真理13

いまの人たちは、他人がダサい分には大丈夫な人たちが多いから、
自分が耐えられるならあなたがダサい分には問題ないよ

それにね、ダサさの基準や方向性は人によりけりだから、
あなたの感じてるダサさが人によっては最高にイカしてるなって感じてる可能性だってわりかしよくあることだろう


ちょっと前までの時代は、隣にいる人がダサいと自分もダサく思われることを気にして、他人のダサさは自分のダサさだっていう気持ちが、いまよりも偽りなく強くあったんだと思う
まぁ、それが偽りなんだけど

そして、それよりも前は、ダサいのは死活問題だったんだよ、きっとね、スケープゴートみたいなことだったり、同じ色に染めようとしたりさ、同じにならないやつは一緒にはいられないって、切り捨てられたりしてきたんだろう


いまの時代は切り捨てられても問題ないから、大丈夫だよ、
問題ないことに自分が気づいて逞しく生きていけばいいだけ、
そうすること以外に生まれてしまったぼくらが死んでいく術はないんだよ、
さもなくば永遠に繰り返してしまうよ

行きたいところにふらっと行きたい、ひとりのひかり暮らし、明日を恐れずに今日を生きたい、戦争と虫歯と宝くじのない世界を夢想してみる。