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ひずんだ保守:柳田民俗学を手掛かりに

柳田國男の『先祖の話』(筑摩書房、1989)は、1944年という敗戦間近の時期に執筆された。柳田は「自序」において、混乱する日本社会の只中に置かれた心情を「まさか是ほどまでに社会の実情が、改まつてしまはうとは思はなかつた」と生々しく吐露している。また、日本民俗学の目的を「人を誤つたる速断に陥れないやうに、出来る限り確実なる予備知識を、集めて保存して置きたいといふだけである」と説明している。晩年の柳田のこうした切実な思いと、祖霊信仰に対する深い洞察が込められた書を前にして、我々が現在の状況を省みた時に、敗戦の色が濃厚だということを誰もが見ないふりをしていた当時と同じような状況が起こっていることに気付かざるを得ない。

たとえば3.11の大震災に伴う原発事故の問題がそうである。喉元過ぎれば熱さ忘れるとはよく言ったもので、一時は連日のように放送されていた原発関連のニュースもぱったりと途絶えている。これは我々のほとんどが、原発事故はもう片付いた過去の出来事であるとして見ないようにしているからに他ならない。敗戦と3.11には、多くの死者が出たという共通点がある。本稿では、近代保守思想の心境と学問を体現している柳田の『先祖の話』を手掛かりとしながら、戦後を経た現代の政治における保守性の歪みを論じてみたい。

柳田は単に先祖という死者を弔うだけでなく、死者と共に国の未来を創ろうとしている。死者としての先祖を考えることと、未来としての子孫を考えることは、物質的には現在において不在の存在を対象としている点で共通している。死者を考えることは、そのまま未来を考えることに直結するのである。このことを示唆するのが、柳田が「『御先祖になるのだ』といふ人に出逢つたのである」と語る箇所である。柳田は「後世子孫の為に計画するといふことは(中略)今時ちよつと類の無い、古風なしかも穏健な心掛だと私は感心した」と肯定的に捉えている。ここで感得されるのは、過去・現実・未来を貫く軸の存在である。「淋しいわずかな人の集合であれば有るだけに、時の古今に亙つた縦の団結といふことが考へられなければならぬ」と、柳田がより直接的にこの軸の存在について言及している箇所もある。そしてこれが「保守」というものの本質ではないか。つまり、保守思想には死者の存在が不可欠なのである。

ここで、3.11の例をひいて現在における死者の扱いをみてみたい。当時の民主党政権は、震災に対して後手に回り続ける対応で痛烈な批判を受けた。被災者支援より原発事故の責任問題を重視したことがその失敗の一因だった。しかしそうした「人災」すら、当時声高に叫ばれた「絆」というスローガンで乗り切ろうとするのが国家の態度であった。これはとても死者の存在に向き合った態度だとはいえない。イデオロギーとしての国家が哀悼の横領を行うのは、靖国問題にも通じる。戦後民主主義は、死者の存在を軽視する悪癖がついてしまったのである。

柳田の固有信仰は、死者をどう捉えていたのであろうか。祖霊は、生前の身分・業績・家柄などで区別されることはない。死者は、亡くなった当初は「荒みたま」として個々に識別されるが、時間の経過につれてひとつのみたまに融合する。つまり、あるひとの親類ではなくともひとつのみたまとして、あるひとの親類と同様に祀ってもらえるということである。この民間信仰は、内地の遺族が外国で亡くなった戦死者を祀る時にいくらか慰めになったであろう。内地にいながら遠くにいる死者を祀ることが可能になるからだ。

柳田は、靖国神社を「晴の祭場」とは呼んだものの、国家神道を標榜する神社に祀ったところで死者は浮かばれないことを見抜いていた。ここで柳田は、若くして亡くなった戦没者を各家で「先祖」として祀ればいいのだという斬新な発想を提示している。柳田によれば「御先祖様」という言葉の意味は、「やがて一家を創立し又永続させて、(中略)新たに初代となるだけの力量を備へていふこと」である。つまり、戦没者が国難に身を捧げたことを「初代となるだけの力量」を備えていたことと見なし、彼らを祀ることによって戦没者を始祖とする家を創出しようとしたのである。この風習が根付くことはなかったが、少なくともここには「国家」というイデオロギーは介在しない。

戦後民主主義は、選挙による選択を第一義としてきた。しかし選挙による選択を信奉し過ぎると、選挙により選択された為政者が暴走するという事態を招く可能性がある。日本について考えてみると、現在の安倍政権はかなり強権的であるといえる。2013年にメディア取材への懸念が上がりながらも特定秘密保護法が成立し、2014年には多くの反対を押し切り、憲法9条の解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認した。

このような政策を推進してきた安倍政権は自らを「保守派」であると称するが、果たして本当にそう言えるだろうか?保守思想には死者の存在が不可欠であることは、前述のとおりである。すなわち、先人の存在や知恵に敬意を払うことが保守派であるための資格なのである。戦後の議会制には、明確に成文化されてはいないものの確固として不文律が存在しているが、安倍政権はその不文律を続々と破っている。本当の保守派ならば、そうした不文律を尊重するはずである。

憲法に至っては、戦後の死者たちの存在を念頭に置いてつくられた主たるものである。くだんの第9条は「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と、たしかに抽象的な表現がなされている。しかしこの条文は、終戦直後の人々が得た生の声であり、死者たちの声の代弁であるという点において尊重されるべきなのである。また、1981年に集団的自衛権の行使について、「必要最小限度の範囲を超えるもので、憲法上許されない」との政府答弁書が閣議決定されて以来、解釈は定着していた。以上の事情にも拘わらず9条を解釈変更した安倍政権は、保守派ではなくむしろ革新派であるといえる。

我々に必要だったのは、民族独自の慣習のありようをじっくりと見直すという「時間」であるはずだった。柳田は「家はどうなるか、又どうなつて行くべきであるか。もしくは少なくとも現在に於て、どうなるのがこの人たちの心の願ひであるか。(中略)明治以来の公人はその準備作業を煩はしがつて、努めてこの大きな問題を考へまいとして居たのである」と指摘している。現在においてもそうした「公人」たちの態度は変わらない。死者を通してものごとを考え未来に生かすための考察を怠り、時間をかけるどころかむしろ時間をかけないことのほうに重きを置いている節すらある。

「喪の仕事」が行われないまま様々なことがとてつもないスピードで進行していったが、経済面でそうした例をあげるとするならば1960年代の高度経済成長期であろう。朝鮮戦争による特需景気を経たことで、工業は戦前の水準まで戻り、1956年の経済白書では「もはや戦後ではない」という象徴的な文言が使用された。この高らかな宣言を皮切りに、池田隼人首相が率いた「国民所得倍増計画」によって、我々は確かに経済的な豊かさを手に入れた。しかしその裏では四大公害病が発生していたのであり、戦争の「喪の仕事」すら終わっていないのに、公害によっていわば新たな「喪の仕事」が発生したということもできるのである。

安倍政権によるアベノミクスは、こうした高度経済成長期に対する礼賛の下で推進されてきた。しかし、高度経済成長期が「喪の仕事」を経ていない以上、単に目先のみの財政上の利益のみを追求する姿勢はいつか破綻を迎えるものである。2008年にノーベル経済学賞を受賞したPaul Krugmanは、2015年1月号のENGLISH JOURNALにおいて“(中略) you did a major turn towards fiscal austerity, which was exactly not the things to be doing right now.”と示唆的な発言をしている。日本政府は緊縮財政に向けて大きな舵を切ったが、今はそうした政策を採る時期ではないというのである。

政府がなぜこのような決定をしたかということの背景には、次の政権に繋ぐことを前提とした長期的な政策を念頭に置くことをせず、自分たちの政権が終わるまでに何かしら目に見える成果をあげようといった安直な官僚精神の存在がある。戦後の動乱の中で「喪の仕事」を見ないようにした明治、株価が上昇していることに気を取られ公害病を不可視化した60年代、原発問題の対応に追われ被災者たちの喪をないがしろにした3.11という「負の軸」の系譜に、Go Toトラベルなど行き当たりばったりの政策により経済を刺激しようとするあまり死者の拡大を招いているコロナの時代が加わるのではないかと思われるほどには、徹底的に死者の存在が忘却されている。皮肉なことに、この「負の軸」は、柳田が「時の古今に亙つた縦の団結」といったもの、つまり「正の軸」とでもいうべきものとは、正反対のところで時の古今を貫いていることがわかる。

戦後を経た現代の政治における歪みとは、死者へのまなざしを向けずに目先のことだけを片付けようとする官僚精神によって生じるものであり、選挙による選択に信頼を置き過ぎている民衆の能天気によって生じるものでもある。現代の政治における「保守」は、死者の存在を考慮していない時点で本当の保守思想とはいえない。「革新」という語に民衆が抱く恐怖を除こうとする欺瞞として「保守」という言葉が使われているのだ。

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