【小説×音楽×絵】「デジタル省」創設…!
ここはヱヱヱヱ国政府中枢の建物。
その建物はとても高く、上のほうは雲がかかっていてよく見えない。
階ごとに立派な金ピカの鯱鉾を備えた屋根がある。AR越しで視るとそれら鯱鉾がたくさん泳ぎ回り、屋根は大海原の波のようにうねっている。
「よし、それでは行ってくる。」
その建物の1階で働くアアアア大臣は、秘書にそういうと、鏡でちょんまげと羽織の折り目を整え直す。
「大臣、今日それ何回目ですか?」
「まあ見た目は重要だからな。今や昔の武士とは違うのだ。」
そうはいったものの、内心は心を落ち着かせるためだけど。
何しろ、今日はこれからいよいよ大提案をしに行く日。
紙の公的書類への押印を廃止し、デジタル署名制度に移行させることが狙いだ。ゆくゆくはデジタル省開設という我が国の歴史上最も大掛かりな試みなのだから。
アアアア大臣は部屋を出ると、上司のイイイイ大臣に承認を得るべく、2階へと向かった。
部屋の前まで来ると、ドアをノックする。
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン―――
イイイイ大臣は人と同じことをやるのを嫌うタイプだ。先週からも突然、部屋を訪ねる時もこちらが返事をするまでずっと叩き続けと言われたので、その通りに実行する。
理由はよくわからないが、時代はダイバーシティだから、日頃からのちょっと違うことをやってみることが大事だとかなんとか言ってたっけ。
ドアを叩く踝が痛くなってきたころ、部屋の中から返事があった。
「はいどうぞ。」
ズキズキする手をひた隠しながら、ドアを開ける。
「失礼します。」
部屋に入ると、イイイイ大臣は水槽のワニにエサを与えていた。
体調はちょうど人間の肩幅くらいだろうか?真っ赤に染まった水槽の水面上に、爬虫類独特の大きな目だけ覗かせており、アアアア大臣をギョロっと見つめてる――ような気がした。
エサは―――とても書けそうにないので、ここでは割愛。
悍ましい色に染まった水槽を横目に、アアアア大臣は椅子にドカッと座りなおすイイイイ大臣に提案書を差し出す。
概要を説明し始めてから、数秒後。
「いいよ。承認!」
といいながら、あっさり承認印をポンと押した。
「よろしいのですか?まだ説明の1/10もお伝えしてませんが…」
「いいのいいの。ペーパーレスでAIしながらIoTを兼ねてブロックチェーンとかDXするんでしょ。ボク、新しいコトバ大好きだから。」
◆
押印廃止のための押印を1つゲットしたアアアア大臣は部屋を出ると、更に上役のウウウウ大臣に赴くべく、3階へと向かった。
部屋の前まで来ると、ドアをノックする――前に、一旦留まる。
(えーと、まず初めにノック。返事があったら、0.5秒後に「失礼します」と言って、0.1秒以内にドアを開ける、だったな。)
ウウウウ大臣は、とてつもなくマナーに煩い人だ。ちょっとでも外れた行動を起こすと命はない。
(よし、大丈夫だ。行こう。)
アアアア大臣は死ぬ覚悟で、ドアをノックした。
「どうぞ。」
「失礼します。」
扉を開けると、そこには壁一面に大きな岩――ではなく、300憶後年離れた惑星出身の石頭星人のウウウウ中の上の下大臣がいた。
岩の真ん中あたりに、小さな目玉でアアアア大臣をチラッと見つめる。
(ふう、マナー違反ではなかったようだな。)
無事に生きながらえたことに安堵しながら、アアアア大臣は、提案書を見せ、その内容の説明を始める。
一通り概要を話し終えると、しばらくウウウウ大臣の反応を待った。
「前例はあるのか?」
唐突に質問されたアアアア大臣は即座に答える
「ありません。しかし、今後の我が国の行く末を考えると、必要なことかと。」
「しかし、前例がないとなると、うまくいく保証はあるのかね?」
「まずは可能な範囲から試験的に実施予定です。」
「しかし、そのトライヤルも前例がないよね?果たしてうまくいくかどうか…」
「各機関への支障は最小限に留めるように最善は尽くします。」
「しかし最善を尽くしてもうまくいくかどうか前例がないとなると…」
アアアア大臣は、2時間ほどそんなやり取りをし、何とか承認を得ることができた。
♠
ダイヤモンドのように固い石頭のウウウウ大臣の承認をようやく得ると、アアアア大臣は、更に上役のエエエエ大臣に謁見すべく、階段を上がる。次の階へはエレベーターがないので、階段で登っていくしかないのだ。
しかもこの建物の階の高さは、各階によってまちまちで、これから向かう階への階段はやたらと長い。
下の階からずっと階段を上り続けているが、かれこれ30分近く経っている。まだかまだかと思いながら上り続けていると、ついにそのフロアにたどり着けそうなところまできた。
その先は、湯気がふわふわと湧いていて、階段上まで下りてきている。
がくがくした膝を抑え、汗で目の前がぼやけてしまった目をぬぐいつつ、ゼイゼイと息せきながら、最後の段差に足をかけた。
(部屋の入口のドアはどこだ…?)
その階はあたり一面湯気で覆われており、視界を遮っていて、少し歩くと自分の周辺ほとんどすべてが湯気で囲まれる状況になった。
手探りでしばらく放浪していると、目の前の先に暖簾のようなものが見えた。青を基調としたもので、「ゆ」と大きな文字が書かれている。そして、左下には、小さく「エエエエ大臣」という文字が確認できる。
そこにはその暖簾が垂れさがっているだけで、どうやらこちらが入り口のようだ。
ドアがないのでノックをできないため、アアアア大臣はその暖簾の側まで近づき「失礼します」と声をかける。
「だれ?」
奥のほうから、エコーのかかった声が聞こえてきた。
「アアアアです。提案書のご確認をいただきに参りました。」
「それは誰からの指示?」
「私自身の提案です。先ほど、ウウウウ大臣にはご確認をいただいてます」
「・・・・。入りなさい。」
アアアア大臣は言われるままに、暖簾を掻い潜って、部屋の中へ踏み込んだ。
部屋の中もあたり一面湯気で覆われており、ぼんやりとしか状況が分からない。しかし、入るなり目を惹くのは、床面以外の天井と壁一面に大小様々なたらいが無数に飾られてる点だ。一体いくつあるのであろうか。
部屋の奥のほうにはぼんやりと生物の影らしきものが見えている。どうやら湯舟のような液体に漬かっているらしく、ちゃぽちゃぽと音がする。あれが、右往左往星群のたらい回し星からきたエエエエ大臣であろうか。
「提案書を見せなさい。」
唐突にその方向から声が聞こえたかと思うと、たらいを掴んだにょきにょきと細長い手が伸びてきて、アアアア大臣の目の前でピタっと止まった。
これに入れろ、ということであろう。
アアアア大臣は提案書をその中へ入れると、今度はたらいが奥のほうへと引っ込んでいく。
紙をめくる音が30秒ほど続くと、
「私にはよくわからないから、オオオオ大統領に確認とって。」
と言いながら、再度押印済の提案書が入ったたらいが目の前ににょきにょきと現れた。
★
押印廃止のための2つの押印済の提案書が入ったたらいを抱えながら、アアアア大臣はエエエエ大臣の部屋を出た。
いよいよ次が最後だ。それが承認されれば、晴れて押印廃止令発令だ。
アアアア大臣は、入浴剤の影響と思われるほんのり甘い香りのする湯気を掻い潜りながら、最上階へ向かうべくそのエレベーターへと向かった。
なんとかエレベーターを見つけると、上の階のボタンを押す。程なくして、扉が開いく。
中へ入り、最上階へのボタンを押そうとするが―――
(あれ?おかしいな。)
1階から396階までのボタンはあるが、それより先は「‥‥」のマークがしばらく並んでいる。さらにその先を目で追うと、2つにそのマークは2つに分かれており、片方には、天使のマークが、もう片方には悪魔のマークのボタンがある。
アアアア大臣は少し考えて、悪魔のボタンを押した。
エレベーターは静かに上昇し、ぐんぐんとスピードを上げて上昇しているのを感じる。
しばらくすると、今度はゆっくりと減速し、扉が開いた。
エレベーターの外へ出ると、そこは機械で覆われた広大な空間だった。
そして、目の前には巨大な天秤のような機器が、今まさに何かを測量しようとしている。
天秤の真ん中あたりには、顔が太陽の形状をしていて、その下には旧世界の大きなテレビがあり、ホワイトノイズがかかっている。
ムジカ・マキーナ(機械の音楽)@FF5
https://www.youtube.com/watch?v=oZjW1pcQcU4
アアアア氏は、ちょうどそのテレビ画面が見えるましたあたりまで歩を進め、柵の手前で足を止める。
すると、「ブゥーーーン」という音と共に、画面上にまさに悪魔のような形相の怪物の顔が映し出され、しゃべり始めた。
「我に何用だ?」
アアアア氏は、機械の轟音にかき消されないように、大声で語り掛ける。
「押印廃止の提案書を持ってまいりました。ご確認いただけますか?」
「・・・・。提案書を見せよ。」
上空のどこからかロボットアームが伸びてきて、提案書を掴んだかと思うと、ものすごい速さで奥の壁の中に消えた。
しばらくディスプレイの悪魔は、時折天使のような表情に切り替わりつつ、しばらく表示が安定してなかったが、やがて話し始めた。
「なぜ今更押印廃止など求める?旧世界では歴史上幾度も大々的なデジタル化の革新が繰り返されてきた。その中での数少ないのアナログ的な価値として継承されている儀式であるはずだが。」
「確かに仰る通り、今更かもしれません。遥か昔に我々人類の様々な最終判断を人工知能に委ねて以来、人類の責任者唯一のアナログ且つ非創造的な仕事としては、『謝る』ことと『押印』くらいになりました。押印作業というのは、それは我々アナログ人類にとって大変な快感を覚えます。人工知能であるあなた方には理解不能かもしれませんが、物理的に自分の肉体である手でハンコを押す瞬間、自分が多くの責任を担っているという征服感と、自分が生殺与奪を握っているという支配欲が刺激され、何とも言い難い優越感が得られるのです。しかし、ここ数百年ではそのような我々の遺伝子も失われつつあり、押印作業ももはやルーチン的な面倒な作業として敬遠しようとする管理職も増えてきてます。要は、もう潮時だということです。」
アアアア氏はそこまで一気に話し終えると、超素粒子型コンピュータ―の人工知能大統領の反応を待った。
しばらくの沈黙の後、オオオオ大統領は答えた。
「よろしい。承認しよう。ついでに、あなたを『デジタル省』のリーダーに任命する。」
■
アアアア大臣は、ようやく大仕事を終えると、自室の戻った。
やれやれ。面倒な押印はもうやらなくて済みそうだ。
しかし、アアアア氏はこの時はまだ気づいていなかった。
新設のデジタル省設置に伴ってまだまだ大量の押印廃止のための押印ラッシュをする羽目になること、そして、これまでやってた押印の仕事がなくなることで、仕事の99.9%がなくなるということを。
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