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『コーヒー哲学序説』を読んだ

2021/5/11、吉祥寺のカフェにて読了。

以前、駒場東大前の日本近代文学館に併設されたBUNDANという喫茶店におじゃました。最近Twitterでも話題になっていたところだ。

そこで「寺田寅彦の牛乳コーヒー」なるものを頂いた。どうやら『コーヒー哲学序説』という作品にあるやり方で抽出したものらしい。これが素晴らしく美味かった。濃厚でほのかに甘いミルクの味わいと、エキゾチックなコーヒーの香気に、ぼくの読書欲は大いに刺激された。

元来ぼくは紙の本でないと読んだ気がしないタチなのだが、今回は必要に迫られて電子書籍で読むほかなかった。というのも、青空文庫で底本を調べたところ、『コーヒー哲学序説』は岩波の『寺田寅彦随筆集 第四巻』に収録されていることがわかったからだ。いきなり第四巻に手を伸ばすのも気が引けるし、だからといって一巻から読んでいたら、いったいいつ『コーヒー哲学序説』を読めるようになるのかわからぬ。明日死んだとしたら、ぼくは夜な夜な読めなかった『コーヒー哲学序説』を求めて化けてでることになるだろう。そんな情けない幽霊になるのはごめんだから、とっとと読んでしまいたかったのだ。それに、いつまでも電子書籍を敬遠していたら、時の流れに完全に取り残された偏屈老人になってしまいかねない。今の時代に「スマホなんてものはけしからん」なんていうご老人がいたらどうだ、聞き流されるのがオチだ。ぼくには短い電子書籍を読むというリハビリが必要だった。

いざ読んでみると、電子書籍も思ったより悪くない。超ワイド版岩波を読んでいるような感覚だ。指でスライドすると画面がペラっとめくれるアニメーションがついてくる。紙の匂いや質感がないので物足りなさは否めないが、まあ短い青空文庫くらいなら電子書籍で購入してもいいのかなという気になった。Kindleで購入したほうが圧倒的に安いのはわかりきっていることだしね。

コーヒーに対する愛で溢れた文章だ。幼年時代に薬として飲んだコーヒーの香気が、寺田には「未知の極楽郷から遠洋を渡ってきた一脈の薫風」に感じられたというのだから、その陶酔ぶりがうかがい知れる。ドイツ留学時の郷愁をコーヒーで紛らわす描写には青春に特有の気怠さが漂っており、偉大な物理学者であった寺田寅彦にも青い時代があったのだと当たり前のことを実感する。ぼくが随筆を好きな理由は、作者の人生の感慨を追体験できることにある。

宗教・酒/哲学・コーヒーの二項対立は興味深かった。すこしの粉コーヒーをさらし木綿の小袋に入れて熱い牛乳に浸すように、寺田の人生観がじんわりと滲み出る記述だった。

「自分にとってはマーブルの卓上におかれた一杯のコーヒーは自分のための哲学であり宗教であり芸術であると言ってもいいかもしれない。」

どんだけコーヒー好きなのよ。

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