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おじいさん、ありがとう。

土曜日のお昼前、在宅仕事の息抜きに、ふらりと散歩に出かけときのこと。自宅近くで、携帯電話を手にしたおじいさんから突然声をかけられた。

「代わりに電話に出てもらえませんか?」

えっ、どういうこと!? 突然のことで事情がのみ込めなかったが、切羽詰まったおじいさんの様子を見て、私は思わず電話を手に取った。

「もしもし、お電話代わりました。通りすがりの者ですが――」
電話のむこうの相手は一瞬びっくりしたようだったが、やがて息せき切って、認知症の父親の行方が分からなくなったこと、警察にはもう届けを出してあるので、最寄りの警察に連絡してほしいということを私に告げた。

そういうことだったのか――。認知症を患っているおじいさんは、自分の携帯に家族から電話がかかってきたもののどうしたらいいかわからなくて、途方に暮れていたのだった。

知らないおじいさんから突然声をかけられてびっくりしたけど、ともかく電話に出てあげてよかった。私は大急ぎで自分のスマホを取り出して、生まれて初めての110番通報をした。おじいさんにお名前を尋ねたら、はきはきとした答えが返ってきた。

警察からは、パトカーが到着するまで、できれば付き添っていてほしいと言われたので、散歩に出ただけで先を急ぐわけでもない私は、もちろんそうすることにした。

「もう大丈夫ですよ。ご家族かパトカーが迎えに来てくれますから」

おじいさんも私もひと安心。立ったままでいるのもなんなので、近くのベンチに座りましょう、と私は声をかけた。ところが、おじいさんは、

「あなたのような女性が私と一緒に坐っていて、ご近所の方から誤解されたらご迷惑でしょうから」

といって座ろうとしない。もう若くもない私にそんな風に気をつかってくれるなんて、なんて優しいんだろう。そんな立派な紳士が認知症を患って、道に迷ってしまったという事実に、なんだか胸が痛くなった。

おじいさんと、なんということもない立ち話をしながらパトカーを待っていると、やがて、おじいさんのご家族の車の方が先に迎えにやって来た。そしておじいさんは、ご家族と一緒に無事に家に帰って行かれた。ああ、よかった。

ふだんの私は引っ込み思案で、電車の中で席を譲る勇気さえなかなか出ないような情けない人間だ。でも、おじいさんが勇気を出して見ず知らずの私に声をかけてくれたおかげで、こんな私にも人助けができた。それが何よりうれしかった。

それに、ご家族の方が迎えに来て私の名前をきかれたとき、

「名乗るほどのものではございません」

なんて、一生に一度は言ってみたかったセリフまで言わせてもらえた(^^

おじいさん、ヘタレの私に功徳を積ませてくれてありがとう。これからは頑張って勇気を出して、普段からもっと人助けができる人間になりたいなと思った。

#やさしさに救われて

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