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スリット



きいと引く扉の向こうで

   体操座りしている気配を察し

踏み出す片足を宙で静止させ

隣の部屋に向かった。

        無音で大きな深呼吸をし

       入る前にもう一度君を眺めてから

唇をよく遊ばせる。

最後に肩を落とせるだけ落とし

首をぐるっと一周させた。 

    
奥の引き戸までたったの四歩だった。




水槽に沈んでいた造花

を取り出した。

滴るそれを額に乗せ

踵で脚を確認しながら

徐々に寝そべる体勢をとる。

腹式呼吸

いつになく習得したこと

何度目だろうと

今更思うことがある

一度思い出すだけでいいこと。



       天井の一点から一点が繋がっている


シンプルで軽快な電灯の有り用は

     前の席の子の髪質を羨むのと似ていた。



そう思ってる隙に

  既に感じていた予感を掻い潜って

               装い気ない花浅葱のスカートの裾が

                   目尻で視界の隅にいて

何者かが静かに目覚めた気配を覚え 
               ビクッとした


鼓動が

高らかにメトロノームし始めたので

いずれ飲み込むことを

          意識しながら

極力唾を喉の奥へ遅ればせる



けれども

私は私をお構いなしのようで

              舌のそぞろに任せ

苦いそれをちびちびと送っている。


     不意を付いて

        辻褄合わせされたという

         君の被害者像が浮かぶ

         

それは私がここに連れ出した失態を

思わずにはいられないものだった

        ズンと胸辺りに押し寄せる

      のはなんだろう

チャチな下心か。


一つも思いを溢さない

       嫌がる素振りも見せない

繊細な重みを放つ 君を



     揺蕩う秋桜の

              細い幹体のごとく触れる
          子守唄に乗せてみる。


  この身体も
          魂も

          闇夜に明け渡せば

     奇跡的に誰かが触れるまで

     生きるのを

      やめておけるのかもしれないと

    むやみに思った。



君を連れ出した瞬間に抱いた


走馬灯は

明け方には消え果てる気がする。



           起き上がると優しい言葉など

                   微塵も漂っていない鋭い眼光が

          窓ガラスに映っていた


          この箔がない容姿で相応に君を恨む。



一途当てどなく彷徨ったものの
当に獣になれる歓喜が指先まで達していた。
ざっくばらんに衒う部屋の空気感に
悪気はないが無関心な相槌を交わす。


月明かり揺れるカーテンから
遠目に絵面を眺め何度か目配せしていると
フワッと杏の香りがした。
急に可笑しくなり堪えきれずにふっと声が出てしまった。
君を思えばあまりにもメルヘンで愉快だ。

左手でガシッと髪の毛を掴んで引っ張ったり離したりした。



なんとなく隣の部屋の気配が変わった気がして
つま先をその壁に向ける。



鋭い牙も爪も全てを引き換えに君は颯爽と姿を消していた




〜後書き〜


事のはじめから
曖昧な結び目まで
私のことを理解できなかった
その君の無意味な意向や
邪気の儚さが

無性に胸にひりひりと迫り
谷間に拳を当てて二度ほど押し付けた

真夜中の神妙さが
不思議とこの部屋にはなかった

スイッチに手を伸ばしていた手を見ると
私の正行をずっと見守ってきたようだった


もう一度部屋を見回せば
君のいない部屋の電気を消すのは
何十年ぶりだろう

そんな馬鹿なと思った





_________今でも君との時間は




       
      単に浅いか深いかを

思わせる _____




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