金魚鉢のセレブ達
(本文約3,000文字)
金魚鉢で金魚を飼ってはいけない……2016年、イタリア北部の都市、モンツァ(Monza)でこんな法律が定められました。その理由は、金魚鉢の形状にあります。そう、金魚鉢は球状に全面が湾曲しているからダメなのです。
ん?だから何? と思うかもしれませんが、湾曲した壁に囲まれた空間で飼われる金魚は、外の景色が常に歪んで見えるからすごいストレスになって可哀想じゃないか! ということらしいのです。
はい、今リアクションに困っている人、いると思います。
確かに可哀想かも、と思った優しい人もいらっしゃるでしょう。そうなのかなぁ? と半信半疑な人もいるでしょうし、どうでもいいじゃん、と思いつつ、可哀想かもって反応をしておくべきかな? と考えた姑息な人もいるでしょう。
いやいや、金魚はすごく視力が弱く、そもそもガラスの向こうの世界なんて視認出来ないんだよ、と知識のある方もいるかもしれないし、鉢じゃなきゃいいの? 飼うこと自体が可哀想だと思うんだけど、ともっともな疑問を持たれる方もいらっしゃるでしょう。
この法律、今も生きております。ただ少し解釈は変わり、金魚を飼うならエアレーションなど環境の整った水槽で飼いましょう、という意味なのだそうです。確かに、金魚鉢では水質の維持管理は困難です。
意外なのかどうか、皆さまがイタリアにどのようなイメージをお待ちなのか分かりませんが、イタリアは動物愛護に関する法律が比較的厳しい国でして、動物に優しい民族とも言われているそうです。(ホンマかいな)
犬を飼うなら、散歩の回数が法的に義務付けられる地域もあります。また、犬猫の殺処分0の国でもあります。(これは、諸説あるのですけど、ここでは省きます)
余談ですが、イタリアには「野良猫」という言葉はありません。いや、そういう「概念」自体がないのです。もちろん、野良猫はいますけど、イタリア人は猫もその地域に住む仲間と看做していますので、「ガット・リベロ(gatto libero)」と呼ぶのです。「gatto」は猫、「libero」は自由ですので、「自由猫」という意味になります。自由気ままに「そこ」で暮らす猫であって、人間はその生活を尊重し、干渉してはいけないんだ、という意識が窺えます。
そんなことも踏まえ、ガット・リベロは私が一番好きなイタリア語です。
※
イタリアでもトップクラスのリゾート地の一つが、カプリ島です。「青の洞窟」で有名なナポリ湾に浮かぶ楽園で、世界中のセレブの別荘が建ち並ぶ超高級リゾート地です。
在伊中は、(仕事で)何度もこの地を訪れましたが、やはり夏の賑わいは独特で、日中は沢山の観光客でごった返しになり、夜になると別荘で過ごすセレブ達が灯りに群がる虫のように街に繰り出し、あちらこちらでパーティ三昧となります。
小さな島という立地環境のおかげで、カプリ島の治安は南イタリアとは思えないぐらいものすごく良く、スリやひったくりなんてまずいませんし、ぼったくる店もそれほど多くはありません。
観光客も比較的品の良い人が多いです。あまり差別に繋がるようなことは書き辛いのですけも、どうしてもヨーロッパには「階級」なる文化が根強く残っていることは無視出来ません。要するに、バカンスシーズンのカプリ島は、ぶっちゃけ貧乏旅行者が気軽に足を伸ばすところではないのです。
もちろん、日中はそういう人もいますが、その殆どは青の洞窟を見て、ピザを食べて、定期航路のあるナポリかソレントにトンボ帰り、カプリ島に泊まる観光客は金持ちだけなのです。夏のカプリ島は、食事もお土産も、法外に高い街になるのです。もちろん、宿泊も。
つまり、このシーズンの夜にカプリ島にいる人は、金持ち観光客か別荘で過ごすセレブ……若しくは、会社の経費で宿泊しているラッキーな日本人調律師ぐらいなのです。
でも、観光客と別荘セレブは簡単に見分けが付くのです。別荘で過ごすセレブは、高い確率で犬を連れているのです。大抵は見るからに調律師より賢そうな大型犬で、多分、調律師よりお金を掛けて育てられてそうな犬です。
別荘に犬を連れてくるということが、ホントかどうか眉唾の話ではありますが、イタリア人の(セレブじゃない)友達に聞いたところ、それもまた一つのステータスなのよ、ということでした。
ということは、セレブって必ず大型犬を飼っているものなの? と聞くと、確かに飼っている人は多いけど、飼っていない人もいるとのこと。
ご存知かと思いますが、日本以外のほとんどの国では、犬や猫は容易に購入出来ません。ペットショップで誰でも簡単に購入出来る方が異常なのです。特に大型犬になると、社会的地位や飼育環境、収入や一緒に過ごす時間など、あらゆる条件をクリアしないと購入出来ません。そもそも、売っていませんし。
だからこそ、大型犬はセレブのステータスになる、という話には一定の信憑性はあるのです。でも、実際に飼っていないセレブも当然ながらいます……が、彼らは別荘に行く時だけ、見栄の為に裏ルート(後述します)で準備することもあるのだそうです。
バカンスも完全に明け、完全に落ち着きを取り戻す10月頃にもなると、もう、カプリ島は普通の観光地です。島からセレブ達がいなくなり、観光地としての敷居も随分と下がり、ちょっと無理すれば遊びに行ける島になるのです。レストランもホテルも、真夏と比べると大幅に庶民に歩み寄った価格設定になりますし、手頃なお土産も沢山売られるようになります。
このバカンス休暇明けのカプリ島では、ちょっと他にはない独特の光景が見られます。大型犬の野良が沢山いるのです。皆んな賢くて小綺麗で、よく懐いているのですが、飼い主はいません。
彼らは、ガット・リベロのように島が気に入って、島で自由に暮らしたいわけではないのです。
可哀想なことに、勝手に連れて来られ、勝手に置いていかれたのです。そう、セレブがバカンスを過ごす為だけに用意した犬なのです。見栄の為、一夏の為だけの犬……そんな話を聞いた時、ものすごく悲しく、やるせない気持ちになりました。何が動物愛護の国やねん!
世界が歪んで見えているのは、金魚鉢の金魚じゃなく、セレブ達かもしれません。いや、バカンス期間のカプリ島自体が、金魚鉢のように閉ざされた世界になり、歪んだ視野の人が自由気ままに泳いでいるのです。
でも、彼等は金魚とは違い、いつでも自力で金魚鉢から出ることが出来るのです。何も理解出来ないままに取り残された犬たちを思うと、胸が張り裂けそうになります。幸いなことに、何だか矛盾だらけの話になりますが、イタリアは動物愛護の進んだ国です。毎年のように愛護団体が保護しているのです。
ただ、あくまで噂ですが、保護された犬は翌年、先述した裏ルートでセレブ達に……どこまで本当なのか分かりませんが、そんな話も聞きました。本当なら、悲惨な無限ループです。
以上、あくまでごく一部のイタリアセレブの話ですけど……なにぶん、相当昔の話なので、現在はどうなのか知りません。
なので、現地調査に伺い、現況を確かめたいのです。どなたかセレブの方、私を犬代わりに、カプリ島に連れてってください。なんなら、置いて帰ってくださっても大丈夫です!🐶
#シロクマ文芸部
#金魚鉢
#久しぶりの参加なので
#めちゃくちゃ緊張してます
#鉢の中の金魚のように
#口をパクパクさせながら
#何とか間に合いましたとさ