【なぜお金と時間を自由に手に入れたい系ビジネスマンの叩くキーボードはうるさいのか】
特に何か結論を書きたいわけではないけども、ある日ふと思った。
休日にカフェで読書でもと思いふらっと立ち寄った喫茶店で、ヤツは現れた。
いや、分かってしまう。
これだけ日々人を観察していると分かってしまう。
カフェの入り口に入ろうとする影が見えただけで、その人がどういう人生を歩んできて、家族構成は何人で、ウォシュレットは使う派で、目玉焼きには醤油派か、はたまたソース派か、大体そこまでは分かってしまう。
そして、奴は見たところ、それ風の風貌をしていた。
そう「お金と時間を自由に手に入れたい系ビジネスマン」だ。
パリっとしたシャツにベスト、刈り上げてジェルでまとめた髪に、日サロで焼いた色黒の肌、開くマック、叩くキーボード、揺れるコーヒー、握るアイコス、働く俺、アゲアゲパーリナイ。
ドカッとダニエルの横に座った彼は、まさに「お金と時間を自由に手に入れたい系ビジネスマン」の王道の特徴をしていた。
ふと鳴り響くスマホ、奴はカフェ中に響く声で軽快に口を開く。
「おいっすおいっす、おつかれおつかれ〜、どう調子?なんか今日は最高に調子いいじゃん?行くっしょ?行けるっしょ?よろしくよろしく〜」
子分的な立ち位置の子と電話をしているのだろうか。進捗の把握を喜びとしているのだろうか。それは分からない。
が、もう何というかすべてがうるさい。
いや、別にどんな格好をしていてもいいし、どんなマインドで働いていてもいいけれど、頼むからうるさい。
もう、お願いだからうるさい。
特にキーボードがうるさい。
頼むからキーボードの音で仕事振りを語らないでくれ。
そんなにエンターボタンを押したら、5行くらい行間が空いてしまうじゃないか。
「PCの全てのボタンをくり抜いて、パキパキに砕いてふりかけにして食ってやりたい」
生まれて初めて、そんなことを思った。
仏のダニエルと呼ばれて久しい。
日本のキリストと呼ばれて久しい。
七福神が子ども産んだらダニエル君みたいと言われて久しい。
そのダニエルがそう思うということは、どれほどのタップ音か分かるはずだ。
いや、これはもううるさいを通り越して、華麗なるビートだ。
そう、奴は自分という名のビートを刻んでいるだけなのだ。
それは、ピアニストが自分の音を奏でるように。
芸術家が自分の色をキャンバスに重ねるように。
そうだ、彼は彼なりのアートをまさに今表現しているのだ。
「ヒューマンビートボックス」
ふとそんなワードが心の中で浮かんだ。
ただ、おかげで、店内に持ち込んだ「ワンピース7巻」が頭に入ってこない。
サンジ編が全く頭に入ってこない。
ブックカバーを装着してビジネス書風に仕立て上げているワンピース7巻が全く意味をなしていない。
巧みな仕掛けによって休日にも関わらず「7つの習慣」か何かを真剣に読み己のブラッシュアップを図るデキるビジネスマン風の演出が台無しじゃないか。
辛うじて「鉄壁のパール」が登場したことだけは覚えている。
そう、ワンピースの中ではパンダマンの次に重要なこの男だ。
「そういえばこの男の顔、鉄壁のパールみたいだなぁ」そんなことを思った。
そして、ダニエルの頭に一つの強烈な思いが芽生えた。
「こいつを倒したい。」
いや、何を言っているんだ?
ここはカフェだぞ?
カフェの中でワンピースよろしく格闘なんか繰り広げていいのか?
そう心の内の「善なるダニエル」が囁く。
だが、もう遅かった。
ダニエルの右腕は、そっとカバンの中に滑りこんだかと思うと、1本のナイフ、、ではなく1台のマックを取り出していた。
カタン。
気づくとダニエルは自分のマックで「ピンボール」を立ち上げていた。
カタン。カタン。
思い切りの力を込めて、キーボードを叩いていく。
カタン。カタン。カタン。
ピンボール上で、パチンコ玉が見事に発射されていく。
ふと、横を見ると、「鉄壁のパール」がこちらを見つめていた。
「なんだこいつ、俺に対抗する気か。」
そんなことを多分頭の中で呟いた顔をしていた。
すると刹那、パールは更に力強くキーボードを叩き始めた。
カタン、カタン、ガタン。
カタカタカタン、カタ、ガタン。
もう、止められなかった。
ダニエルも必死でキーボードを叩き返していた。
カタン、カタカタ、カタン。
カタタン、タタン、ガタガタン。
静かな休日のカフェに、異常なまでのキーボード音が呼応する。
カタカタカタン、タン、タタン、タン。
カタカタン、タン、タタン、タタン、タン。
ガタン、タン、タタン、タンタタン、タン。
お互い、鬼の形相でキーボードを叩きまくる。
「こつには負けない、絶対に負けない、俺がグランドラインを制覇する。」
たぶん、両者が同じことを考えながら、マシンガンのごとく連打する。
方や、色黒、くわえるアイコス、叩くマックのパール男。
方や、色白、くわえるチューペット、叩くマックのダニエル。
綺麗なまでのコントラスト、唯一共通するのはマックのキーボードを叩いているという点だ。
カタカタン、タン、タタン、タン。
ガタカタン、タン、タタンタン、タタン、タン。
ガタン、タン、ガタタタン、ガタンタタタン、タン。
おそらく、機関車トーマスが実際に車輪を運ぶ音はこんな音なんだろうか。
指が痺れてくる。
キーボードが鈍いガタゴトという音を立て初めてきていた。
ガタン、ガタタン、ガタン、タン、ガタタタン、ガタンタタタン。
ガタン、ガタタタン、ガタン、タン、ガタタタン、ガタンタタタン、タンタン。
ガンガタン、ガタタタン、ガタン、タン、ガタタタン、ガタンタタタン、タンタンの冒険。
ガタガタン、ガタタタン、ガタン、タン、ガタタタン、ガタンタタタン、タンタン。
それから、どれくらいの時間が経ったかは覚えてない。
最後には、どちらが勝ったんだっけ?
あれ?
指が重い、、身体が重い、、。
何してるんだっけ自分?
人はなぜ愛するの?
地球は青いの?
死ぬの?
ポンポン。
「お客様、閉店の時間ですよ。」
気づくとダニエルは、カフェのテーブルに突っ伏して眠りこけていた。
学習院の女子大生風のかわいいお姉さんが顔を覗き込んでくる。
「あれ?あいつはどこに?隣に座ってた黒いやついたでしょ?お姉さんも見ましたよね?」
彼女は優しく微笑みながらこう言った。
「何言ってるんですかお客さん、今日はあなた一人しかお店にいなかったので、ずっと貸し切り状態でしたよ、フフフ。」
「なんだ、そういうことだったのか。。」
ダニエルはやっと我に返った。
ふとテーブルを見ると、開きっぱなしで、少しよだれのかかったワンピース7巻の隙間から、鉄壁のパールが怪しく笑いかけていた。
おしまい。
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