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日髙のり子が語る声優業界の変化と面白さ。時代・シーンによって求められる声の違いとは?

『タッチ』の浅倉南、『となりのトトロ』の草壁サツキ、『らんま1/2』の天道あかねなど数々の人気キャラクターの声を務めてきた、声優の日髙のり子さん。凛として時雨が主題歌を担当する『PSYCHO−PASS サイコパス』シリーズの作中に登場する特殊拳銃「ドミネーター」の音声も彼女だ。

活躍はアニメ・映画作品やテレビ番組のナレーションにとどまらず、ピヤホンシリーズやETC車載器の音声ガイダンスなど多岐に渡る。

数多くのキャラクターに声を吹き込んできた日髙さんは、どのような意識を持って作品作りに取り組んできたのだろうか。作品による声の使い方の違いやアフレコ環境の変化、音楽と映像作品の関係性について聞いた。

<文:伊藤美咲 / 編集:小沢あや(ピース株式会社)

<日髙のり子さんプロフィール>
1962年生まれ、東京都出身。1980年に「初恋サンシャイン」で歌手デビュー。その後ラジオパーソナリティやレポーターなど様々なジャンルの仕事を経て、1984年に「超時空騎団サザンクロス」で声優デビュー。2022年には40周年記念書籍「天職は、声優。」を出版した。

声優は何歳になってもいろんな役を演じられる

今年で声優デビュー40周年を迎えた日髙さん。数多のキャラクターの声を担当してきた彼女に声優の魅力を問うと、「何歳になってもいろんな役を演じられること」という答えが返ってきた。

「自分の姿を出してお芝居をするときには実年齢が加味されてしまうと思うんですけど、声優は見た目を度外視できるので、何にでもなれます。なので、いまだに少年や10代の女の子の役を演じることもあるんですよ」

もともと女優志望だった日髙さんは、学園ドラマに出演したいという夢があった。10代の頃は学園ドラマ出演のチャンスに巡り会えなかったものの、22歳の頃に『タッチ』の浅倉南を演じたことで、その夢を叶えた。そんな彼女が声を表現する上で大事にしていることは何なのだろうか。

「想像することが一番大切です。私はデビュー作が『超時空騎団サザンクロス』の宇宙人の女の子役だったんですね。アフレコのときに監督から、恋心を抱く地球人の男の子への『緑の思いを表現してください』と言われて。当初はその意味が全然わからなかったんですけど、『植物のみずみずしさや太陽の光に当たってきらめく感じ、一瞬で消えてしまうような不確かなものをイメージしているのかな』と想像しながら探っていったんです。

ここまで抽象的な要望は珍しいですが、この経験がヒントとなり、それからは原作本やキャラクター表から感じるものを元に『この子はどんな喋り方をするのかな』『声の高さはどのくらいだろう』『自分の好きなことを喋るときは早口の方がいいかも』と想像しながら役柄を組み立てていくようになりました」

アフレコ現場では、基本的に声優の表現と音響監督などの意見を擦り合わせて作品を完成させていく。ただ、中にはアフレコしながらキャラクター像を作っていく場合もあるのだそう。

「『呪術廻戦』で演じた九十九由基は原作でも謎に包まれている部分が多くて、明確な性格が描かれていなかったんです。なのでアフレコも『もう少しエージェントっぽいクールな感じでやってみてください』『もう少し責任持ってなさそうな感じで試してみましょうか』と探り探りで。何度もテイクを重ねて、スタッフのみなさんと一緒にキャラクター像を確立させていきました。

アフレコ現場にいる方々は最初の視聴者として意見をくださるので、テレビでご覧になった方々にはスッと受け入れられる仕上がりになっているのかなと思います」

キャリアを重ねたからこそ感じる、声の世界の奥深さ

日髙さんの仕事は声優、機器のアナウンス、ナレーションとさまざまだが、役割によって求められるものや意識すべきポイントが大きく異なる。

「アニメのキャラクターを演じるときはその人物の良いところを出すことを意識していますが、ETC車載器の音声はドライバーが安定したドライビングを保てるように、安定感のある一定したアナウンスが求められたんです。

アナウンスに感情は不要で、同じリズムとトーンであることが大事。収録時現場にいるスタッフさんも耳で聴くのではなく、声の波長のズレがないかをチェックしていて。声の世界が奥深いことと、場面によって求められる声が全然違うことを実感しました」

さらにテレビ番組のナレーションでは、また違ったポイントがあるのだそう。

「ドキュメンタリー番組のナレーションは補足の立ち位置になるので、情報をしっかりと伝えることが求められます。ですが、バラエティー番組だと『盛り上がるようにアゲアゲでお願いします』と言われますし、はたまたCMのナレーションは『天の声っぽく』とか『情報量が多いので早口でギュッと入れてください』など要望もバラバラです。

こんなに長く声優を続けていても、新しいチャンネルに出会う瞬間がたくさんあるんですよね。声の仕事はいろんな要素が必要なので、全部吸収して次に活かせるようにしようと思いながら取り組んでいます」

時代と共に変わるアフレコ現場の環境と難しさ

日髙さんが声優活動をする40年間で、アフレコ現場にも変化があった。技術の進歩により便利になった反面、新たな難しさも生まれたという。

「デビュー時は現場に行って初めてアフレコフィルムを見て、そこで声を入れるタイミングを図るんです。初見だとどうしても見落としてしまうところが出てくるので、声優同士で『このタイミングでブレスがあったよ』『ここの口パクがちょっと余ってたよ』とお互いに助け合いながらアフレコしていました。

今はアフレコ現場にタイムコードがありますし、事前にいただいたDVDを見ながら家でリハーサルができるようになったので、タイミングが取りやすくなりました。昔はワンシーンごとのリテイクだったのが、一言だけの差し替えもできるようになって。ですが、ひとりで撮り直すときは他の人のセリフを思い出しながら喋らなければならない時もあって、良い音で録れるようになった分、より高いクオリティが求められるようになったという難しさもあります。今と昔でそれぞれに良さと難しさがありますね」

時には声の情報を削る必要がある

声優として多種多様なキャラクターを演じる経験を積むと、声を作ることが日常的になってしまう。それゆえに自分自身の声を見失ってしまうこともあるのだと日髙さんは語る。

「キャラクター像に合わせて声を高くしたり低くしたりすることで、『あれ、私の地声ってどこにあるんだっけ』とわからなくなってしまう瞬間があって。タクシーで運転手さんに行き先を伝えると『お客さん、アナウンサー?』と言われたこともありました。

ですが、洋画の吹き替え現場に行ったとき、喉に負担をかけない素の声で喋ることが楽しいと思えたんです。洋画は役者さんの息遣いに合わせることが一番大切なので、素の自分で喋っていいんだなと」

また、日髙さんはここ数年テレビドラマにも女優としてたびたび出演している。しかし、同じ「演技」でも声優と女優では表現の仕方がまったく違ってくる。声に感情を乗せることが染み付いている日髙さんは、ドラマ出演時に声の情報を削ることが課題となった。

「声優の仕事を始めた頃、悲しいシーンで『君は今すごく悲しい顔をしているかもしれないけど、気持ちが顔に出てるだけじゃだめなんだよ』と言われて、何度も録り直しをしたことがあったんです。それから声に感情を込めることが身についたんですけど、テレビドラマに出演したときは『顔が写っているので声にそんなに感情を乗せないでください』と指摘されてしまったんですね。私としては普通に喋っている感覚だったので、声の情報の抜き方がすごく難しくて。まだまだ勉強の日々が続いています」

日髙さんが勉強中だというのは、女優としての話だけではない。声優としてもまだまだ成長の余地を感じさせる。

「今はアニメもデジタル化して表現が細やかになったことで、作品によっては気持ちを込めすぎないほうがいいのかなと思う場面も見られるようになりました。もちろん気持ちを入れる部分もありますが、さらっと会話する軽やかさが求められているというか。昔はこのくらいの年齢になったらいろんな知見を得て楽になるのかなと思ってたのに、全然楽にならないですね(笑)。いろんな作品のカラーがあるので、まだまだ自分の引き出しを増やしているところです」

時代による言葉の変化も柔軟に受け入れる

先にアフレコ環境や作画の変化について述べたが、実は時代と共にセリフやアクセントといった言葉も変わっている部分がある。

「たとえばお母さん役で作品に入っていても、女子高生のガヤの声も担当するときがあるんです。昔は『若く聞こえるように頑張らなきゃ』と思っていたんですけど、今は『私の口から出る言葉が今の時代に合ってるだろうか』と考えるようになりました。

でも、実際の女子高生の会話を聞いていると『〜じゃね?』という言葉が聞こえてくることもあって。それだとアニメの世界にはちょっとそぐわないなと。リアルな口調と作品の世界観のバランスを考えながら工夫しています」

また、ナレーションを読むときの発音は原則としてアクセント辞典に載っているものが正解とされているが、近年では若者が使っていた言葉が辞典に反映されていることもあるのだそう。

「昔は『モデル』という単語のアクセントが、最初についていたんです。でも今は若者が使っている、後半にアクセントがつく発音も正解とされています。どちらも正解とされているので、ナレーション番組の内容によって使い分けるのが難しいですね。昔ながらの知識も必要ですが、新しいものを取り入れていく柔軟な姿勢も大切なんだなと思っています」

声によって聴き手の心を動かすのは声優も歌手も同じ

アニメ作品に音楽はつきものだ。オープニングやエンディングで流れる音楽はその作品の印象を左右する大事な要素となる。日髙さんはアニメ作品と音楽の関係性をどのように捉えているのか。

「音楽は映像やセリフだけでは伝わらないものを表現してくれるので、よりストーリーに没入させてくれたり、感情を引っ張ってくれたりする重要な役割を担っていると思います。ナレーション現場でも音楽があるとイメージが沸きやすくなるので、世界観にすっと入って集中できるんです。声によって聴き手の心を動かすのは、声優と歌手の繋がっているところかなと思います」

近年では声優志望の人が多く、憧れの職業としてたびたび名が挙がっている。とはいえ、声優は志せば誰でもがデビューできる職業ではない。声優を目指す人に向けてアドバイスをもらった。

「声優になるには、まず自分の声を知ることが大切です。低い方が良い響きが出る声を持っている人は、キャピキャピしたヒロイン役のオーディションを受け続けるよりも、少年のセリフを練習してみる方が良いと思います。技術が伴わないうちは自分の持っているものを最大限に活かして勝負しないと、激戦のオーディションを勝ち抜くのは難しいかなと。

今はスマホで簡単に録音ができるので、自分のナチュラルな声でのいろんな喋り方を聴いてみると良いのではないでしょうか。「この私イケてるな』という声が見つかったら、そこを強化して突破口にするんです。それから違う役にガヤで頑張ってみるのが近道かなと思います」

ピヤホンは繊細な息遣いまでよく聴こえる

日髙さんはピヤホン5、ピヤホン6のボイスガイダンスに、アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』のドミネーターのボイスで参加している。また、ピヤホン8でもボイスガイダンスを担当。収録時にどのような点を意識したのか伺った。

「ドミネーターの声で参加させていただいたときは、アニメの世界観をピヤホンでも楽しめるように意識してガイダンスを読みました。ピヤホン8は私の声のモデルということで、音楽の世界観やサウンドを妨げないように、できるだけ柔らかい声にしています」

また、日髙さんは「ピヤホンは音楽だけでなく映像作品も楽しめる」と語ってくれた。

「ピヤホンを使って映像作品を観ると、テレビでは聴き取りづらい雨風や息遣いといった細かい音声までよく聴こえます。特に息遣いは声優が一番繊細な感情表現とするところなので、入れた声を漏らすことなく聴き取っていただけると思います。音楽を聴くときにも『ここでこんな音が鳴っていたんだ』という発見がありますね。レコーディングスタジオで聴いた完璧な音をそのまま再現してくれるので、音楽も映像作品も余すところなく楽しめるイヤホンになっていると思います」


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