人生が台無しになるとは?

さて、おまたせしました。

今回のnoteでは

「人生における台無しとはなにか、台無しになる要因はなにか」

について考えていきたいと思います。

前回の「一緒にこの疑問考えませんか」の続編となっておりますので、そちらを読んでいただけるとスムーズにこの先を読み進められるかと思います。

こちらになります。↓↓↓↓↓↓↓↓↓

https://note.com/pielojukutyou/n/nbead01bd883b

今回の考察については私個人の見解がかなり含まれているかと思われますので、異論は認めます。むしろ活発に話したいのでコメントくれると嬉しいです。よろしくお願いします。


それではまず、「人生が台無しになる」という言葉を聞いて皆さんはどんなワードが想像をされますか。

私が連想したのは、取り返しがつかないようなことや失敗をしてしまうことで。

具体的には、殺人・強盗・強姦、多額の借金、大切な人が殺される、大事な人間関係を失うなどです。

自分が人を殺す。事業に失敗して多額の借金を経て首が回らなくなる。かけがえのない人が殺される、もしくは離れていく。

これらって結構重大なイベントだと思うんです。人生においてこのようなイベントにはできるだけ出会いたくないですよね。

何か新しいことに挑戦する時、失敗して借金抱えてしまったらなんてよく考えてしまいます。

(もちろん人それぞれ、台無しの基準が違ってくると連想されるワードも変わってくるんだと思いますが。)

ここまでが私の考察です。つまりは、生きていく中で殺人や借金、殺されるなどのイベントに出会うことが人生が台無しということだと考えました。

さて、それでは本当にこの考察が理にかなっているかを考えていきます。

初めに、「台無し」という言葉を定義します。

Google先生曰く「台無し」とは、

ひどく汚れたり傷んだりして、役に立たなくなること。物事がすっかりだめになること

だそうです。

人生がひどく汚れること、痛むこと、役に立たなくなること、ダメになること。

それらが「人生が台無しになる」ということのようです。

○まず、人生の汚れについて

人生における汚れは、人生の汚点とも言い換えられますかね。

Google先生曰く汚点とは

「物にぽつんとついた汚れ。不名誉な点」

なんだそうです。なのでこの定義から考えていきます。

汚点=汚れや不名誉な点。不名誉な点は、誰にも話せないようなトラウマや人に知られると軽蔑や差別、恥辱に会うようなイベントといったところでしょうか。

書類送検されたことがある。拘置所に入っていたことがある。いじめをしていたことがある。人を殺したことがある。などが当てはまるかと思います。

(ネットにはこのほかにも、会社を辞めてしまった。どうしようもない人と結婚してしまった。避妊具をつけずに性交渉をして妊娠させたなどを書いている方がいらっしゃいました。)

どれも人生の汚点と言うには、申し分ないイベントですかね。これらのイベントに出会うことがどうやら、人生が汚れるということだそうです。

○次に人生が痛むについて

”人生が痛む”には2つの側面があると思うんです。それは

人生上の出来事を突かれると痛む側面。もう1つは、人生自体が傷んでいくという側面。

突かれると痛む側面については、汚点と同じような意味になってしまうので考察は割愛して、ここでは人生自体が傷んでいくという側面を考察していきます。

人生が傷んでいくとは、要するに過去や現在より未来の方が悪くなっていくということです。

考えてみたところ、単に年齢を重ね身体として老いを重ねていくことや疾患にかかることなどが出てきました。

加齢を重ね動かせていた身体が徐々に動かなくなる。疾患にかかることで、昔はできていたことに制限がかかっていく。

これって過去より未来の方が悪くなっていますよね。

これだけ考えると傷んでいくとは、加齢や疾患にかかることと言いたくなります。

しかし、年齢を重ねた方でも、身体の機能が衰える代わりに経験豊富で知識や思考が豊富な人がいます。疾患にかかった人でも、その疾患とうまく付き合って生活している人もいます。

このような方々に対して、歳をとったから・疾患にかかったからあなたの人生は傷んでいます。なんて言えませんよね。

なので、人生が痛むについては、さまざまな状況を考慮せざるを得ないし、人によっては痛ませないこともできるというところが結論です。

○最後に人生がダメになるについて。

まず、ダメの基準が人それぞれ違います。

世間でいう普通に当てはまった生き方ができないとダメ。仕事していないとダメ。恋人がいないとダメ。片付けができないとダメ。

細かく見るとダメの基準は難しい。人生におけるダメも、人生を総合的にみた時のその人の価値観や基準によるものでジャッジされるのでしょう。

ただ全般的に当てはまることでいえば「人を傷つけることがダメ」というところでしょうか。

それこそ、殺人・強姦・暴行・強盗、リンチ・いじめ、浮気・不倫なんかが当てはまるんだと思います。

あとは一般的に、自傷行為(リストカットなど)や薬物依存なんかも当てはまりますかね。

リストカットしている人はダメ、大麻使ってるからダメ。などなど。

この自傷行為や薬物依存をしてしまうような方々に共通していることは、”人生において希望がない”や”自己肯定感が低い”ところ。

希望がなく自分はダメだと思うから、自分を傷つけるし薬物に頼りたくなる。

ということは、人生において希望がなかったり、自己肯定感が低かったりすることも人生がダメになったと判断される要因になるのでしょう。

つまり人生がダメになる要因は、人を傷つける行為、人生において希望がない、自己肯定感が低いなどが当てはまってきそうです。

Google先生やネットの皆さんに頼りながら進めたここまでの考察をまとめますと、

「人生が台無しになる」とは

「汚点(不名誉な点)になるイベントに出会うこと、人生に希望が見出せないこと、自己肯定感が低いこと」

という結論に至りました。(結構暴論になったかもしれません。これが全てだなんてもちろん言うつもりはありません。)

人生が台無しになるの定義を検証してみた結果、最初の考察と似ている部分があったり新たな発見があったりと面白かったですね。

それにしても、希望が見出せないこと、自己肯定感が低いことまで人生が台無しになる要因になるとは思ってもいませんでしたので驚いています。

希望が見つからない人、自己肯定感が低い人なんていっぱいいそうなものです。私もなんならその1人ですし。

そんな私の人生が台無し呼ばれるのは、不本意ですので、私は少しずつでも改善していくことにします。

読んでくださった方で、結論の要因に当てはまった人がいたとします。しかしそれが決して、あなたの人生は台無しだよと言っているわけではありません。台無しになる要因にはこれらがありそうだよね。という話でしたので、当てはまっているかもしれないと思われた方は、今からでも変わっていけばいいんだと思います。

今回はかなりの長文となってしましました。ここまで読み進めてくださり本当にありがとうございました。

次回、これらの要因を踏まえて、人生が台無しになるような決断とは?という部分を考察していきたいと思います。

それでは、また次回見にきてくださると嬉しいです。

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