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ピッチウェブとウィリアム・ダックワースについてのプチ・インタビュー2007

矢沢朋子(ピアニスト、Absolute-MIX主宰) 聞き手:横井一江(音楽ジャーナリスト)

横井: ウィリアム・ダックワースを日本に紹介したのは矢沢さんですよね。

矢沢: はい。2003年にピッチ・ウェブのオンライン・コンサートを企画し、Absolute-MIX で 招聘しました。(於:墨田トリフォニー・ホール)

横井: ダックワースとはどのようなきっかけで知り合ったのですか。

矢沢: 1990年に《Simple Songs About Sex And War》(注1)を聞いて、面白かったので 《The Time Curve preludes》(注2)の楽譜を購入しました。それ以来コンサートでずっと弾 いています。

横井: ダックワースの作品を取り上げようと思った理由は。また、彼の作品の音楽的な特徴に ついても教えて下さい。

矢沢: ポスト・ミニマルの中でも形式がはっきりしていて、ミニマル特有の「いつ終わるのか? このまま30分聞くのか?」といった類のものではなく、コンパクトにミニマルが形式づけられ ていること。また、ガムランのような和声を多用したサウンドがコンパクトなミニマル形式とマッチして新しい音楽(ニュー・エスニック)として表出されている点が、彼の作品の特色。《The Time Curve Prelude》は20世紀の名曲の1つです。
(ダックワース自身もこの曲は One of the best であると言っています!)

横井: ピッチ・ウェブのどこに面白さを感じていますか。

矢沢: ジョン・ケージ以来、「音楽を取り巻く環境をも創作する作曲家」というのは本当の意味 では出現していませんでした。「音楽はコミュニケーションのツールでもある」というケージの思 想を押し進め、ハイテク化したものがピッチ・ウェブだと思います。そういった点でも非常にアメリカ的な創作ですね。IT と結びついたというのも極めてアメリカ的でヨーロッパとは明らかに 違う文化を創出、発信していると思います。

横井: 今回は携帯バージョンを発表するということですが、そのどこに期待しますか。

矢沢: 楽しみすぎて分かりません!(笑)

横井: 今回のコンサートでは、聴衆参加型のプログラム《カテドラル》もありますが、音楽の場 における一般聴衆の参加について、どうお考えですか。また、今後も引き続きこのような企 画を継続してやりたいと思いますか。

矢沢: 私は「クラシックのピアニスト」に分類されるかもしれないけれど、だからといって他のクラシックのピアニストと音楽の趣味が似ているわけでもないし、目指すところも違います。「ピ アノを弾く」ということを共通項としなければ、自分の音楽の趣味と同じテイストを持った人と 何らかのコラボレーションをする方が、はるかに「2台ピアノでラフマニノフを弾く」より話しも 弾みます。同じテイストを持つ人にプロとしての演奏技術がなくても、「テイストが同じ」とい う美意識を共有出来る方が遥かに有意義だと思いますね。 なので、今後も「一般聴衆」対「プロフェッショナル」という構図だけではないことはしていきたいと思います。そもそも私のコンサート自体、普段「タイスの瞑想」とか「ベートヴェンの第九」 が好きという人を対象にしていません。来てくれて目覚めてくれるのは嬉しいですけど。(笑)

横井: 3 月 27 日、28 日のコンサートを楽しみにしています。お友達を誘って、ケータイを持って、ワークショップとコンサートに行きましょう!

注1:『Cabaret / Chizuru Mitsuhashi』 Geisha Farm に収録されている。 注2:『Transition / Tomoko Yazawa』Geisha Farm に収録されている。

補注(2022)矢沢朋子:William Duckworth は2012年に69歳で没した。ピッチウェブの共同開発者でプログラマーの妻、Nora Farrellは2017年に没した。Nora FarrellはMonroe Street Musicを立ち上げ、ダックワースの曲の出版、現代音楽のCDをリリースした。Geisha Farmの初期のリリースはMonroe Streetとの共同となっている。

まだクラウドという概念もなかった時代に、このような先駆的なアイデアを実現していただけに、その早すぎる死は残念でならない。今、彼らが生きていたらどんなことをしていただろうかとふと思う。

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