牛雲(牡牛座)
「あかん、牛雲や」
あの日、陰り始めた空模様に気づき、祖父は慌てて物置へ駆けて行った。
畑の農作物にシートをかけ終わるより先に、ポツポツと滴が頬を打つ。
乳白色に濁った雨。
祖父はそれに打たれながら、必死に畑を駆けずり回っていた。僕は軒下からそれを見ていた。
「どうして、こないな事になるんやろな」
祖父は病床で力無く呟いた。
逞しさで漲っていた腕はすっかり細くなっている。
「憎いなぁ、あの雲が。牛雲が…」
歯噛みする祖父の布団の裾を整え、行ってきます、とだけ声をかける。
玄関を出るとすぐ畑が見える。乳白色の雨に打たれ、黒と白の斑点が浮き出た作物はもう商品にならない。
勤務先に近づくにつれ、機械の唸り声が聞こえてくる。ゔぉう、ゔぉうと低く重なる無機質に、僕はもう慣れてしまっている。
煙突から灰色を吐き続ける工場。地面に大きく歪な影を落としている。
僕にはそれが巨大な牛に見えた。
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