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縁を紡いで、恩を返す


今日は人生を楽しむうえで欠かせない音楽の話を。


2015年の秋、それまでお世話になっていたレストランを退職し渡仏しました。

その時は自身で店を持つという未来までは見据えていなかったものの、これからも長くワインを扱ううえで、本質的な仕事をしたいというか、自分自身の言葉にもっと説得力を持たせたい。
そんな想いから、というかそんな想いだけで渡仏を決意したのです。

パリに降り立って数日後には研修先での仕事が始まり、あれよこれよという間に収穫が始まって怒涛の仕込み、醸造がひと段落したところで其処での研修も終わり。
日本人の方が営むドメーヌということもあり、その期間中は一切の生活やコミニケーションに困る事はありませんでしたが、研修を終えると大きなスーツケースを携えた私の居場所はどこにもありません。

必死で勉強したつもりでいたフランス語は、観光するだけならまだしも今後生産者のもとで働くにはあまりにもお粗末で、美しい街並みや素晴らしい食文化に心奪われるも、私の心の中には決して晴れることのない大きな不安がありました。

兎にも角にもまずは語学、本場にワインを学びにはるばる日本からやって来たのですからタダでは帰れません。
新たに畑仕事が始まる春までに必死でフランス語を学んで、彼らが共に働きたいと思ってくれるように自分を磨こう。
雀の涙ほどの資金でしたが自分自身への投資だと思い、語学学校に入るためにフランス第二の都市であるリヨンを目指すことにしました。

結果として生涯お付き合いしたいと思えるような大切な友人や、以前ワイングラスの話で触れた素晴らしい酒場の店主に出会えたのですから、人生のまわり道が紡ぐご縁とは尊いものだなと心からそう思います。


その時の努力が功を奏してどうにかフランス人の輪の中に入ることが出来ました。
言葉も文化も違う異国での生活は、当然ですが挫けそうな時や泣きたい時だって沢山あるわけです。

全てが輝いていたように思い出されるフランス生活も、振り返ってみれば決して順風満帆だったわけではありませんが、そんな当時の自分の支えになっていたのが一枚のアルバムでした。

ニールヤングの「Harvest Moon」は1992年に発表されたアコースティックアルバムで、彼の作品の中でもとりわけ牧歌的な印象を受ける名盤です。
リヨンへ向かう列車の中で、車窓からの景色に得も言われぬ感動を味わっていた私の心情に、思いがけず耳に入ってきた彼の優しい歌声がまた涙を誘って、以来座右の一枚として今でも聴き続けています。


フランス人は友人や家族との会話をとても大切にします。

週末の食事ともなれば食前酒を楽しみながら会話に興じるアペロの時間に始まり、じっくりと時間をかけての食事が終われば葉巻を燻らせながら食後酒を楽しむといった具合に、どれだけ話しても話題が尽きないくらいに団欒の時間は延々と続きます。

多少の会話なら問題なくとも、酔いも相まってどんどんと弾む彼らの話には流石についていけず、眠気を紛らわせようとして会話の邪魔にならないようなボリュームでBGMに先述のアルバムをかけてみたのです。

『もう少しボリュームを上げてくれるかい?

久しぶりに聴いたけれど今の気分にぴったりだな。心地よい音楽が流れると酒が一層美味く感じられるよ。
それにしても、なかなか良い選曲をするじゃないか。』


語彙力が乏しい私が彼らと親密な時間を過ごすひとつの手段として、例え会話に加わることが出来なくても気分よくお酒が飲めるように気遣いをしよう。
どうにか現状を打破せねばと模索していましたが、混迷の中に一筋の光が差すような気づきがありました。


それ以来友人の家に招かれる度に、酒の肴に心地のいい音楽を選曲をするという大役を仰せつかるようになりました。絆が深まるきっかけって分からないものですね。
(ちなみに最も評判がよかったのはorange pekoe の「やわらかな夜」でした。)



収穫を数週間後に控えたある日、お世話になっていたパスカルの粋な計らいで、息抜きの意味を込めて二週間ほどのバカンスをいただきました。
この頃には車の運転にも随分と慣れ、フランス語である程度の会話もできるようになっていたため、南仏の生産者を訪ねてまわろうと南に向かいました。

とても充実した南仏での滞在も終盤に差し掛かり、最後にどうしても訪ねたかったフランソワ デュムという生産者に会うためにオーヴェルニュ地方へと向かいます。

初めてフランソワのワインに出会ったのはリヨンで足繁く通ったマチューの店で、今では入手困難となった彼のワインがとても気軽に飲めたので、機会があれば是非とも訪ねてみたいと思っていたのです。

想像以上の渋滞で予定していた時間を大幅に遅れてしまい、申し訳ないけれど今日はどこかで車中泊をするので、訪問を翌日に変更していただけないだろうかと、謝罪の言葉を添えて彼に電話しました。

『長旅で疲れているだろうから、車中泊なんかせずにウチに泊まればいいよ。
どれだけ遅くなっても構わないから、温かい料理を作って君の到着を待っているよ。』


予想していなかった返答に思わず言葉を失いました。
約束の時間に遅れてしまった見ず知らずの相手に、こんなにも優しい言葉をかけてくれるなんて。そもそも試飲だけの約束だったというのに。
長時間の運転で疲労もピークに達していましたが、身に余るご厚意に目を潤ませながらも急いで彼の元へと車を走らせました。


人懐っこい笑顔で温かく迎え入れてくれて、彼が得意だという鴨料理をいただきながら美味しくワインをご馳走になり、とても穏やかな時間を過ごすことが出来ました。

『見てごらん、月がとても綺麗だよ。』


それは息を呑むほどに美しい満月で、徐ろにギターを手にとったフランソワはバルコニーで弾き語りを始めます。
ギターの音色がとても心地よく、少し高めの彼の歌声が静かな夜空に優しく響いていくようでした。

「ねえフランソワ、Harvest Moonを歌っておくれよ。」

『C'est sympa! (いいね)』

月明かりの下で優しくギターを奏でる彼の佇まいがとても絵になっていて、その美しい光景は今でも忘れることが出来ません。

彼の蔵を訪ねた際の当時の投稿がありますので、併せて是非ご覧ください。



ワインのことだけを考えてフランスに来たけれど、実はそれ以上に彼らに教わったことは人生を豊かに生きるということです。

例え経済的に豊かではなかったとしても、家族や友人を大切にし仕事以外の時間も存分に楽しむことで、自分らしい人生を謳歌できるのだと思っています。

あなたのワインが大好きだ。 
その言葉だけで見ず知らずの相手をここまで温かくもてなしてくれる彼らの優しさに、もしかしたら今の日本人が失いつつある利他の精神というものが、彼らの心にも宿っているのかも知れないなと気づかされました。


例え言語が違ったとしても、音楽は国境を越えて繋がり分かち合える。
一枚のアルバムが紡いでくれたご縁のおかげで、私のフランス滞在はとても豊かなものになりました。



手探りで始めたお店ももうすぐ5年になります。

渡仏前に思い描いた本質的な仕事ができているかと問われれば、まだまだ道の途中ではあります。
ただ開業当時から変わらず大切にしていることのひとつに、お客様に心地のいいお酒の時間を過ごしていただくために、調光や選曲など"時間の切り売り"と捉えてお酒以外の要素にも心配りをするということがあります。

当たり前のことです。
ですが当たり前のことを蔑ろにしてしまうと、せっかくの美味しいものも存分に楽しめなくなることを身をもって感じているのです。

美味しさというのは、味覚や嗅覚のみならず五感を通じて体感するもの。
小さな酒場ではありますが、注ぎ手として少しでもお酒を美味しく楽しんでいただけるように、いささか偏った選曲ではありますが素敵な音楽を添えてお届けしたい。

それが一枚のアルバムが紡いでくれた、沢山の人達が温かく迎え入れてくれたことへの、小さな恩返しだと思っています。


いつの日か再び彼らの蔵を訪ねることがあれば、あの時の言葉を忘れずに今も選曲を楽しみながらカウンターに立っているよと、グラスを交わしながら伝えたいものです。



一本のワインとの出会いが、その後の人生を大きく変えてしまうかも知れない。
そんなワインに人生を狂わされ、現在進行形でワインに狂わされ続けている小さなワインスタンドの店主の話。

日々思うあれこれや是非ともお伝えしたいワインに纏わるお話を、このnoteにて書き綴らせていただきたいと思っております。

乱筆乱文ではございますが、最後までお読みいただきありがとうござました。 


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