消極的ネコ派を卒業し、2Dのネコ派になります
生まれて初めてネコに噛まれた
一昨日、とあるサロンに出かけた。
そして、その近所に住むらしいネコに噛まれた。
綺麗なネコだから飼い猫では?というウワサ。
子どもの頃に犬に追いかけられて以来「犬=獣」と認識していて、ネコ派かイヌ派かと聞かれれば消去法で「ネコ」と答えた。そんな消極的ネコ派なので、積極的ネコ派の人が自然にするようなワシャワシャ撫でたり抱っこしたりするスキンシップ的なことはできなかった。でもネコはかわいいと思ってていて、写真や動画を見れば癒されたし、実物のネコもスマートな身のこなしも気まぐれな行動も魅力的だと思っていた。
そんな消極的ネコ派なので、おとといネコに気づいたときも自分からは近寄らず距離を置いていた。不運にも空間にはネコと私だけ。ネコの背後に回り、そっと座ったのに10秒ほどで膝に乗られ寛がれ、そのままガブっと。世間的には甘噛みという程度らしく傷は残らなかったけど、噛まれたことがショックで恐怖一色。あまり覚えていないけれど、積極的ネコ派の人が戻ってきてくれて助けてもらえたのだったと思う。
それ以降「私はアナタのことを怖いと思っています」と透明な言葉をネコに放ち続け、どれだけネコに顔を覗き込まれても、すり寄られても無反応を貫き、ネコと私の間に透明な壁を作ることに成功した。同じ空間にいながら違う次元にいるってこういことかもーと感心しながら。
ネコ派?イヌ派?どうしよう?
帰宅後、これから先ネコ派かイヌ派か聞かれたらどうしようと考えたとき、「イヌ派です」と答えるにも抵抗があった。
あれこれ考えて、ひとつ気づいたことがある。
おととい私は、とても大事にしている刺繍のブラウスを着ていた。猫の手から爪が出てくるところも初めて見たし(あれ本当にこわかった)、服越しに爪を感じたから、ブラウスに傷をつけらているのではないかと心配だったけど、幸いなことに無傷だった。
もしかしてネコなりの理性?
そういえば私の透明な言葉は理解していたみたいだし…
それに噛まれた後も頭の中がネコ一色じゃないか…
悔しいけどネコが気になっていて、既にネコの手のひら(肉球と言ったほうがいいのか)で踊らされていないか?
…やはりネコ派だ。
でも今までと同じってわけにはいかない。
そうだ、これからは2Dのネコ派だ。
絵や写真、動画のネコはOK。
本物のネコに出会ったら「わたしネコこわいんで」って透明な言葉で伝えることにする。
これで大丈夫。
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