Richard SinclairとFender Jazz (その3)
前回は、Hatfield and the North在籍時のRichardを振り返ってみた。Caravan在籍時末期からHatfield and the Northに至るまで、基本的に同じFender Jazz(ナチュラルカラー、ピックガードは外した)を使っており、1975年の映像ではピックアップ部分が改造されていたことが確認できた。
前回も少し触れたが、1975年にHatfield and the Northが解散した後、Richardの音楽活動はローキーとなり、実家の大工仕事を手伝いながら時折ステージに上がっていた(少なくとも音楽活動で生計を立てていなかった)模様である。残念ながら、この時期の映像や録音は見聞したことがないが、Bill Brufordがドラムで参加したステージもあったようである。
Richardが表舞台に戻ってくるのは、1977年にCamelに加入し、5枚目のアルバムRain Dancesの録音に参加するところからである。Camelは1971年末にステージデビューして以降、不変のメンバー4人体制が続いたが、バンドのテクニカル水準が上がるにつれ、ベースのDoug Fergusonに対する他メンバー、特にドラムのAndy Wardの不満が高まり、1977年初旬にDoug Fergusonはクビ同然の扱いで脱退したと言われている。Andy Wardは目指す音楽の方向性としてHatfield and the Northもイメージしていたようで、後任のベーシストとしてRichardに白羽の矢を立て、自ら電話して誘ったと言われている。
Richard加入時にCamelは既にRain Dancesの録音を開始しており、Richard本人も後に「最初はセッションミュージシャンのような扱いだった」と語っている。実際、SkylinesではAndrew Latimer (g, vo)がベースを弾いており、Richardは全く参加していない(Richardが参加していない曲はもう2つある)。Tell Meも、歌はRichardだがベースはLatimerが弾いている。
ともあれRain Dancesリリース時には正式メンバーとなっており、裏ジャケの通り、4人で写真に写っている。各自バラバラな表情をしているのはお遊びとして、Richardはこの頃から額をすだれ髪で隠すのを諦めたようである。御年まだ29歳(1948年生まれ)で、左隣のPeter Bardens (key, vo、1944年生まれ)はRichardより4つ上、後ろのLatimer(1949年生まれ)は1つ下、左端のAndy Ward(1952年生まれ)は4つ下という年の差なのだが、髪のせいで年齢以上のおっさん感を示している。なお、Richardより先にMel Collins (sax)がCamelの準メンバーとして参加していたものの、Rain Dancesの録音時は正式メンバーになるのをまだ保留していたようで、ここでは写っていない。Rain Dancesの発売後にMelも正式加入し、5人体制となった。
Camelは、結成当時はAndrew LatimerとPeter Bardensの双頭体制だったが、この時点では既にLatimerがバンドの方針について強い発言権を持っていたようである。これまでにRichardが属していた初期CaravanやHatfield and the Northは合議制のバンドで、Richardも相応のイニシアティブを持っていたが、今回はバンマスが強い権限を持つバンドに途中参加ということで勝手も色々異なっていただろう。Latimerからあれこれと指図を受けることも多かったかもしれず、Camelにいた2年弱は彼にとって必ずしも居心地は良くなかったかもしれない。後年のインタビューでCamel在籍時について訊かれると、「Latimerがね(苦笑)」的な受け答えをするところからも察せられる。
Richardのような自由人が何故敢えて居心地の悪いバンドに入ったのだろうと訝しみたくもなるが、Hatfield and the Northが解散した一因として、高度な音楽性に見合わず経済的成功が得られないことに対してメンバーが欲求不満を募らせていたこともあったと言われている。Richard以外の3名はNational Healthとして再結集するものの、ファーストアルバムをリリースするまでに2年以上掛かっており、経済的に恵まれない状況が続いていたようである。RichardがCamelに参加した理由として、ぶっちゃけ、安定した収入が得られるというのもあったのだろう。アヒルに言われるまでもなく、おカネも大事である。RichardをCamelに誘ったドラムのAndy Wardとは相性が良かったのか、1990年代のRichardのソロ活動においてAndy Wardは継続的に参加している。
なお、Camel加入前に、RichardはPeter Gabrielのバンドのオーディションに応募したものの、Tony Levinに負けたと言われている。とはいえ、仮にPeterのバンドに参加していたとしてもバックでベースを弾くだけだったかもしれず、他方ボーカルが弱点と言われていたCamelに参加したことで多くの曲でリードボーカルも取れたことを考えると、結果論としては良かったのかもしれない。
RichardがPeter Gabrielのオーディションを受けていたというのも少し意外な感じもするが、敢えてRichardとGenesisとの接点を挙げると、1995年に出されたGenesisのトリビュートコンピレーションSupper’s ReadyにRichardも参加し、For Absent Friendsを歌っている。初期のGenesisでは英国の牧歌的な情景も漂わせていたことから、カンタベリー出身のRichardとも通底する部分はあるのかもしれない。
1995年: Richard Sinclair "For Absent Friends"
For Absent Friendsは、GenesisのサードアルバムNursery Crime(1971年)に収録されている小曲で、Phil CollinsがGenesis加入後初めてリードボーカルを取った曲とされている。Peter Gabrielという不動のフロントマンがいるGenesisで、1曲だけとはいえ、ドラマーとして加入したばかりの彼がリードボーカルの曲が入ったのは意外な感じもするが、アルバム1曲目のThe Musical Boxでいきなりお腹いっぱいにさせた後なので2曲目は箸休め、という位置づけで採用されたと思われる。当時のPhil自身も、10年後に自分がドラマーではなく歌手としてバカ売れすることになるとは全く想像していなかっただろう。
それはさておき、話をRichard在籍時のCamelに戻す。初期CaravanやHatfield and the Northに比べると、「他人様のバンド」感が拭えないが、Richard加入後の5枚目のアルバムRain Dances(1977年)と6枚目のアルバムBreathless(1978年)は、それまでのCamelの作品に比べ、リズムセクションが引き締まった感がある。RichardがCamelに影響を及ぼしたというよりは、バンドがテクニカル指向を強める中、Richardのベースがうまく適合したと言った方がいいだろう。
なお、Richardのベースに関する大きな変化として、Camel加入以降、フレットレスベースを使い始めたことが挙げられる。Hatfield and the North解散からCamel加入までの1年数ヶ月のブランクの中で切り替えたと思われるが、元々Richardのベースは指弾きで、アタック音を抑えたソフトな音を好んでいたことから、フレットレスへの転換は自然な成り行きだったのかもしれない。Camel在籍時の前半(1977年のRain Dancesツアーまで)は、これまでCaravanやHatfield & the Northで使い倒してきたナチュラルカラーのFender Jazzをフレットレスに改造して弾いていたことが確認できる。
1977年: Camel “Never Let Go”
Rain Dances発売後の1977年9月よりCamelは英国ツアーを開始するが、それに先立ち、BBCの収録番組としてロンドンHippodromeで演奏されたものである。後年発売されたCamelのDVD2枚組 Moondancesにも収録されている。なお、このDVDのタイトルは、1976年のMoonmadness期のライブと1977年のRain Dances期のライブをそれぞれ1枚ずつ収録したということで両アルバムのタイトルを合成したという安易なものである。
なお、Rain Dancesの再発版CDのボーナストラックにも上記のBBCライブが一部収録されているが、このCDでのボーナストラックは、Rain Dancesでの新曲をライブ演奏した6曲のみで、他の曲(旧アルバムの曲)がカットされている。なので、このライブの(ほぼ)全容を聞くのであれば、上記DVDを入手することをお勧めする(同BBCライブの海賊版CDも出ているが、音質はDVDの方がよい)。
なお、1978年にはCamelの2枚組ライブアルバムA Live Recordがリリースされており、同じく1977年のツアー時のライブ演奏が収められている(Richard参加時のライブは1枚目の途中まで。1枚目の終わりと2枚目はそれ以前の、Doug Fergusonが在籍していた時の演奏)。BBCライブのDVDとは曲目は一部重なっているものの、BBCライブとは別のコンサートの演奏で、同じ曲であっても別バージョンのライブを聴くことができるので、両方聴いても損はない。
A Live Recordが最初にLPで発売された時、Deccaは何をトチ狂ったか、1枚目(Richard加入後のライブ)の曲順を原曲の発表順に並べ直すという愚行を犯している。そのため、ライブ終盤のヤマ場として演奏されたNever Let Goが、原曲はファーストアルバム収録ということで当ライブアルバムでは1曲目に置かれており、そのせいでライブアルバムがこの曲で出オチしてしまっている(アルバム1曲目でNever Let Goを聴かされるとそれだけで「やっぱ最後は盛り上がったねー」感がしてしまい、2曲目以降がおまけのように感じる)。このアホさに流石に気付いたのか、後年CDで再発された際、LP未収録曲を足すとともに(実際にはRain Dancesの曲がコンサートで多く演奏されていたのだが、スタジオアルバムも出たばかりで曲が重複すると思ったのか、LP版のA Live RecordではRain Dancesの曲が大幅カットされていた)、当時のライブ演奏での曲順に戻されている(でも当時のライブのラインアップ全曲ではなく、同ツアー中のいくつかのコンサートの録音を継ぎ接ぎしてbest of liveにしている)。
Never Let Goは、Camelのファーストアルバム(1973年)でのハイライト曲で、Camel全史を通じても代表曲の1つと言っていいだろう。ただ、原曲は時代がかったもっさりとした曲調で、正直言って今となってはダサい。特に、最後のギターソロの手前でNever let goと連呼するところは恥ずかしい。Richard加入後のライブ演奏では、この中間のダサい部分がごそっとなくなり、代わりに原曲になかったRichardとAndy Wardによるベースソロとドラムソロで長い時間を取っている(上記の写真は、Andy Wardとのソロの掛け合いの場面。左端から突き出ている12弦+6弦のダブルネックはLatimerのギター)。とはいえ曲の最後は、Latimerの「美味しいとこは俺が持って行く」ギターソロで終わる。ボーカルもPeter BardensからRichardに代わっているが、Richardは原曲通りに歌うのが嫌だったのか、ほぼどのステージでもメロディーの一部を原曲から少し崩して歌っている。このBBCのライブでは、うっかり声を裏返らせた場面もある。
なお、A Live RecordでのNever Let Go(別のコンサート)では、Richardは原曲通りに歌っており、Latimerから「今日はライブアルバムの録音があるからきちんと歌え」とご指導が入ったのかもしれない。
さて、上の写真でのRichardのベースに注目すると、本体中央に凹みができていることがわかる。前回紹介した1975年のHatfield and the Northでのライブ映像では、元々Fender Jazzに付いていたシングルコイルピックアップ2個を外し、その中間をくり抜いて新しいピックアップを取り付けていたことが確認できたが、1977年時点ではまたそれを外して元の位置にピックアップを2個付け直したようで、中央に付けていたピックアップを外した跡が残っている。
上の写真は、ベース本体がアップになった時の画像。本体の一部がキラキラとしているのは、元々付けられていたピックガードを外したビス跡が反射したものと思われ、本稿の初回で紹介した、1972年のWaterloo Lily期と同じFender Jazz(下写真)と同じものを改造しながら使い続けていたのだろう。よほどこのFender Jazzが気に入っていたのか、買い換えるカネがなかったか。なお1977年のベース(上写真)に取り付けられているピックアップは、Fender純正のものとはやや形状が異なるようなので(Fender純正のピックアップでは、ネジ止め箇所がネック側とブリッジ側それぞれ2つずつ突き出ているのに対し、1977年のベースに付けられたピックアップは、その突き出た箇所の形状が違うように見える)、恐らくサードパーティー品を買って付け直したのだろう。
なお。1972年時点(上の写真)では、フレット部分に影が付いており、つまりフレットが突起していることがわかるが、1977年のベース(下の写真)にはそうした影が見えず平面的なフレットラインになっていることから、フレットレスベースに改造されていることが確認できる。実家が大工ということで工具は色々揃っていただろうし、自分で工作したのかもしれない。
下の画像は、このステージでUneven Songを歌っている途中、Richardを背後から撮影したショットなのだが、Richardのベース本体の背面にHatfield and the Northのロゴが付いているのがはっきりとわかる。Camel加入前から使っていたのと同じFender Jazzであることを示すダメ押しの証拠と言えるだろう。この画像では、手前から順にRichard、Andrew Latimer、Mel Collins、Peter Bardensの4名が並んで写っている。この画像では見えないが、LatimerはCamelのスタッフTシャツらしきものを着ており、Camel愛を惜しげもなく出している一方、その横でRichardは密かにHatfield愛を滲ませていると思うと、微笑ましい。
本稿は、当初3回ぐらいで書き上げるつもりだったが、色々話が脱線したせいでまだしばらく続きそうである。Camel在籍時の後半については、続く第4回にて論じたい。
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