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アメリカは奴隷制の賠償をするべきか?

エコノミスト 2019年6月29日号
Lexington: Slave wages

<記事内容紹介>
アフリカ系アメリカ人に対して奴隷制の賠償をするべきと思うか、と聞かれた共和党上院議員のミッチ・マコーネルは、いったいどうやって賠償の対象となる人を選ぶのかと、いたって現実的な見解を述べた。さらに、アメリカ初の黒人大統領が誕生するなど、アメリカ黒人の地位が少しずつ向上してきたことが、白人の罪の償いの証だと語った。

これを聞いた民主党は激怒した。民主党の大統領候補コリー・ブッカー上院議員や、もう1人の大統領候補で、アフリカ系アメリカ人に対して最大5000億ドルの賠償をすることを提案しているマリアンヌ・ウィリアムソンは、マコーネルを非難した。共和党のマコーネルといえば、彼が言うところの黒人大統領バラク・オバマが提案する国民皆保険などの政策に対し、やれ社会主義だの左翼だのといって、いちいちかみついていた人物だ。しかし奴隷制賠償案については、オバマ大統領もマコーネルと同意見だったのだ。

オバマ大統領は、賠償案はとても現実的とはいえないと考えていた。アメリカ黒人が受けた差別の歴史を軽視したわけでは決してないが、国際的な貧困対策プロジェクトを展開し、国内においては反差別基本法の施行に向けて努力を続ける中で、特に黒人だけを対象として賠償をする必要はないという考えだった。

このオバマ大統領の姿勢に不満を抱いた人たちもいた。民主党内の急進左派の人々などはオバマ大統領のことを、保守派の共和党にすり寄って右傾化しているといって批判した。

しかし、オバマ大統領が奴隷制賠償などの「左翼的な」活動をおしすすめていたら、黒人大統領としてもっと歴史に名を残したはずなのにという批判は当たらない。自らが黒人だからといって過剰な黒人優遇政策をとったりはしなかったオバマ大統領の政治姿勢はきわめて現実的といえるだろう。現に、80%以上の白人が賠償案に反対しているのだ。

こと奴隷制賠償案の問題についていえば、共和党が正しい。民主党の言い分が通ったなら、賠償の範囲はどんどん広がって、黒人の次はネイティブ・アメリカン、次は移民のヒスパニック系の人々と、キリのない事態になるだろう。それに、奴隷制賠償案は、十分に調査機関などの精査を経て具体化された案ではない。民主党は党内で十分な調査や審議もせずに、このような案を安易に国会に上げるべきではない。

貧困家庭に少額債券の形で現金を配布するなど、人種に関係のない貧困対策ならオバマ氏も賛成するだろう。現実味に乏しい奴隷制賠償案を主張し続けていたのでは、民主党候補が、共和党のトランプ氏からホワイトハウスを奪還することなどできはしない。この案はアフリカ系アメリカ人の間でさえ広く支持されているとは言えず、支持しているのはわずかな人々だけだ。民主党は、奴隷制賠償案は夢物語にすぎないということを認めるべきだ。

<comment>
白人が過去に犯した罪を清算するために奴隷制の賠償をする、というと道義的には素晴らしいように思えますが、すべてのアフリカ系アメリカ人に賠償金を支払うなんて、とても現実的とは思えないですよね。差別がなくなったわけではありませんが、今はアフリカ系アメリカ人にもたくさんの成功者やエリートや富裕層に属する人々がいますし、逆に白人でも貧困に陥っている人々もいます。それに、やはり過酷な状況に置かれているネイティブ・アメリカンの人々や、移民のヒスパニック系の人々のことはどうするの!? 人種に関係のない貧困層救済策を考えるほうが現実的ですよね。

オバマ大統領はリベラル派の民主党から出た大統領で、国民皆保険を提唱したり、グリーン・ニューディールといって、再生エネルギー企業を支援して雇用を創出するなどの政策を行いました。これが保守派の共和党員から見ると、社会主義的、左翼的という批判のタネになっていました(アメリカ人は自主独立の気風が強く共産主義・社会主義アレルギーなので、国が企業や個人に少しでも関わることを極端に嫌う傾向があります)。しかし国民皆保険制度は、元はと言えば共和党の案だったようです。それを黒人であるオバマ大統領が口にしたとたん、左翼だなんだとかみつきはじめるのですから、そこには人種的偏見が絡んでいないとも言い切れない状況だったようですね(共和党の支持層は、主にカトリック教徒の白人層なので)。

現代は、人種のみならずLGBTなど、マイノリティの人々の権利を主張していこうというリベラルな主張が世界でも認められてきて、政治的にも大きな流れになりつつあり、このような運動を「アイデンティティ政治」というそうです。その主張は決して間違っていませんが、奴隷制に対して賠償を求めるというのは、さてどうでしょう。

直接的に被害を受けた個人が、国を相手取って訴訟を起こしたならば、それは賠償すべきだと思いますが、奴隷制というのはもう数百年前のことで、奴隷にされて苦しんだ当事者はもういません。その子々孫々までお金で賠償するというのは、道義的にはよいことであっても、結局は誰も得をしないような気がします。賠償賠償といって争うよりも、過去のことはともかく、これからはお互い手を組んでビジネスで協力して、ともにリッチに幸福になろうぜ!っていうほうが建設的ですよね。

黒人差別がなくなったわけではありませんが、どのような人種もお互い手を携えて、富者が貧者に手を差し伸べるような社会になってほしいものです。

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産業翻訳者です。英国エコノミスト誌の英文記事を読みながら、政治経済その他もろもろの国際問題について徒然なるままに語ります。毎週だいたい火曜日更新。
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