールから直感で立ち上げを決めたファミリー向けのフェス、『TOKYO ISLAND』だが、昨今のライブハウスのシーンを見ても、このターゲット選定は間違っていなかったと確信したという。
「去年の秋に名古屋で10-FEETのライブを観に行ったとき、2階席にいるお客さんは、僕以外みんなお子さん連れだったんです。もちろん10-FEETのファンの中には今もライブキッズや新規の人がたくさんいるのも知っていますが、かねてからのファンがどんどん親になっているんだなと。その状況を目にして、『TOKYO ISLAND』もこのままのコンセプトで続けようと思いました」
最終日の14(月・祝)には、凛として時雨の出演も決まっている。
ピヤホンはすべての音が鳴り響く空間ができている
音楽ジャーナリストとして膨大な音楽と向き合ってきた鹿野さんに、ピヤホンの音はどのように聴こえているのだろうか。彼はピエール中野の友人ということを抜きに、ひとりの音楽リスナーとして高評価する。
「ピヤホンは、『歌っていないミュージシャンが作っている』のがポイントだと思います。日本の多くのリスナーは、『歌』をメインに音楽を聴いています。ですが、もともと音楽は歌と楽器の音をミックスして、パズルのように組み合わせて完成させるもの。歌も楽器だと思うんです。
ピエール中野さんのプロダクトは、ユーザーフレンドリーというより『音楽フレンドリー』の信頼感があります。ピヤホンは歌や歌詞の聞き取りやすさだけではなく、すべての『音』が主役となって鳴り響く空間ができていると思いますね」
音楽ジャーナリストとして音楽を聴くときのポイントを質問すると、「音源を初めて聴く前に、絶対に資料や歌詞を見てはいけない」という答えが返ってきた。
「事前に楽曲制作の背景や歌詞を知ってしまうと、『音楽』ではなく『歌』を聴いてしまうんですよね。僕たちジャーナリストは音楽の批評を生業としているので、限られた情報の中で聴いた音楽の感想を届けることが大事です。タイアップ情報などは本質的には曲の評価に関係ないので、まずはあくまで音楽として聴く。
その上でじっくり音楽を聴いた後に、資料と歌詞を見ながら、答え合わせのようにチェックする。そこで自分の感じたことが間違っていたらまだまだということだし、逆にそれで物事が成り立っているのであれば、その感性を磨き続ければいい。
ジャーナリストだけでなく、リスナーの方もそうです。SNSを通して、どんどん情報が入ってきてしまう。他の人の感想やアーティストの制作インタビューを目にする前に、その楽曲自体にじっくり向き合って、自分自身が感じたことをメモしてみて欲しいですね。割と楽しい音楽の聴き方でもありますよ」
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