今夜、星を穿ちに行こう ④

「明ー、先に行っちゃうよー」

 玄関先から千佳子が呼ぶ声が聞こえる。年に一度の夏祭りだ。それに今年は、十五年ぶりに彗星を見ることができる。千佳子は昨日の夜からはしゃいでいた。

「千佳子、気をつけなよ。もう自分一人の体じゃないんだからさ」
「わーかってる!」

 数ヶ月前に比べて随分と大きくなったお腹を手で支えながら千佳子は笑う。ちょうど祭りの時期に安定期に入ってくれて本当に良かったと思う。千佳子は十五年前の祭りの時、奉納演舞に出ていた関係で彗星を見ることが出来なかった。だから今年は絶対に見るのだと張り切っていたのだ。

「ほら、手を貸して」

 先を行こうとする千佳子の手を握る。千佳子も微笑みながらそんな僕の手を握り返してくれる。そしてあと何十日もすれば繋いだ手の間にもう一人、家族が増える。子供の頃には当たり前に感じていた日々が、この歳になって変えがたい大切なものであることに気付かされた。きっと僕たちはこうやって脈々と命を繋ぎ、そして守られてきたのだろう。家族に、そしてこの村に。
 ゆっくりと歩きながら祭りの会場を目指す。確か子供の頃もこうやって、誰かと手を繋いで縁日を歩いたような気がする。あれはいつの事だっただろうか。そして誰と歩いたのだろうか。今ではもうあまり覚えていない。

「あっ先生!デートですか!?ラブラブですか?」
「ちかごん、らっぶらぶー!!」

 ふと後ろから声をかけられる。少年と少女だ。中学校で教師として勤務している千佳子の教え子だろう。「ちかごん」というのは千佳子の子供の頃からのあだ名だ。

「こらっ!大人をからかうのはやめなさーいっ!」
「怒ると胎教に良くないッスよ、先生!」
「そうだよ、ちかごん!じゃ、またね!!」

 そう言って二人は駆けていく。一度振り返り、こちらに微笑んだ少女の揺れるポニーテールを眺めながら、僕は自分の少年時代のことをぼんやりと思い返した。自分にもあんな風に誰かと道を駆けた夜があった。そう、誰かと……。
 古い記憶を辿ろうとして思いに耽りそうになった僕を、千佳子の声が呼び戻す。

「梶夫さんのところの子よ、全く……。悪ガキなんだから」
「へえ、梶夫さんと美咲先生の。言われてみれば、どこか面影あるね」
「似なくても良いところまで似ちゃった感じね。ナナちゃんまで一緒になってからかうんだから」

 千佳子はブツブツと小言を漏らしていたが、言葉とは裏腹に表情は楽しそうだった。
 僕はそんな彼女がたまらなく愛しい。
 これからもずっと僕は千佳子の隣にいるのだろう。
 次に彗星が降る十五年先も、三十年先も。
 そんな確信を持ちながら、僕は夜空を仰いだ。
 天には無数の星の幕が降り、その向こうには赤い彗星の光が瞬いている。この村で過ごす僕らの節目を刻む光だ。
 

おわり

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