2021年に読んでよかった本10冊

今年も昨年に引き続きステイホームの時間が長く,多くの本を読みました.読書のペースがはやまった結果,コロナ前には 100 冊以上あった積読がなくなりました.コロナがなければ一生消化しきれなかったと思います.

今年読んだ本の中から特によかった本 10 冊をまとめてみようと思います.

アルツハイマー征服

アルツハイマーの根本治療薬を開発するまでの,研究者や製薬会社の挑戦を描いたノンフィクションです.アルツハイマーは癌と並んで難攻不落の病気とされておりましたが,最近になってついに,その根本原因がアミロイド β という物質であったことが確認されます.そして米国のバイオジェン社と日本のエーザイ社がアミロイド β を除去する根本治療薬「アデュカヌマブ」を開発し,去年 7 月に FDA に承認申請が出されました.

解明に至るまでは茨の道で,エーザイでの社内政治や,治験失敗による製薬会社の破綻,論文の捏造など様々なトラブルがありました.著者は 15 年以上も取材を続けてきたようで,その過程がとても面白く語られています.

ちなみに本書で描かれているのはアデュカヌマブの承認申請までですが,その後,今年の 6 月についに米国で承認され,大きな話題となりました.

KGBの男 - 冷戦史上最大の二重スパイ

冷戦時代にソ連の KGB とイギリスの MI6 との二重スパイとして活動していたオレーク・ゴルジエフスキーの一生を描いた本です.KGB のスパイであったゴルジエフスキーは,ソ連の共産主義に疑問を持ち MI6 との二重スパイになります.KGB で出世するにつれてより重要な機密情報をイギリスに流せるようになり,サッチャー政権における外交政策に大きな影響を与えました.ゴルジエフスキーの情報がソ連と西側との核戦争を防いだと言われています.

本書のラストでゴルジエフスキーはソ連からイギリスへ亡命するシーンがあるのですが,現在もなおイギリスで偽名で暮らしているようです.

約束の地 - 大統領回顧録

オバマ大統領の自伝です.上巻ではオバマ大統領の生い立ちから大統領就任まで,下巻では就任後から 2011 年のオサマ・ビンラディン暗殺までが描かれています.大統領就任後のパートから特に面白くなり,リーマンショック後の経済対策,メキシコ湾原油流出事故,オバマケアなど,次々に降りかかる難題に,それぞれどう考えどう対処していったかが丁寧に書かれていて,大統領の意思決定プロセスを辿ることができ興味深かったです.

ビル・ゲイツも今年読むべき本として紹介していました.

An Ugly Truth - Inside Facebook's Battle for Domination

Facebook が抱える数多くのプライバシーや倫理的な問題について,内部の証言をもとにその実態を暴いた本です.一貫してプライバシーや倫理観よりもプロダクトのグロースを優先する企業体質であったことや,問題の発覚後も適切に対処されない管理体制であったことなどが語られています.

社名を Meta に変更しブランドイメージを刷新した理由も,こうした背景があると言われています.直近も内部告発者の証言が話題になっていました.

2016年の週刊文春

今こそ圧倒的な存在感を誇っている週刊文春ですが,戦後に創刊されてから現在に至るまでの歴史が,その時々に日本で起きた出来事と重ね合わされながら編集者目線で描かれています.時には訴訟と闘い,時には命を危機にさらしながらスクープを断行したりと,「編集」の仕事の裏側をリアルに知ることができ,とても興味深かったです.

スクープは訴訟リスクが高く,かつビジネス的に不安定 (当たる時とそうでない時の差が大きい) なため,多くのメディアがスクープから撤退しています.思い返せば 10 年前くらいまではスクープのことを「FRIDAYされる」と言ってた記憶があります.しかし,文春は撤退せずに使命としてスクープをやり続け,その結果「文春砲」という名とともに現在の 1 人勝ちの状況を作り上げました.週刊誌マーケット自体は年々縮小し続けていますが,その中でも文春は発行部数でトップを維持し続けています.

コンテナ物語 - 世界を変えたのは「箱」の発明だった

起業家マルコム・マクリーンが 1950 年代に輸送用コンテナを発明してから普及するまでの道のりが描かれています.コンテナの普及により港での荷役作業を自動化できるようになり,さらに鉄道 - トラック - 船の間でシームレスに積み替えできるようになりました.結果として物流全体のコストを劇的に下げることになり,グローバル経済の幕開けとなりました.

ただし,普及までの道のりは長く険しいものでした.コンテナの導入により仕事を失う港湾労働者の激しい反発や,標準化を進めるにあたっての利害の衝突など,多くの困難と直面します.これら 1 つ 1 つと折り合いを付けていき,世界の物流を徐々に変えていくさまはまさにドラマでした.また,このような普及の過程はあらゆるイノベーションに通じるものであり,直近だと AI の普及が同じ過程をたどっているように思います.

今年はスエズ運河でコンテナ船が座礁する事故があり,世界のサプライチェーンが大混乱に陥りましたが,グローバル経済におけるコンテナ船の重要性を改めて感じさせる出来事だったように思います.

How to Avoid a Climate Disaster

ビル・ゲイツによる,気候変動により生じている問題やその原因・解決策を体系的にまとめた本です.気候変動を食い止めるには,現在は年間 510 億トンの CO2 排出量を 2050 年までに 0 にする必要があり,以下の 5 つの要因の CO2 排出量それぞれにアプローチしていく必要があります.

1. セメント,鋼鉄,プラスチックの精製 - 31%
2. 電気の使用 - 24%
3. 動物,植物の育成 - 19%
4. 飛行機,トラック,貨物船による輸送 - 16%
5. 暖房,冷房,冷蔵庫の使用 - 7%

本書は気候変動の深刻さを理解させてくれるだけでなく,1 個人として CO2 排出量 0 に向けて何ができるかを考えるきっかけになりました.邦訳版「地球の未来のため僕が決断したこと」も今年 8 月に発売されています.

ピダハン - 「言語本能」を超える文化と世界観

本書では,言語学者である著者がアマゾンの少数民族ピダハンと 30 年以上と一緒に生活し,その特徴的な文化や言語を紐解いています.ピダハンの言語には「数」や「色」といった抽象的な概念がなく,さらにほとんどの言語に見られる再帰構文 (入れ子構造) もなく,とてもシンプルです.これは「直接体験の原理」という,直接体験していないことは話してはならないというピダハン文化の制約に基づいています.

この制約により,ピダハンは独特な価値観を数多く形成しています.例えばピダハンは宗教なども信じませんし,将来のことを想像したりもしません. そしてこのような価値観が,我々が抱くような「未来への恐れ」を取り除いているようで,結果としてとても幸せな生活を送っています.著者をはじめピダハンと交流した人々は,異口同音に「ピダハンは類を見ないほど幸せで充足した人々だ」と評価するようです.実際にピダハンは,鬱病や慢性疲労といった,我々の社会では日常的な疾患とは無縁のようです.

このような,我々から見ると一見劣っている文化や言語の中で生きるピダハンが我々よりも幸せに生きているというのは皮肉に感じると同時に,我々が当たり前のように考えている価値観も,実は文化の制約に縛られたものであるということを実感しました.

謎の独立国家ソマリランド

ソマリア内に,無政府状態にもかかわらず民主化や武装解除に成功した独立国家「ソマリランド」があり,著者がその謎を解明しに実際に現地へ行くドキュメンタリーです.終わりなき内戦が続いているソマリア内にあるにもかかわらず,長年に渡って平和を維持しています.ソマリランドは国際社会には国とは認められていませんが,むしろ国際社会に無視されていたが故に民主主義や平和を実現することができたと本書では結論付けられています.

著者・高野秀行の取材力がとにかく圧巻です.飲酒が禁止されているイスラム圏でお酒を探しながら旅するドキュメンタリー「イスラム飲酒紀行」もおすすめです.実際に自分も現地を旅してみたい気持ちになります.

素数の音楽

リーマン予想に挑み,素数の謎を解明しようとする数学者たちの物語です.リーマン予想が正しいと証明できれば,素数は一見不規則に並んでいるように見えますが,𝑥 以下に素数がおよそ何個あるかが分かるようになります.リーマンが 1800 年代に予想してから未だに解かれていない素数に関する謎は,時代を超えて多くの天才数学者たちを惹きつけてきました.

インドの天才数学者ラマヌジャンの話が興味深かったです.また,素数は音楽理論や量子物理学など様々な分野と関連性があることが明らかになっており,現在はあらゆる分野と融合して研究が進められています.

サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」が好きな人は,本書も間違いなく楽しめると思います.

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以上,今年読んでよかった本 10 冊を紹介しました.興味を持った本がありましたらぜひ手にとってみてください.以下は去年以前のまとめです.


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