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西成ガギグゲゴ【七人の侍 伍】

だいたい日曜日の昼ぐらいに
彼は、訪れる
四等身程のビジュアルで、まったく歯が無い
ニカ―と笑うと、何とも言えない表情になる
「今日も持ってきましたよ」だいたいがこの入りである
ドン・キホーテで買った、格安の卵をその場で料理しだす
特製のたまご焼きを作ってくれる
ダブルソフトのパンも買ってきて、サンドにして
その場に居合わせた人達に振る舞う
「はるきさん、いかがですか?」
美味しい本当に美味しい
まったく歯が無い彼の名は、伍
毎回、たまご焼きをつくりに来る
たまに、ポテトサラダを大量に仕込み持って来てくれる
材料費に手間賃を上乗せして伍に手渡す
「いいんですか ありがとうございます」と言って去っていく
30分後、前回の倍の材料を買ってきて、もう一度、たまご焼きを焼きだす
そして、また振る舞いだす
「気持ちですから」と言い残し去っていく
わたしは、壊れてしまった電化製品や鉄くずを溜めておいて伍に持って行ってもらう
「これで、またポイントが貯まります」
そう言って、自転車に括りつけて持って帰る
5年位前、人夫出しだった伍は、ピカスペースにふらりと飲みに来た
かなり薄汚れた作業着だったのを覚えている
ビジュアル的に100点だったので、わたしは伍を気にいってしまった
それから、ぽつぽつ自分のお気に入りの何かを持ちこんで、わたしに見せてくれた
当時、伍は週末にフリーマーケットに2人で出店していた
解体業で出てきた玩具や珍しい物を商品にして転売していた
ピカスペースには色々な玩具が当時あった為、伍に手渡してフリーマーケットで売ってもらっていた
売上はあげると言っているのに、何か商品が売れると伍は店に来て売上の倍以上を飲んで行くのであった
別にいいよと言っても
「気持ですから」と言い残し去って行った
伍に出会ってまもなく、「近場に現場がありますから、はるきさんいかがですか?」
と誘われたので面白そうだから行く事にした
後日、指定された場所に到着、倒壊しそうなビルだった
私の人夫グループは、私を含めず5人
それ以外に大工、K点屋、配管屋などがいた
軽く挨拶程度はあるが、ちゃんとした自己紹介など無い
5人がそれぞれ大胆な顔立ちをしていた
客商売をしていると、だいたいの人相でおおまかなイメージにはめる癖が出来てしまった
意外と信用していて、イメージから外れる可能性の方が低い
これは、わたしの特技である
ただその時の面子の人相はあまりにもでたらめで、まったくイメージ出来なかった
ただ唯一の共通点は、5人がガ行に見えた
ア行カ行サ行とあるが、それらに決してあてはまらない
バラエティに飛んだ存在
濁点がついたガ行に5人が重なった
だから5人に勝手にガ行を割り振った
ガ→ 十代であろうサイズ感の合わない作業着と鋭い眼を持つ少年
ギ→ ひたすら地面を這いずりまわりながら、転売できる物を探すおっさん
グ→ プッシャーみたいな人間、覗き込むようないやらしい目をしており「かまへんかまへん」が口癖のおっさん
ゲ→ 常にぼんやり遠くを眺めている 大男
ゴ→ 今回の主役の伍
本当に酷い現場だった
ちりとりとバケツをあてがわれ、延々と雨水をバケツに入れ、運んでは捨てを4日間繰り返した
雨は降り続けていた
雨水は常にビルの至る所に留まり、そのテリトリーを広げていた
監督が飛んだような現場であるから
当然 進捗具合も杜撰だった
何度も何度も業者も入れ替わり、私の目から現場を見ても、終わりの見えない末期癌ビルであった
指示をする人はいない、大工や配管屋は自分達の仕事で精一杯、我ら人夫出しグループは、何の指示も無く掃除か、
ちりとりバケツを繰り返して17時を目指した
ちりとりバケツ作業は、何の意味も見いだせない行為だった
かなり苦痛だった
ただ何の意味も無い行為でも、ガギグゲゴ連中は黙々とちりとりバケツをしていた
その時の強烈な4日間の、出来事や人間模様
圧倒的な個性、それを何かにしたいと思っていた
西成ガギグゲゴというワードは、伍と出会ってから生まれた
その時に出会ったグが伍をフリーマーケットに誘い
週末にフリーマーケットに2人で出店していた
グは本当に話し上手だった
いつのまにか家を借りだして、伍と折半で支払う段取りをした
住居兼商品の置き場所として、稼働させて一室を伍にあてがった
しばらく2人で共同で使っていたが、ある時、家に商品を取りに行ったら家の鍵が合わなくなっていた
これは、おかしいと思い中を覗いた所
全ての商品は無くなっていた
裏切られる話は、この辺りではよくある話だ
伍のように素直で優しい人物は、西成では稀な方だった
恨んでるわけでもなく笑いながら伍はその事について話してくれた
伍は、根が素直で優しいので元請けの土木会社からも優遇されて、手配師のような立ち位置になっている
手配師とは、元請けからそれなりに信用されていてその日の必要な人材を集める人を指す
そこからだいたいの手配師は、一人当たり1000円をピンハネするのがこの辺ではあたりまえだが、伍はピンハネをしない
手配師はそれなりの人材を抱えていて、その人材達から信用されている
ただ、伍は自らそうなったのではなく
ならざるをえなかったようにわたしからは、見えた
伍は土木の現場に行き、真鍮や屑線などの買取可能な素材を収集している
屑線などはそのままスクラップ屋に持って行くのが基本だが、被覆が着いてるため単価が3割位安くなる
被覆を剥がしてしまえば、相場で引取ってくれる
しかしそんな手間なことなどしないのが普通である
伍がすごいのは、その手間を惜しまないところだ
5時間ぐらいかかりましたと言い
銅の塊を1kg持ってくる
相場は売る場所によって違うが、1kgの銅は640円くらい
1時間当たりの時給は、128円
それをするのが、伍のすごいとこである
「全てお金に変わります」
「お金に変わる物は、ポイントと言います」
「Tポイントカードと一緒ですよ」
「ただ、Tポイントカードは、使える所がかぎられるでしょう」
「はるきさん!!このポイントはどこでも使えます!!」
このワードの時の語尾は強い
電化製品の中は、ポイントの宝庫である
中にあるコイル状の銅などをばらして行く
銅は、銅
アルミは、アルミ
鉄は、鉄と分けていく
ポイントにならない部分のみを廃棄する
その行為を面白いと思っているわたしに、伍は何をバラせば、そこにどのような形状のポイントがあるか
実際に持って来て説明してくれる
「金属は、磁石にくっつかないものがお金になります」
「ポケットには、ニッパーを持っていた方がいいです」
「削って黄色がでたら真鍮です」
色々教えてくれる
わたしは、もう必要無くなった電化製品や鉄屑などをとって置いて
伍が来た時に、引取ってもらうようにしている
「はるきさん、何でもポイントになりますからね」そう言い残し帰って行くデカいアンプを引取ってもらった時、どこでバラすのか尋ねたら「三角公園」と言っていた
三角公園とは西成の中にある公園で、西成の中心みたいな所だ
西成のイベント事やお祭りには三角公園が会場になり、LIVEや盆踊りプロレスなどが開催される
それ以外の時は解放されていて、日雇い労働者の情報共有兼憩いの場所になっている
TVが一台高い位置に設置されており、それを労働者が立って眺めている光景も当たり前のような場所である
度々、炊き出しもされておりおびただしい人の列が連なったりしている
三角公園の一角に伍は、基地を持っている
その基地でバラシていくのである
基地には、カセットコンロやフライパンもあり
腹が減ったらそこで、炊事もするみたいだ
お得意のたまご焼きを作り、食べていた所
日雇労働者の人が来て「1つくれ」となった
そこで、たまご焼きを焼いてあげたところ、美味いとなり
そこから注文が入るようになった
クチコミで広がり客が増えだした為、伍はそれを弁当にして300円で販売しだした
一日に20食以上出るのが当たり前になっていた
ただ伍は、人が良すぎる為、20食以上売れても採算があわなかった
評判だったが赤字のため、弁当屋はすぐに廃業した
そのままバラシ作業に夢中になり、三角公園で寝る時も今だにあるみたいだ「青空の癖が抜けないんですよ」そう言って笑った
伍は鹿児島出身だ
8歳の時に、岡山に引っ越した
子供の頃から、ダンボールを集める人やアルミ缶を集める人、
ガラクタをリヤカーに積んで運んで行く人を見ては、不思議と興味が湧いていた
小学3年生の時に、我慢できず目星を付けていた1人のおっさんのゴミ屋敷に通うようになる
最初、そこのおっさんは伍を疎ましいと感じ、まったく相手をしなかった
毎日毎日、学校帰りに通う伍におっさんは根負けした
そこからおっさんは、伍に対して路上生活の術すべてを叩き込んでいくのである
伍は、家庭環境が変だったみたいだ
あまり話そうとしないので、そこには触れていない
母親から何度も何度も言われたのは、「食べ物は、手足についている」
「手足を動かしてお金を稼ぎなさい」何かある度にそう諭されてた
子供ながらにどうやったらお金を稼げるか考えていた
そこで、路上生活者の何か怪しげな、毎日見る光景にもしかしたらと思い、飛び込んでみた
小学3年生からアルミ缶集めやダンボールを収集して現金に換え、自分自身の給食代5000円を毎月支払っていた
小学生の友人達も伍に協力して、現金に換わるポイントを集めては
伍に手渡し、そこから小額の報酬を受け取った
友人達にも還元されていた
中学生に上がり、ようやく公認アルバイトの新聞配達が出来るようになった
現金収入が圧倒的に上がろうとも、その合間のポイント収集は怠らなかった岡山でネクタイセールス会社に就職したが、3ヶ月間給料が支払われなかった
社長が合間に飯でも行くかとなると、デパ地下に連れて行き
主食コーナーを指さし「さぁ 食べ放題だ」と言った
これは流石におかしいとなり、給料は3ヶ月未払いだったが辞めることにした
辞めたことを親に言えず
そのまま弁当を持って毎朝出勤した
月末に実家に生活費を入れられなくなり、かといって親に本当のことも言えずそのまま、とぼとぼ東へ歩きだした
「食べ物は、手足についている」
「手足を動かしてお金を稼ぎなさい」
母の言葉を胸に、ひたすら東に歩きながらポイントを収集していった
道中のスクラップ屋で現金に換えてもらい、路上生活をしながら進んだ
アルミ缶、段ボール、わたしたちがゴミにしているものが売れるのである
いわゆる路上生活者の生きて行くすべを極めつつ、歩んでいくのである
東へ東へと歩き続けて伍は、大阪の新今宮に辿り着いていた
当時、新今宮が日雇い労働者のメッカであるとは、本人は知らなかった
岡山から新今宮に来るまで2年の歳月が流れていた
2年間の路上生活で、路上生活者のメッカを探り当てた
そこからすぐに、どこに行けばお金が手に入るかを嗅ぎ取るわけである
最初に伍はドヤに入る
ドヤとは、日雇労働者を対象とした簡易宿所のこと指す
非常に安いのが特徴で、寝るだけなら問題無いと思うが、一般的な価値観の人が泊まるとしたら
越えなきゃいけないハードルがいくつかある
それなりに安定しだしてから、広い場所を求めて住まいを廃墟に移した
そこは、誰もいない壊れかけの廃墟だった
そこで日中は日雇労働に行き
夜は、収集したポイントを種類別にわけて貯めておき、スクラップ屋に種類別に買い上げてもらった
西成は、日本中からワケありの連中が集まるので、ある意味で人種の宝庫になっている
不思議なことに伍が仲良くなるのは、路上生活者ではあるが、収集して現金に換えてもらう同じ道中で、ゴミから別の形を生み出す連中だった
北海道ののぢさんは、ステンレスの固い針金1本で要望通りの物を作り上げた
ステンレスの針金が象になり車になった
ロボットならマルヤマさん、細かいビスなどを繋ぎ合わせてロボットを作り上げていった
彼らは、それらを泥棒市で売り出し生活の糧にしていた
そこで伍は、彼らの材料になりうるものも選別しておいて、彼らにそれをあげていた
そんな伍であったからか、彼らは伍に対して放置されてあるトレーラーを紹介した
伍はそこに拠点を移して2年間トレーラー生活をした
カセットコンロとフライパンでおかずを
近くの自動販売機の電源を拝借して炊飯器で米を炊いた
米だけはこだわっているらしく、高くても魚沼産のコシヒカリじゃなきゃダメみたいだ
理由は、単純においしいいから
冷めてもうまい
おかずがいらないと笑顔を向けた
2ヶ月の長期出張があり、伍はトレーラーに帰ってきた
トレーラーは無くなっていた
真新しい道路がそこにあった
家が無くなっても損害はカセットコンロとフライパン
それに炊飯器ぐらいと伍は笑った
2年間トレーラー生活している最中に、トレーラーの側だけ残し、あとはすべてバラしてポイントに交換していたのだ
たくましい
元々、路上生活者としては早熟していたため、あれよあれよと時は過ぎ去り
西成で34年目を迎えている
伍は、その道中で一つだけ悔いている事がある
27才の時、不法投棄で警察にお世話になった
その時、岡山から捜索願が出ていたことを警察官に通達された
警察官は身元確認で実家に電話したところ、奇しくも同日に
伍のおやじさんがたった今亡くなったことを知らされる
「たぶん、おやじは見ていたんだと思います」
そう言って伍は青空を見上げた
伍は、道に捨ててあるアルミ缶や電化製品を見つけると
「しょうがないな お前もか」と心の中で思うと言っていた
「本当にしょうがないんですよ 彼らが不憫でね」そう言って笑った
あるべき形に戻してもらって再利用される彼らは、ラッキーなのかもしれない
わたしは西成の中に入り込めば入り込むほど、異臭と共に芳醇な人間臭さを感じる
油と埃にまみれる日々でも、素朴で素直な人がいる
それがわたしにとっては励みになる
最近、伍のたまご焼きは少しずつ、この近辺で認知されてきている
非常に美味しいので、リピーターも多い
日曜日のみ、店の軒先にたまご焼きのブースを作り、一皿300円で販売している
小さめの移動型屋台も作ったので、2人で流しのたまご焼き屋をやろうと考えている
真っ黒な武骨な手で作られる、素朴なたまご焼きを是非食べてみてほしい
まったく歯が無い伍の笑顔は、付け合わせとしては完璧だから御一緒にどうぞ

Written by Haruki Kumagai
イマジネーションピカスペースWEB https://pikaspace.tumblr.com/




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