禍話リライト 「風呂もらわれ」
ほら、お風呂場とか洗面所とかって、
よく怖い話の舞台になりがちじゃないですか。
今から話させていただくものも、
まぁ、お風呂場で起こった話、なんですけどね。
話を聞かせてくれた方、Uさんが高校生の時に体験した話だそうです。
当時バスケ部に入っていた彼女は、その日は練習の他に体育館の片付けの担当になってたらしくて、いつも以上に疲れて帰宅したんだそうです。
流れてくる汗を拭いながら玄関にあがると、キッチンの方から包丁で野菜か何かを切る音が聞こえてくる。
お、お母さんもう仕事から帰ってきてたんだ、とキッチンを覗くと、
いつものようにエプロンをつけて、手をせわしなく動かしている彼女の背中が見えました。
ご飯が出来る前にお風呂に入ってしまう、というUさんのいつもの習慣に加えて、いつもよりも疲労と汗が凄かったのもあって、一刻も早く風呂に入りたい。
風呂先に入るねーとその後ろ姿に呼びかけると、
うんいいよいいよーと声が聞こえました。
荷物を適当な所に放り出し、
お風呂場をちらりと見た時。
彼女はあれ、と思ったそうです。
脱衣所から、お風呂場の電球の光がうっすらと漏れていました。
一瞬、先にお父さんが入っているのかな?とも考えましたが、それはおかしいとUさんはすぐに気づきます。
家に入る直前にちらりと見た駐車場には、
お父さんが仕事で乗っていった車はまだ止まっていなかったからです。
お風呂場に向かい、首をひねりながらドアを開けると、
そこには誰もいません。浴槽の蓋もぴたりと閉まっています。
Uさんは一旦廊下に出て大声でお母さんに話しかけました。
「お母さーん、なんかお風呂場の電気ついてんだけど」
「あぁそう? へぇ」
「あれお母さんがつけたんじゃないの」
「え? 違うけど」
なんだ、お母さんでも無いんだ、
じゃあ電気をつけっぱなしにしたのは誰なんだろう、
やっぱりお父さんかな。
そうぼんやり思っていると。
ざぶん。
お風呂場から音がしました。
それはまるで、
何かとても重いものが
高い所から水の中に落ちたような。
あるいは、ちいさな子供が
助走をつけて勢いよく、
水の張られた浴槽に、
飛び込んだ、ような。
お風呂場にそんな物が置いてあった記憶はありませんし、
Uさんに弟や妹はいません。一人っ子です。
駆け足でお風呂場に戻ると、水が揺れている、
くぐもった音が浴槽から聞こえてきます。
ちゃぷん、ちゃぷん
え、と思うよりも早く。
その手はしっかりと蓋を開けてしまっていました。
ちゃぷん、ちゃぷん、ちゃぷん
蓋を開けた時。
浴槽いっぱいに貯められた水に、まるで今何かが。
もしくは誰かが飛び込んだ直後に出来るぐらいの。
小さなさざ波が立っていたそうです。
なんだこれ。
なんか、気持ち悪いな。
寒気のようなものが、彼女の背中にぞわりと走りました。
もうその時には風呂に入りたいという気持ちはどこかに消えてしまっていて、一刻も早くお母さんにこの事を言わなければと思い、Uさんは再びキッチンに戻ったそうです。
「あれ、まだ風呂入ってなかったの?」
「風呂、風呂どころじゃないよお母さん、変、へんなんだよ、風呂が」
「風呂が変って何ぃ、どういう事」
お母さんは相変わらず背中を向けて、料理を続けています。こちらを一切振り向こうとはしません。
彼女との会話は続きます。
「いや、だからさっきも音したじゃん、ざぶんって」
「はぁ? したっけ?」
「いやしたした、したって。であの、ふた、ふた開けたんだけどさ、や何もなかったんだけど、なんか、ちゃぷんちゃぷん波立ってて、いやちょっとヤバい、なんか、なんかヤバいよお母さん、身に覚えとかない? なんか」
「いやいやいや身に覚えも何にもないし、そもそも今この家にはアンタと私しかいないでしょ」
そこで、初めてくるり、と。
お母さんが振り返ったそうです。
全く知らない顔でした。
今までお母さんだとUさんが思っていた、その人は。
お母さんでは無かったんです。
顔すらも知らない全くの他人が、お母さんのエプロンを着けて、
自分の家のキッチンで料理をしていたのです。
――え?
このひと、だれ?
固まるUさんを尻目に、
その人は包丁を手に持ったまま、
何の気なしに、
彼女の本当のお母さんのようにもう一度言いました。
「いやだからね、今この家にはアンタと私しかいないでしょ」
そこで、あ、これはだめだな、怖いな、と。
恐怖が頂点に達したUさんは裸足のまま外に飛び出して、無我夢中で走ったそうです。近所の公園まで来て、怖さもちょっと、ほんのちょっとだけ薄れてきたところで改めて、彼女はあの女について考えました。
親戚のおばさんにも、ご近所づきあいをしている人達にも、
あんな女はいません。
一体あの人は誰だったんだと思っていると、聞き慣れた声が向こうから聞こえました。
顔をあげると正真正銘、本当のお母さんが手をふりながらこちらに歩いてくるのが見えたそうです。
ごめんね、料理に使う牛乳を切らしちゃってて買い物に行っていたの、と
困り顔で笑っている、まだ何も知らない彼女を引っ張っていきながら、
今まで起こった事を話すと、お母さんの顔も段々と強張っていきました。
まだ、あの女がいたらどうしよう。
どうすればいいんだろう。
そうして二人して怯えながら家に着いて。
そっと玄関扉を開けてみると。
もう家の中には誰も、いなかったそうです。
それどころか、人が侵入したという痕跡さえ、
一つもありませんでした。
しかしたった一つだけ、
いつもと変わっている所がありました。
リビングの椅子にかけてあったはずのお母さんのエプロンが、
その時は何故か、玄関にふわりと落ちていたそうです。
この文章は、青空怪談ツイキャス『禍話』中で話されていた話を軸として、自分なりの解釈、加筆編集を加えたものです。
また、当リライトの題名については禍話wikiに記載されていた題名を使用させていただいております。
【シン・禍話 第十三夜リベンジ (リハビリ回です)】
(2021/06/09放送 34:50辺りから)
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