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推しと会える日。


わたしにとって「推し」の存在は、ただただ尊いだけの存在。それは時に、次元をも超えてゆく。


最初に"この人はわたしの「推し」だ"と認識したのは2次元のアイドルで、「QUARTET NIGHT」というグループに所属する「カミュ」という人物である。

カミュは今まで好きになったタイプには居ないような、高貴で冷血なひとだ。いろいろと事情があり、幼いころから厳しい世界で生きてきた。しかし内に秘めた熱は誰よりも高く、アイドルである自分に誇りを持ち、何よりファンであるわたしたちのことを"お嬢様"と扱ってくれるところがすごく好きだ。

アイドルなので、もちろんライブも行う。いわゆる、担当声優たちによるライブだ。熱狂的なころは一生懸命抽選に応募し、奇跡的に当選した際には心の底から推しを堪能した。カミュの担当声優のキャラに対するスタンスが好きで、少しでも近付けるようにと努力を積み重ねてくれたおかげで今でも崇拝の対象で、前ほどの熱意はなくなってしまったものの推しであることに変わりはない。


わたしは身近なところにも推しを作るタイプで、職場を転々としても一箇所に必ず一人は推しがいた。

スーパー内の花屋で働いていたときは野菜担当のお兄さん、結婚式場ではレストランのウェイター、スタジオではカメラマン。「顔がタイプ」から入るので、なかなか推し切れないこともあったけれど。


さて、今一番の「推し」についてお話しよう。

昨年妹にすすめられ、「テレビ演劇 サクセス荘」というドラマを観た。夢を持った若者たちの集う"サクセス荘"で起こるさまざまなことを描いており、基本的には一話完結のドタバタハートフルコメディだ。

撮影はリハーサルと本番のそれぞれ一回ずつのみ。計り知れない緊張感の中撮影を行っているとのことで、台詞が飛んだり間違ったりというのもまれに見られ、視聴者としてはなかなかそれが面白い。

出演者はアニメや漫画の実写舞台で活躍する2.5次元俳優たちで、みんなでワチャワチャと楽しそうにしている姿は、まあかわいい。



その中に、もともと存在は知っていたものの動いている姿を初めて見る俳優さんがいた。

なんとも綺麗な顔、甘く美しい声、愛らしい仕草。

荒牧慶彦氏である。

最近はちらほらとテレビで見かけることも増えた彼の人気ぶりは耳にはしていたものの、いやはや確かにこれは、女性たちが放っておかないだろう。

彼の虜になるまではあっという間で、ぜひ肉眼で拝見したい、あわよくば会ってこの気持ちを伝えたいと考え、直近で会える機会がないか検索した。すると、新しく発売する写真集の"お渡し会"があるとの情報が出てきた。ようするに、写真集を購入するとついてくる特典ブロマイドを、彼から直接手渡ししてもらえる会、らしい。

情報を見つけた時にはお渡し会のチケットはすでに購入できるようになっており、本当にこれで会えるのか?と半信半疑で購入を進める。そのチケットはなんと写真集1冊約3000円の金額のみで、彼を目の前にすることが出来るというのだ。

はて。

実感がないまま、忙しい時間を縫って美容院、まつげサロン、ネイルサロンへ行った。いよいよ当日を迎えても、なんだかふわふわと夢ごこちだった。

いざ会場へ入ると、かわいくヘアセットしてもらったフリフリの服の子や、キャリーケースを引きながら友人とキャッキャと話している子たち、母と同じくらいの年齢と思しき方など、たくさんの「荒牧慶彦ファン」の熱気であふれていた。

時間が近づくと縦横30人前後ずつに整列され、コロナ禍ということもあり友人と来ていた子もそれぞれ別な列になっていたりしたので、会場はほとんど無音に近かった。

時間になり、スタッフの指示に合わせて列が少しずつ動き出す。前方にたてられたパーテーションの向こうに、どうやら彼がいるらしい。

ここでわたしはようやく実感し、友人や妹にLINEを飛ばす。「やばい」「声がする」「もうすぐ」。みんなすぐさま返事をくれ、「頑張れ!」「落ち着いて!」と励ましてくれた。


わたしの番が目前にやってきた。

ブロマイドを渡してくれるときに一言だけ話をしていいみたいで、みんな各々の思いを伝え、うまいこと会話をしている。わたしの脳内シュミレーションも完璧。好きですと伝える。よし!いざ!


"こんにちは〜!"

「こ…こんにちは………は……初めまして……す、すきですぅ………」

"ありがとう〜!"

「………」

はいおしまい。

わたしがその場を離れるとすぐに次のひとが呼ばれ、同様の手順で事がすすむ。スタッフから渡された写真集を受け取り、早々に会場を後にする。


手も声も情けなく震え、心臓の音で自分が何を言っているかもよく分からないまま、10秒にも満たないようなほんの一瞬だけ、推しがわたしだけのことを見てくれた。小さなL判サイズのブロマイドを手渡ししてくれた。

それだけで肌ツヤは輝きを取り戻し、明日からの活力を手に入れたのだ。これが3000円。信じられん。

後から知ったのだけど、キャリーケースを持っていた子たちは1部〜5部まであるお渡し会すべてを周回し、計5冊となる写真集を運搬するためのものだったらしい。


帰路の足取りは軽い。ホンモノの推しはやはり美しかった。

彼にとっては五万といるファンの中のひとりでしかないけれど、あの会話をきっかけに、好きだと直接伝えられることの充足感を知った。感謝の気持ちでいっぱいだった。

もしも次に会える機会がもらえたら、もっとたくさんの気持ちを伝えられたらいい。

推しよ、存在してくれてありがとう。






#あの会話をきっかけに

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