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『獄中からの手紙』を読んだ

2021/5/12、エクセルシオールにて読了。

曲がりなりにも大学でヒンディー語を専攻している身としては通っておかねばならない本だろうと思っていたので、先日丸善で見つけた折に思い切って買ってしまった。インド研究の大家である森本達雄訳とのことなので、安心して読むことが出来る。

政治犯として収容されていた期間、ガーンディーは自身が設立したサッティヤーグラハ=アーシュラム(ガーンディーと志を同じくするものたちが共同生活を送った施設)に向けて、毎週火曜の朝に手紙を書いた。そこにはしばしば独特であると形容されるガーンディー思想の真髄が記されている。たとえば彼は、最高存在である真理(सत्य:satya)と、そこから導かれる愛(अहिंसा:ahiṃsā、直訳すると「非暴力」)を前提として、全ての宗教の源は突き詰めていけば同一の神であると説いた。その思想の下で彼は、ヒンドゥー教徒を多く擁するインドと、ムスリムが多数居住するパーキスターンが分離独立することに反対した。元を辿れば同じ神なのに、宗教の「差異」によって人々がいがみ合うことを良しとはしなかったのだ。

特に興味深かったのは「不盗(अस्तेय:asteya)」の概念だ。ひとから物を盗んではいけないのはもちろんのこと、他人の持ち物に貪欲な目を向けたり、自分にとって不必要なものを受け取ることさえも、盗みに値するのでいけないというのである。その思想のストイックさには驚かされるが、それ以上にまるで彼が現代の食糧不足を見通していたかのようで戦慄を禁じ得ない。先進国が不必要な物資を独占しているために、発展途上国に必要な物資が回らないという状況を鑑みると、我々は知らず知らずのうちに不盗を犯しているといえるのである。

疑問に思ったのは、「禁欲(ब्रह्मचर्य:brahmacharya)」 の概念についてである。この思想は特に性生活を禁ずるものだが、ガーンディー自身はかなり奔放な性生活を送っていたという話を聞いたことがある。この本には記述されていないが、晩年になっても若い女性に添い寝をしてもらっていたというエピソードは有名だ。自身の思想と行動のギャップに対して、彼はどう折り合いをつけていたのだろうか?解説を読むところによると、彼は13歳の時に幼児婚を強制されたことがあり、この体験が彼の性に暗い影を落としているようである。

まあ聖人と言えども人間だ。そしてどんなひとにも歪みは存在する。彼が真に清廉潔白な宗教家だったのか、それとも戦略的政治家だったのかについては議論の余地がある。しかし、非暴力・不服従を以てインド国民の自尊心を高めたガーンディーの功績は、決してその高潔な輝きを失わない。インドの父の深淵な理想に触れることのできる良書だ。

P.S. ところで、胡粉ネイルの「おそら」色が、岩波ブルーにとても似ているそうである。涼し気な色だし、夏に向けて購入しようかどうか悩んでいるところだ。

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