珠王戦1日目で全敗してきた〜やらかす人はこういう経過をたどる〜
表題の通り派手に散ってきた。最近のテーマである出来不出来の高低差を無くす、メンタルを整える、コンディション調整、どれもが大失敗で、ドツボにハマった時のいいサンプルが取れたので詳細に残して供養したい。
世界選手権の代表選考会でもある本大会にも関わらず、私は3枠を取りに行く気概がまるで無く、コロナ禍が長引きすぎて世界戦で自分がそこにいるイメージの解像度すら薄れてきていた。私が目指していたWTは日本の女子選手が少ない為予選なしで参加できるし、元来血で血で洗う枠取り系の予選は苦手である。潜在的にもATを目指す気持ちから逃げていた。名人戦予選だけで心理的キャパは手一杯だった。
なのでのんびりと、この期に及んでまた新しい提示を試してみようとふわふわした毎日を送っていた。そろそろ本気で完成度を高めるのに特化しないと遅すぎる段階なのに。今回選んだのは恒星で、自分があまり経験してこなかった自由打ちの基礎的な形、黒が有利だけど囲まれてる形からいかに攻めを継続するか、を克服したかったというのが理由。テーマが壮大すぎて長期目標すぎている。因みに2日前に中山と通話しながら連珠道場で打ってたら垢バレして「ぴえちゃん恒星提示かぁ」とバレるというアホな失態もおかしている。VPNに課金して韓国国旗でやってたのに泣。尚速攻デバイスを初期化したので今度こそバレない垢を作ろうと思う。(ハイサレにはいつも全部バレるんだよなぁ)
1R東陽戦
少し前にふと思った。(あ、そういえば名月ガチ勢の人来るんだよな)。名月は結構面白い珠型で私も提示してたことあるが今回練習してたテーマとはだいぶ外れている。どうしよう、やってる暇ない。そう思ってたら練習してる形で恒星名月共通形を発見した。(あーこれでいいや)ホッとして深く考えずそのまま練習を継続した。
1Rだけは世界ランキングから当たりを算出するので出場者が分かればある程度絞れる。私の予定では別の人だった。そしたら当日、想定してなかった東陽さんだと言われた。その時点でもうだいぶ動揺してしまった。(当たった時のためにやる形だけは決めてたけど、名月ガチ勢の人にぶつけるほど深掘りしてたか?)。何となくガチ勢とは向き合わないで済むやろうと"かもしれない運転"ではなく"だろう運転"をしていたのだ。盤の前に座っても動揺がおさまらない。案の定やらかした。五珠を置き間違えたのである。
東陽さんがほぼ考えずに6を打って、私はまだ事態が飲み込めていなかった。あれ?予定じゃない5が残されてる……。これAだよな。何で残したんだろ。どうやって勝つのかな?
考えてるうちに難しいことがわかってきた。なるほどこういう形も勉強してるんだ流石だな!時間が経ち漸く自分が置き間違えてることに気づいた。頭では正しい場所をわかっていても5手目の候補を複数盤上に置くうちに魔が刺してズレたのだ。起こり得る範疇の事故だとしても、何故こんな大事な大会で?何故よりによって研究ガチ勢に?周りはいつもと全く違う重い空気である。いかにも日本代表選考会という真剣さの中、なぜこんな初歩的ミスをしてる?頭が真っ白になった。(間違えた!間違えた!取り返しのつかないことしてしまった!)とそのことばかりが頭の中でぐるぐるリピートして読みが前に進まない。自分だけ皆んなとはぐれて、一緒に遊べなくなった子どものような不安な気持ちで一杯になった。粘る順を探そうとしても、局面が弩級戦のような形になっていて、誤魔化すのが難しい。脳が完全にバグった私は、あれ?これどう勝つんだろ?と思う順を見つけた気になった。
何のことはない、単なる並べ詰みなのに、それも見えなくなるのだ。もしかしたら粘れるのかも?と思いながら7を打った。8から普通に並べ詰みだ。動揺しすぎると私、それも見えなくなるんだなぁ。
因みに朝わたしが現れた時の顔色を見た中山は(うわっ何かダークオーラ纏ってる。近寄らんどこ)と思ったらしい。どうも当たりが決まる前からおかしかったみたい。中山流石やね。
2R高澤戦
提示も白4も打たせてくれたので東陽戦のリベンジをすることにした。ところが途中定石手順を外されもうわからない……。自分はいつもこうである。だろう運転ばかりして、(こっちに来たときはどうするの?)と事前に念を入れるのを怠っている。調子がいい時は知らない道になってもワクワクできて乗り切れたりするのだが(その中途半端な成功体験で本当の危機感を抱いてないというのはある)、自分が想定してた展開にならない事を嘆く気持ちの方がこの時はまさっていた。そういう時は大抵ダメだ。ネガティブになると碌な読みをしない。とはいえ図までは珍しく最善を引けてたのだが、ここで間違える。青印で必勝、私が打った赤印で互角に戻る。この一路の違いはコンディションではなく今の実力不足である。何故一路で違いがあるかは今も説明できない。
間違った後の継続の仕方が問題だ。勝ちなはず、勝ち切らなきゃ、と思うあまり急いで突き進み、気がつくと荒れ果てた荒野しか残ってない。ぴえこあるあるである。こういうところを直せば私はかなり勝率が変わると思う。図の局面で正解を見つけられなくても、いいじゃないか。連珠に勝つためにはもっと大事なことが幾らでもある。
ただ、それが自分のスタイルだなぁとも思う。勝ちがある場面で最短の勝ちを描くことに1番のロマンを感じてしまっているからだ。それは習性で功罪あるものだと思う。もっと言うと、無難な手を積み重ねて結局勝ちがなくなることを一番恐れているのだ。生き方もそうで、無難に過ごすよりも、爪痕を残したがる。無難になにも生み出さないことを恐れてギリギリを踏み歩こうとしてしばしば人を傷つけてしまう。
話は逸れたが、対策としては局面の大局観を養って引き返せるタイミングを察知する(棋力向上)、ダメになった時にロマンを求めずカッコ悪くても泥臭く戦う第2のぴえこを召喚できるようになる、今回のように自分が判断ミスりそうなメンタル的材料が揃ってたら今日はヤバいぞと第3の声に言わせる、などなど……
3R よしたか戦
もう始まる前から今日は勝てる気が全くしなくなっていた。相手は9歳のよしたか君だが(これも負けるんだろうな)という予感しかしなかった。珠王戦に小学生が出るのは見たことないし凄いことだが全く臆することなく、平常心で盤の前に座っている。いやむしろ風格さえ漂っている。
因みに彼は幼い頃私の将棋教室に通っていて、連珠会である日突然再会したという縁がある。教え子と先生の関係だったのだ。ただ連珠会では丸田先生に運営をお任せして自分はほったらかし。特に何も教えてない。将棋を教えてたときの彼は若いのに考えるタイプで(手が遅いともいう)終盤が得意だけどその前が苦手そうだった。私と同じで連珠が性に合ってたのか、生徒と先生というお客さん状態ではなく大人に混じって対等にしている連珠会の空気がよかったのか、彼はいつのまにか勝手に強くなっていった。私は将棋教室で初段まで辿り着ける子をなかなか育てられなかったけど、彼は連珠で入段を果たしたのだ。(ああ人はこうやって勝手に強くなるだなぁ)としみじみした。大人に混じって、指導対局ではなくガチでいろんな人とぶつかって人の背中を見ているうちに何か吸収していったのだなあと。
そんな感じで彼は堂々としてるし私も自分のことで手一杯なので特にやりにくさも感じず普通の相手としてぶつかれたのだが、いかんせん今回は朝から別の意味で萎えていた。そこに来て名月提示ですよ。あの1Rの悪夢のような開局を思い出すわけですよ。そして2Rで取り返そうとしてまた同じ形で失敗してるわけですよ。
(なんで、なんでよりによって名月)。もうこうなると愉しむ心境なんか吹っ飛んで只々絶望していくのである。準備してきた白4は半日でトラウマレベルになったので、仕方なく別の4を打ってみた。彼は暫く考えて「うーんわかんね!まぁいいや」とスワップ。私に8題を打たせる。そして何を選ぶかと思ったら、まさかの浦月クギオレ同型。
(なんで、なんでよりによってそれなのよ)私は泣きたくなった。必勝の代名詞のような浦月クギオレを前にしても絶望してしまうのだ。こんなのやりたくなかった。知らんし。なんで準備してた形にならないんだ。こうなるともう、何が来てもネガティブに考えてしまう。
始まってすぐによしたかくんは牽制手を放ってきた。普段の精神状態ならきっと罠を解除する次の一手を考えれば見つけられたはずだ。そんなに難しい手ではないからだ。しかし私の脳はもう満身創痍であった。(牽制された、牽制された、もうダメなのかもしれない)。1Rと同様に頭真っ白になりながら何とか捻り出したと思ってた順が、ただ普通の並べ詰みで、同じように即死した。
周りが静謐に局面に入り込んでいる中、1人で時間を余らせて帰路に着くのは惨め以外の何者でもなかった。あれほど大事だと言ってた世界戦の前哨戦を大事にできないなんて、応援してくれてる人(いるんだろうか)への裏切りではないだろうか。私が連珠を打たないほうが社会の為ではないだろうか。などと考えてしまった。
その晩、推しがAbemaトーナメントで気丈に戦っていた。我が推しはいつも気丈である。私と違って愚痴など言わず、気丈に振る舞っている。推しの抱えているプレッシャー、背負ってる舞台の重さに比べて自分なんて取るに足らないもので、こんなことで挫けてはいけないと思った。彼女はもっともっととつらい思いをいつもしているからだ。去年のAbemaでは西山さんに惨殺されたあと放送中なのに号泣していた。推しだけでなく、昔の私だって負けるたびに死にたくなっていた。
この夜はなかなか寝付けなかったが、まなちゃんはへこたれずに続けてるんだから私も頑張ろうと思ったのと、昔の私に比べたら、今は不充分ではあるけど自分なりに努力したり自分と向き合ったりしたり、負けても分析したりできている。昔のように棋士として恥ずかしい、という気持ちはなかった。上を目指す気持ちも残っている。ボロボロだけど明日も戦おうと思った。
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