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ゲームセンタービジュアライズ#6

当たり前の話のようにも思えるが、特に初期、私の行っていたゲームセンターはどこも暗かった。テーブル筐体がほとんどの時代で、明かりが多ければ反射などでゲームプレイに影響が出るということだったのだろうか。私の住んでいる街には最初には二軒のゲームセンターがあり、隣接と言わずともすぐ近くだった。小さい街でアーケードの商店街を中心とした繁華街の中、デパートやレストランや飲み屋などの飲食店、映画館、衣料品店、様々な店があった。飲み屋はキャバレーとかもある場所で、後に推察するにそういう事業をしている人がゲームセンターも経営していたようだった。いかがわしい街のいかがわしい場所、一部はデパートやスーパー、飲食店で華やかでもあるが、同じ場所に同じようにさまざまなものが同居していた。私たちにはそれが当たり前で、昔の小学生はゲームセンターに行けば補導されるという話も聞くが、そういうのは私や私の回りには一切なかった。今ではその記憶そのものが不思議でもあるのだが、そういう混沌が当たり前として社会にあったのだろうか。旧市街は駅から見て右と左に分かれ、右側が繁華街、左側が私の住んでいる町だった。旧市街の中心部ということもあって中学では同じ学校になる友達も、小学校はそれぞれに違い、その繁華街に住んでいる人間も当たり前にいた。繁華街と同居しているという意味で補導とかがなかったのかもしれないし、そういう環境があったからビデオゲームというものを身近に感じられるひとつもあったのかもしれないと思う。

ストーリーの中で(オズマウォーズ/新日本企画)

一時期頻繁に遊んでいたが、最初にどこで遊んだかは憶えていない。だが繰り返し何度も遊んだのは憶えている。このゲームが好きだったのは残機制ではなくエネルギー制を採用しているとか、さまざまな斬新なシステムやギミックがあり、そこら辺に何かを見出してより長く遊べる気がして実際に遊んでいたということだ。大きかったのは刻々と進んでゆく自機というか、刻々と迫ってくる敵というべきか、スクロールしているのではないのだが、そういう演出がある現象や多彩な敵の存在だった。同じ面を何度も繰り返しというゲームが多い中、動きのある展開が目の前で起きる。その頃はまずスペースインベーダーがあって、敵を倒してゆくにつれ、その結果敵のスピードがアップするとか、後列の敵は小さいので当たり判定も小さくなっているとか、多少動きのある展開にはなってゆく。だがこのオズマウォーズはそれよりももっと最初から動きがあり、敵の種類が豊富で変形したりもする。また二面以降には中ボスと呼べるようなものも出てきたりして、今考えても多様なエッセンスが含まれていた。そしてスクロールはしていないが、そう感じさせるような上から下へ通り過ぎようとする敵の攻撃、敵の攻撃には自分に照準を合わせて追尾のように位置を修正して攻撃する弾がきたり、敵の攻撃を打ち落とせるものとそうでないものがあったり、敵をやり過ごせたりもした。そういう状況に応じた展開も楽しいものだったし、斬新な部分が多かった。そしてそれは物語性を感じさせ、ボスキャラと呼べるようなものも存在し、戦いの山場でもありメリハリがついていた。物語性を感じるのは最初のエネルギーのチャージだ。ゲームが始まるとまず私がヤマトと呼んでいた母艦が管を下ろし自機にエネルギーを補充すると頃からゲームが始まるのだ。この演出だけでわくわくだったし、単なる演出ではなくて自機のライフともいえるエネルギーを補充するための必須な行為でもあった。そしてゲームが始まり何種類かの敵が終われば右上から彗星が流れてくる。その彗星がなんとも神秘的に感じられ、それを打てばその瞬間からその場所でボスの攻撃が始まる。やってみればこ頃の準備ができて、さあ始めるぞという感じのボス戦となる。こういう彗星の演出やボスの存在、雑魚の種類や攻撃の豊富さに物語性を感じるのだ。そしてこの頃のゲームにはありがちだが、やはりインベーダーゲームと類似の音もある、しかし新しい音も多くヤマトが下りてくると頃の音や、彗星のノイズ、隕石を破壊したときのおどろおどろしい音、そういった部分に感じられた。YouTubeにはいくらかのオズマウォーズの動画があるが、上記に貼ったリンクが音的に一番私の記憶と同じものであり、これを遊んでいたといえる。普段の記憶はなにがなんだか分からなくなっているが、この音は憶えているようだ。


岩と穴、前と上(ムーンパトロール/アイレム)

月というのは一番近い星というか地球の衛星で、アーケードゲームが世の中に出始めた頃はまだアポロ11号が世界で初めて人間を月に立たせてからそんなに時間は経ってなかった。後に読んだSF小説でも月は特別なものとして描かれているものもあるし、今でもそうかもしれない。それに今もだが当時はまだまだ未知の領域だった。月といえばアーケードゲームでも以前に書いたルナランダーもあったし、スペースインベーダーの後に出て好きだったルナレスキューもあった。それ以外にも月に関係するものやモチーフに入っているものは多く、スペースインベーダーのアップライト筐体やその背景にはやはり月面が描かれていた。そういう時代もあって今よりも科学的興味において月が身近で、夢があった時代とも思える。その名残の頃数々のアーケードゲームの中にまた月をモチーフにしたものが現れた。それがアイレムのムーンパトロールだった。タイトルにムーンとあるがそれでそう感じたわけではない、見た瞬間の画面に違和感があってこのゲームを認識したのだ。こういう画面のゲームがなかったわけじゃないが色とキャラクターに独特のものを感じていて、その瞬間に以前の記憶をたどればどことなくスピーク&レスキューっぽい感じがした。ベタ塗りの色が特殊で、キャラクターのデザインが独特で、ゲームの面白さに直接関係はない話になってしまうが、そういった理由で入りこむゲームもとても興味深いものだ。

プレイしてみると地味だった。音楽は確かに月面を探索しているような淡々とした警戒するような旋律が続き、横の強制スクロールだが自機は多少前後に動かせジャンプもできる。珍しいと感じたのは前方と上方に球が発射できるということだ。ということは少なくとも前方と上方に敵が出現するということで、そういったと頃が興味深かった。しなやかなサスペンションを表すかのようなタイヤの動きから伝わるごつごつした月面を走っている感じがとても好きだった。自機が独特な形の月面車というのがコミカルなようなリアルなような感じで好きだった。上方にはUFOが敵として現れ、前方には穴と岩が現れる。穴には小穴、大穴がありジャンプする感じが違う。そして岩にも小岩と大岩があり、小岩は一撃で破壊できるが大岩は二度打たなければ破壊できず、しかも前方のショットは射程に限界がある。穴の大きさやタイミング、岩の大きさに応じたショットの射程を考え、前後移動が重要になる。そして二面になるとUFOは月面に穴を開ける爆弾を投下してくる三角UFOが出てきて、ラウンドが進むにつれて気が抜けないのだ。三面になるとなぜか地雷原を進むことになる。ここが私には鬼門でたくさん出てくる地雷をジャンプでかわすタイミングが難しかった。あまり一周したことはないが、ここを無難にこなせると一周は少し近くなった。四面か五面には前から戦車のような敵が出てきた。とても気が抜けないゲームで楽しくないわけではないが、途中からつらい感じにもなったことを憶えている。地雷原の問題もあったし、基本的に下手な人間はそうなのだろうか。また、背景が面ごとに山と月面都市が交互に切り替わるというのもあった。あれは変化があってよかった。そういえばここに貼ったビデオを見て思い出したが、三面くらいから落石か何かの石が転がってくる。すっかり忘れていた。どちらにしろプレイして感じたのは前後の移動とジャンプのタイミングが重要で、上方の敵も含め気が抜けないゲームだ。今ビデオで確認してみるとそのタイミングは分かりづらく、どちらかというと月面を探索しているような淡々とした旋律と、チキチキとタイトに聞こえるドラムを模したリズム音、これが一番印象に残ってしまうのかもしれない、そしてその緊張感がつらさを演出していたのかもと思った。


トレードオフの快感(ギャラクシーウォーズ/ユニバーサル,タイトー)

ビデオゲーム初期というか表題下に書いているような話だが、アーケードゲームの過渡期のことをふと思い出した。初期の頃アーケードビデオゲームというと、それまではデパートの屋上のブロック崩しやサーカスくらいしかなく、それ以外はエレメカがメインだった。ブロック崩しやサーカスに退屈していたわけではないが、回数をこなすにつれ、年齢が上がるにつれ刺激は少しずつ少なくなっていった。そしてある時からスペースインベーダーの出現により、ビデオゲームの面白さや世界が広がった。私たちの世界はそれ一色になったが、素晴らしい体験で、それを期にゆっくり進んでいたさまざまなビデオゲームが爆発的に花開き、だからこそ初期の初期は小学生なのに無理をして友達関係の夜の喫茶店に行ったり、遠いドライブインとかに行ってスペースインベーダーばかりの中から新しいゲームを探した。そしてある時に見つけたのがギャラクシーウォーズだった。どうやって行ったかは憶えていないが遠くのドライブインと記憶している。

最初に見たときには、発射台からロケットというかミサイルを発射して、それをコントロールし隕石をよけ上空に進み敵に命中させるという簡単なゲームに思えた。そして音がスペースインベーダーと同じだったのも憶えている。しかしインストラクションカードを見ると敵への当てど頃によって得点が変わるらしく、それがこのゲームの重要さと分かった。敵は弾を発射してくるのだが、発射されている場所の近い部分に当てれば当てるほど得点は高くなる、いわば迎撃される危険とのトレードオフだ。どうにか敵の攻撃をかいくぐり、敵が弾を発射している部分に向かって自機の分身といえるミサイルをぶつけるのだ。砲台からミサイルが発射されて上空に向かって進み、敵と並んでしまえば敵のテリトリーになる、敵は横には攻撃してこないので、そこにさえ到達してしまえば敵の横っ腹にミサイルを当てることは簡単だ。しかしそれはで最低の50点にしかならない。100点、150点と敵の弾の発射場所に当てれば高得点になる。敵はそこから真下に弾を打ってくるので危険だということだ。だがそのスリルが楽しく思ったより難易度も高くはない。そしてシンプルで思ったよりも楽しいゲームだった。面を重ねると150点の部分が300点に得点がアップしてゆき、嬉しい。それに予期せぬやられ方のようなものはなく、単なるミスでしかないというのもよく、そうした分かりやすさもよかった。私はアーケードゲームではスピードレースやスーパースピードレース、モナコGPがとても好きでよくプレイしていたのだが、そのころには少なくともスピードレースはプレイしていて、ギャラクシーウォーズにも同じような感覚を感じていた。シューティングゲームというよりも的に向かう突っ走りゲームという感じだ。レースも初期の頃は突っ走り敵の車除けゲームだったから感覚が同じだと思えるのだろう。そして最後のギリギリの死とのトレードオフで狙う高得点。いや、死とトレードオフとは言わない、上達すればうまく当てられるようにもなる。それでもギリギリの感覚はあった。私の感覚は人とは違うだろうが、常々そう感じていた。

蛇足になるが私は多分タイトー版を主にプレイしていたと思う。細かいことは憶えていないし、どこまで違いがあるかは分からない。それに今回貼ったYouTubeのリンクがタイトー版かも分からないが、いくらかあるギャラクシーウォーズの動画の中で一番しっくりくるものを貼った。



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