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『アフターダーク』を読んだ

2021/5/17、家にて読了。

全ては夜に起こる。章ごとの冒頭にある時計の文字盤のイラストから、読者はこの物語が一晩のうちに進行してゆくことを知る。部分的なエピソードを交互に読んでいく過程で、登場人物たちの人生がどのように交錯するのか、その総体を次第にぼくらは掴んでゆく。

夜の描き方がとても上手い小説だ。世界で自分の周りだけが活動しているようでいて、実は他の種類の、普段は関わることの無いであろう人々も密やかに存在しているのだという夜独特の空気感を、非常に的確に描写している。いつのまにか、昼とは全く異なる時間性を持つ夜という空間を、ぼくらは生きている。

目をひくのは、「私たち」の視点の特異性だ。いわゆる「神の視点」によって書かれた小説は多く存在する。その場合、作家は登場人物たちよりも高位の存在であり、彼らがこれから何をするのかを既に予想している。しかし本作では、作家は登場人物たちがこれからどうなっていくのかを知らず、また知っていたとしても、それを前面に押し出すことはない。あくまで登場人物たちに関与できない「透明人間の目」として、ただそこに存在するだけである。そして同時に、登場人物たちを冷徹に観察するメタ的なこの視線は、まさに読者である「私たち」に他ならない。そしてこの「私たち」のなかには、作家も含まれているのだ。この視点の発見により、読者である「私たち」は肉体を持たない魂となって、鳥のように物語世界を飛翔することが可能になる。

長編村上作品の魅力は、引用される良質な音楽、ずっとあとになってふいに思い出される示唆的な台詞と絶妙な比喩、人肌の温度を感じる結末にある。ぼくのプレイリストには、新しくヘビロテ用にCurtis Fullerの“Five Spot After Dark”が加わった。

どんな夜も明けるのだ。そう信じてもいい気がしてくる。

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