今夜、星を穿ちに行こう ③

 たこ焼きは少し温めの温度になっていたけれど、それでもけっこう美味しかった。知らないというのは幸せな事だと思う。あんな気色の悪い宇宙も化け物を模したたこ焼きを、そう村のみんなはそうとは知らずに食べているのだから。そもそも多くの人があんなものが存在することすら知らないんだ。
 隣に座ったナナもパクパクとアカパチたこ焼きを口に運んでいる。どう言う気持ちなんだろう。願掛けみたいなところもあるのだろうか。
 あの日父さんから聞いた話はあまりにショッキングで、その細かい部分まで思い出して語るのはなかなかに難しい。ただ、僕にとって重要な二つの事柄についてはしっかりと覚えている。
 一つは「ナナが宇宙から飛来する怪物を倒すことのできる存在である」ということ。
 そしてもう一つは「怪物を倒す代償として、僕らの村に住む人間がナナに関する記憶を全て忘却してしまう」ということだ。
 詳しい理論については知らない。ある科学者が発見した「思い」を「エネルギー」に変換する装置があると父さんは言っていた。ある一定の範囲内に蓄積された記憶と感情を、戦う為の動力として消費する装置。その出力機として生み出されたのがナナだという。勝手な話だと思う。生み出しておいて、後は全自動のスイッチポンで「世界を守れ」だなんて。

「でも生まれて来なかったら、私みんなと出会えなかったよ」

 父さんから話を聞いた次の日、ナナを作り出したその科学者とやらに対して思いつく限りの罵詈雑言をぶちまけた僕にナナはそう言った。寂しそうに微笑むナナがどんな気持ちでこれまで生きてきたのかわからない。半永久的に繰り返される十五年。人と共に成長し、一緒に育んだ時間と思いを全て失って、また次の十五年を過ごす。その度に忘れ去られ無かったものにされて、それでもまた村の人々と関係を育まなければならない。失われることを承知で。
 十五年前、ナナと一緒にこの場所に来たのは梶夫さんだった。今の梶夫さんはすっかりそのことを忘れてしまっている。ナナのことは「顔見知りの村の中学生」でしかない。ナナにとっては、十五年の時間を一緒に過ごして、心を通わせた相手なのに。その十五年前の人も、そのまた前の人も、何百年という間、何人もの少年がナナのことを大好きだったはずなのに、全てを忘れて誰かと生きている。そして数時間後にはこの僕もその中の一人になるんだ。
 逃げよう、と僕は言った。この村を出て、どこは違う場所に行こうと。そうすれば、ナナのことを忘れずにこれからも生きていけるから。でもナナは静かに首を横に振った。

「私はこの村のみんなが大好き。みんなのこと、子供の頃からずっと知ってるんだもん。みんなは私のことを忘れていくけどら私はずっと覚えている。だからいいの。みんなを守ることが私の役目なんだから」

 だったらなんで、そんな寂しそうな顔をするんだ。喉まで出かかったその言葉を、僕は声にする事が出来なかった。あの怪物がこの星に来る限り、全てはどうしようもないことなのだろうか。
 僕はナナとの最後の夏を思いっきり楽しむことに決めた。二人で決めた七つの「やりたいこと」。今、その最後の項目「夏祭りに出ている屋台の好きな食べ物、ぜーんぶ食べる!」に、上から棒線が引かれた。

「来るよ」
 
 わたあめを食べ終わったナナはすっくと立ち上がった。つられて僕も立ち上がる。遠い空の赤い光が徐々に強くなっていく。群れていた八つの赤い光は、ゆっくりと距離をとってそれぞれの目的地へと降りていく。
 八つの光。八つの集落。八体の守護者。破壊だけを求める赤い光のうちの一つが、僕とナナのいる場所へと向かってくる。

「明、お願い。手を握って」

 ナナの手を握る。空の赤い光が強まるに連れて、ナナの手も熱くなっていく。いや、熱くなっているのはナナじゃない。その熱い何かは僕の手を通ってナナに流れ込んでいた。僕の役目は「媒介」だ。その年に最もナナと心が近しい人間が村から一人選ばれる。村から放出される「思い」のエネルギーは、みんなの記憶を代償にナナに譲渡される。そのパイプとなるのが僕だった。

「ナナ、ごめん。僕、結局なにも……」
「謝らないで。大丈夫、死ぬわけじゃないんだから。ただまた赤ちゃんに戻るだけ」
「死ぬわけじゃない、って……だって、もう僕の記憶はっ……!」
 
 その瞬間、僕の口を何かが優しく塞いだ。

「いつかもう一度……また、私と出会ってね」

 不意に身体に感じていた熱が消えた。
 何かが、とても大切な何かが、栓の抜けた浴槽の水のように流れ出していく。僕にはそれを止めることが出来なかった。力の入らない体を最後の意志で支えながら、僕の掌だけはしっかりと大切なものを掴んでいた。
 辺り一面が赤い光で照らされる。何千何万という動物と人が一斉に呻いているような鳴き声が、上空から降り注いでいた。怪物としか表現できない生物。生物とも言い難いほどの邪悪。驚異的な質量をもつそれが、大気を蹂躙しながら地表に近付いてくるのがわかった。鳴り響く轟音で気絶する寸前、僕はその禍々しい赤を切り裂く一筋の蒼い光を見た。


つづく

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