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Richard SinclairとFender Jazz (その5)

本稿の最終回は、1980年代以降のRichardの活動を追うこととする。1970年代の改造を経て、メインで使うベースの仕様も1980年頃には固まったようである。以降、メイン機は時折交換されているものの、「ピックガードなし、フロントピックアップをスプリット・シングルコイルに換装した、ナチュラルカラーのフレットレスFender Jazz」という基本仕様は大きく変わらず、現在に至っている。

Camel脱退後、1980年代のRichardの活動は地味ではあるものの、所々で光る作品を出している。Camelを去った後、またしばらくローキーな活動となるが、1981年にはAlan Gowen (Key)、Phil Miller (g)、Richard Sinclair (b, vo)、Trevor Tomkins (dr)の4人でBefore a Word Is Saidを発表している。本作は、同年に白血病で世を去ったGowenの最後の録音作品として知られている。

Gowenは1977年にNational Healthを抜けた後、Hugh Hopper (b)、Elton Dean (sax)、Pip Pyle (dr)によるSoft Heapを結成、程なくドラムがDave Sheenに交代したためグループをSoft Headに改名し1978年にアルバムRogue Elementを発表、同じく1978年には第2期Gilgameshを立ち上げ、Phil Lee (g)、Hugh Hopper (b)、Trevor Tomkins (dr)の4人でセカンドアルバムAnother Fine Tune You’ve Got Me Intoを録音した後、1979年にはNational Healthに復帰する一方でSoft Heapも再開し、アルバムSoft Heapを発表するなど、精力的に活動を行っていた。それと同時期に白血病も徐々に進行していたようで、1980年にHugh HopperとのデュオでTwo Rainbows Dailyを録音した頃には、病状がかなり悪化していたと思われる。

1981年にBefore a Word Is Saidを録音した時点でGowenは既に死期を悟っていた模様だが(恐らく共演の3名も気付いていただろうが)、そうした悲壮感は感じさせず、4人の気の合った演奏で本作を完成させている。

4人の演奏写真を写した本アルバムの裏ジャケを下に掲載する。Richardが弾いているベースが、Camel在籍時後期に使っていた木目ツートーンではなく、ナチュラルカラー単色に替わっていることに気付く。本体にピックアップを換装した跡がないことから、以前に改造し倒しながら使っていたナチュラルカラーのFender Jazzではなく、新しいものを調達したのだろう。ピックアップの形状はCamel時の木目ツートーンの時のと似ているが、フロント、リアのピックアップとも白色になっており(Camel時後期のは、フロントのスプリットシングルコイルが白、リアピックアップが黒と、色が違う)、改造した感じは見られないことから、このような仕様のFender Jazzを注文して作ったのではないかと推定される。

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Richardの額も随分すべすべとしてきた(当時33歳)。代わりに両サイドと後ろを伸ばしており、いわゆる落ち武者ヘアである。ただし、落ち武者ヘアのインパクトに関しては、Soft Machine時代のRoy Babbingtonの右に出るものは少ないと思われ、それに比べここでのRichardは、白黒写真の効果もありかなりアーティストな風貌の落ち武者である。

本作の1曲目Above and Belowで、Richardの長いベースソロを聴くことができる。私にRichardのベストパフォーマンスを選ばせたら必ず3傑の1つに入ってくる名演である(あとの2つのはその時々の気分で変わる)。本アルバムは、LPは勿論、再発CDも今は廃盤となっており、この曲を動画サイトにアップしたものは見つからなかった(同アルバムの他曲でアップされているものはあった)。マイナーなレア盤で値段高いけどご興味ある方は中古を探してみては、と言おうかと思いきや、Apple Musicで本アルバムが販売されており、フルアルバムは1,224円、Above and Belowの1曲だけなら153円で買える。意外と侮れないApple Music。

なお、このアルバムの録音後しばらくして、Phil Millerが自身のバンドIn Cahootsを結成したのだが、その初期にRichardが参加していた際のライブ画像が残っており、1曲目でAbove and Belowを演奏している。Phil Miller (g)、Elton Dean (sax)、Peter Lemer (key)、Pip Pyle (dr)、Richard Sinclair (b, vo)の5人編成で、1883〜84年頃の演奏とされている。


1983-84年: In Cahoots “Above and Below” etc.

Richardは、1985年にIn Cahootsを去っており(Hugh Hopperに交代)、在籍時に録音したアルバムがないことから(1989年にPhil Miller名で出されたSplit Secondsにはゲスト参加)、貴重な演奏である。…なのだが、この映像、各曲の演奏の途中で編集を入れて端折って繋いでいるのが残念である。1曲目のAbove and Belowが始まったと思いきや、Richardのソロ開始前で切られてソロの後半まで飛んでしまうのは憤慨やるかたないが、ソロの後半だけでも画質は悪いながら映像付きで見られるのはやはり有り難い。

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ここでまた脇道に逸れてしまうのだが、どうしてもRichardのベースより風貌、特に頭に目が向かってしまう。申し訳ない。追い打ちを掛けるように、胸をはだけたアロハなシャツが柄の悪いおっさん感を醸し出しており、このインパクト強い風貌で首がヒョコヒョコ動くのを見ているだけで、酒のアテとして何杯も行けそうである。

ベースに話を戻すと、本体の形状は盤石のFender Jazzで、ピックアップ2個のうちフロント側はスプリットシングルコイル、かつフレットレスでピックガードなしという形状が確認できる。Before a Word Is Saidの裏ジャケ写真と恐らく同じだろう。Fenderがこのような市販品を出しているのを見たことがないが、改造した違和感も見られないので、恐らくカスタマイズ品として注文したのだろう。

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この他、1980年代前半のRichardの主な活動を挙げると、Caravanがオリジナルの4人にて再結成し(Pye Hastings、R. Sinclair、D. Sinclair、Richard Coughlan)、1982年に録音したBack to Front、同じく1982年にNational Health名義でAlan Gowenへの追悼盤として録音したD.S. Al Codaへの参加(1曲のみ歌で参加)、Hugh Hopperとのデュオ作品Somewhere in Franceなどがある。

オリメンCaravanが再結成し録音したBack to Frontはそれなりに良曲は揃っているものの、このメンバーによる初期Caravan(1970年代前半)の作風というよりむしろ、1970年代末のCaravanを継ぐ軽いサウンドになっている。初期Caravanらしさという点では、アルバム最後の曲であるD. Sinclair作のProper Job/Back to Frontが頑張っている。Richardは全曲でベースを弾いているものの、その時の画像が見当たらなかったので詳細は割愛する。今年8月末にCaravanの全集が出る予定のため、新しい情報を得られたら追加したい。

Hughと録音したSomewhere in Franceは、本職がベースの2人によるデュオだが、Richardはベースとボーカルだけでなくギターも担当、他方Hughはベースに加えてキーボードも弾いており、2人でベースを弾き合うというよりは、Hughの伴奏でRichardが歌うという趣の作品である。1990年代のRichardのリーダー作は、ギターを弾く歌ものの曲が多いが、本作はその先駆と位置づけられるだろう。


次いで、1990年代に話は移る。1990年3月および7月にHatfield and the NorthとCaravanの再結成ライブが行われ、Richardはそれぞれ参加している。Hatfieldは、オリメン4名のうちキーボードのDave Stewartが参加せず、代わりにフランス人のジャズピアニストSophia Domancichが参加している。Dave Stewartは(本稿を読んでいる人に釈迦に説法だと思うが、Eurythmicsの人とは同姓同名の別人)、既にStewart & Gaskinで商業的成功を得ていたためか、以降のHatfield & the Northの再結成にも加わっていない。CaravanはBack to Front以来のオリメン4人が再結集している。

Hatfieldのライブでは、1970年当時の曲に加え、Richardが後のソロ作品でも披露するGoing for a Song等の新曲が含まれている。Caravanのライブでも、初期Caravanの曲に加え、Headloss(Richard不在時の中期Caravanのライブでレパートリーだった曲)やVideos of Hollywood(Back to Front収録)なども演奏されている。両ライブとも、CDだけでなく後にDVDも出ており、それぞれRichardの動画を堪能することができる。なお、両CDともジャケットにRichardがフィーチャーされているのだが、鳥打ち帽で頭を隠しているのはいいとして、服装が「地方都市のスナックにいそうな、酔った勢いで喧嘩になっても仲良くなってもマズいタイプの人」のようにしか見えない。誰か、ステージ衣装について諫言する人はいなかったのだろうか。

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どちらのライブもRichardは同じFender Jazzを弾いているので、ここではその代表として、Hatfield and the NorthのライブでのRichardの名曲を取り上げたい。


1990年: Hatfield and the North “Halfway Between Heaven and Earth”

この曲では、RichardはCDジャケット写真の通り、Pip Pyleの背後に回り込んで歌っている。Pipのドラムとのインタラクションが拝めるという意味では嬉しいのだが、この曲ではRichardがフロントでベースを弾く全身スクショが撮れないので、別の曲での写真を以下に載せておく。

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Richardのベースの形状から、1980年代に使っていたのと同じ仕様のFender Jazzで、本体の木目から判断するに、恐らく同機と思われる。何かよくわからないシールが本体に貼られており、このシール自体も貼ってから結構歳月が経ってます感もするが、1980年代後半の写真が少ないので、いつ頃からこのシールが貼られていたのかはわからない。


1990年代にはRichard自身が率いるバンドCaravan of Dreamsでの活動も開始しており、スタジオ録音作Richard Sinclair’s Caravan of Dreams(1992年)及び2枚組ライブアルバムAn Evening of Magic(1993年)を発表している。ただしバンドの名称が、Pye Hastingsが率いる本家Caravanと揉めたのか、次のアルバムR.S.V.P.(1994年)はRichard Sinclair名で出している。この時期の画像があまりないのだが、R.S.V.P.のジャケ写真(下)から察するに、引き続き同じFender Jazzを弾いていたと思われる。

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なお、この時期のRichardのソロ作においては、Richardはベースでなくギターを弾いて歌っている曲も多い。ライブアルバムAn Evening of Magicでは、下の写真の通り、Richardはギターを、ベースはRick Biddhulph(Hatfield and the Northでローディーとして参加)が担当している。ツアーに出ようとしたもののギタリストが確保できなかったため、ここではRickにベースを弾かせて自分はギターに専念したとも言われている。

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他にはDave Sinclair (key)とAndy Ward (dr)が参加しており、折角この2人が参加する編成ならば、特にHalfway Between Heaven and Earthでは、やはりRichardにはベースを弾いて貰いたかったところではある(Hatfield and the North時代の彼の名曲を、別のバンドにてそれぞれ相性の良かったこの2人と演奏するとどうなるか、聞いてみたかった)。しかもこの曲をギター弾きで歌うのに慣れていなかったのか、歌詞を鼻歌で誤魔化しているところもある。本人の性格上、そんなこと大して気にしてないだろうけど。

なお、Richardのギターは基本的に伴奏中心ではあるが(エレクトリックギターでも音はあまり歪ませず、ナイロン弦を弾くかのような音色)、この時期よりレパートリーに加わったインスト曲Felafel Shuffleでは独特なギターソロを聴くことができる。Richardがギターを弾いている曲で名演を1つ選ぶとしたら、個人的にはこれだろう。


1993年: Richard Sinclair’s Caravan of Dreams “Felafel Shuffle”

2000年代に入ると、Richardのベースが再び新しいものに変わっている。基本的な仕様は前のものと同じで、フロントピックアップをスプリットシングルコイルにした、ナチュラルカラーのフレットレスFender Jazzだが、マイナーな変更点として、ネック上のポジションマークの形状がブロックからドットに変わっている。

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2002年の自主制作版Live Tracksのカバー写真。画質が今ひとつだが、ポジションマークが前のと違うのは何となくわかる。本体に貼られていたシールもなくなっているので、新しいベースに換えたと推察することができる。それはさておき、相変わらず、お天道様の下を歩かせるのを躊躇う謎なファッションである。

2005〜2006年にHatfield and the Northの再結成ツアーが行われており、その時の動画(観客が勝手に録画したものと思われるが)が色々とネットに上がっている。このツアー中の2006年8月28日に、体調不良を抱えていたPip Pyleが急死している。ツアーの残りの公演はMark Fletcherが代役としてドラムを担当して乗り切ったが、グループの精神的支柱であるPipを失ったということで、Hatfield and the Northの活動はこれにて終了する。2017年にはギターのPhil Millerもこの世を去っており、悲しいかなもう二度とこのグループ名で活動することはないだろう。

下の動画はPipが死去する2日前の、Pipが演奏した最後のライブと言われている。


2006年: Hatfield and the North Live in Groningen (The Netherlands)

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Richardのベースを見ると、1990年代まで使っていたものとは異なり、ネックのポジションマークがドットになっていることがわかる。Richardのご尊顔・ご尊像もすっかり爺さんとなり(2006年時点で58歳)、ようやく頭髪に年齢が追いついてきた感もする。この時のツアーでは、キーボードはAlex Maguireが担当している。

Hatfield and the Northのツアーが終わった後の同2006年、Richardは英国を離れ、イタリアの地方都市マルティーナ・フランカに移住する。以降、現在に至るまで、当地の生活を楽しみつつ音楽活動を継続、といった様子である。日本に最後に来たのは2014年だが、流石に再来日はないだろうか。本人のFacebookにて、2019年にCaravanのNine Feet Undergroundを弾いている様子が投稿されている。緩めの演奏なので、恐らくコンサート本番ではないと思われるが(リハーサル?)、余生を謳歌するかのように楽しそうで羨ましい。


2019年: Richard Sinclair etc.: Nine Feet Underground

https://www.facebook.com/100002842513435/videos/2028336113937786/

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本人のFacebookでは、上記の動画の他、ギターを弾いている様子なども不定期的に投稿されている。ギターはその時折で違うのを弾いているようだが、メインで弾くベースは2000年代以降、ほぼ不変の仕様のFender Jazzである。

Caravanデビュー以来50年余り、Fender Jazz一筋、それも同じものを長年使う傾向が見られ、愛器へのこだわりが感じられる。

途中あれこれと脱線したこともあり(特に頭髪ネタはやりすぎたか)、当初の予定よりも間延びした挙げ句、最後は駆け足気味になってしまったが、これにて本稿は終了とする。今回は「Richard SinclairとFender Jazz」という切り口で彼の経歴を追ってみたが、Richardに関してはまだまだ語りたいことも多く、また機会があればあれこれ論じてみたい。

(次は未定ですが、当面は様々なミュージシャンを不定期的に取り上げてみたいと思います)

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