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手についたインクを落としたい話

万年筆のインクはいつの間にか手についてますよね。指を汚さないよう注意していたら今度は手の甲についてたりします。

プロの方にこれ使えばと教えてもらった除去剤(Stoko)もあるのですが、一般的に出回っている色素や油脂の汚れを除去する洗浄剤の中にも実は結構効くやつがあるんじゃないかと思いまして、調べてみることにした次第です。

本日は、そんなインクの除去剤に関する人柱実験報告です。ご参考。

真似は推奨しません。

1. 試す除去剤

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※吸着および研磨性の観点から、スクラブ系で揃えてみました。

写真右から順に、
●Stoko ReDuran
 スクラブ剤: ウォールナッツ殻パウダー
 除去剤: 油脂系の界面活性剤


●鈴木油脂化学工業「ペイント一発」
 スクラブ剤: シリカ
 除去剤: 炭酸プロピレン(化粧品などにも使われる油脂成分のリムーバー)


●平安油脂化学工業株式会社「カラトール」
 スクラブ剤: タルク
 除去剤: 還元剤を含む界面活性剤
 ちょっと薬品臭(たまらん)


●歯磨き粉/第一三共ヘルスケア「クリーンデンタル」
 スクラブ剤: シリカ
 除去剤:PEG-8(マクロゴール400=ヤニ等の色素沈着除去剤)


2. 使用インク

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僕の趣味です。顔料系と染料系で。

3. 実験

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①フタをあける。

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②塗布。まさかの直塗り。そして5分ほど自然乾燥。

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③一応、水洗程度ではほとんど落ちないことを確認。

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④スクラブ剤を準備。ペイント一発はちょっとおいしそう。

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⑤各スクラブ剤を塗布したのち、右手の人差し指の腹で、50g/cm2程度の圧力(※カンです)で、50往復刷り込む。

(余談)これは一般的な話ですが、スクラブ剤はその粒子性状を利用して、
 ①物理的にこすり落とす機能
 ②色素そのものを吸着する機能
があるので、対象汚れを吸着させる気持ちで、あまり水浸しにせず適度な水分量でしゃりしゃり揉み込んで洗うのが綺麗に除去するコツです。研磨とか包丁研ぎとかガラスの油膜除去など、スラリーで研磨する場合は大体同じコツ。水浸しのスラリー濃度が低い状態でいくらゴシゴシこすっても大体うまくいきません。これを極めたのが半導体シリコンウエハーです。

4. 結果

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だいたい消えた?


いずれのインクも、各洗浄剤を丁寧に揉み込んでから水洗すると大部分が除去されました。緑色はいつも紙の上だと耐水性なさそうな挙動ですが、皮膚にはやたらと残りました。どんな成分なんでしょうね。調べてみたいものです。僕に自宅用LC-MSを買ってくださる方、お待ちしております。

5. 色素別の考察

顔料の方が割と簡単に落ち、染料と思われる黄色と緑が結構残りました。
顔料インクは、顔料粒子自体の水溶性が低いため紙の場合は繊維内部まで浸透して耐水性を発現しますが、皮膚への浸透性はほとんど無いと見られ(ほぼ乗ってるだけ?)スクラブ剤などの物理的擦過で容易に除去できるのだと思われます。
一方、緑・黄色については、有機染料の類と思われますが、何やらタンパク質との相互作用が強い成分なのではないかと。アゾ系?
いずれにせよ紙上と皮膚上では、水洗に対する挙動が異なると考えた方が良さそうに感じました。

6.洗浄剤の考察

Stokoはおすすめなだけあってよく落ちました。変な匂いもなし。


ペイント一発、カラトールは、成分がこれとは異なりますが、手指の染料除去を重視した製品なだけに人体への負荷が比較的低い除去剤を使っているようです。

ペイント一発に含まれている炭酸プロピレンは油脂や疎水性の樹脂に対して溶解性がある有機溶媒の一種で、この製品はどちらかというとペンキなどの樹脂バインダーがたっぷり入っているような色材の除去を目的に作られた製品と見えます。万年筆インクの場合、樹脂バインダーを使っている訳ではありませんが、炭酸プロピレンに対して溶解性のある色素であれば、除去性能を発揮できるものと思います。特に黄色に対してはどの製品より効いてる気がするので、これは炭酸プロピレンの効果?
また、スクラブ粒子が入っているという割に透明なので、シリカはそこそこ細かいものを使っていると見られ、吸着剤の表面積が大きいのも効いているのでは、と思います。

カラトールは、この中では唯一還元剤を含む製品です。還元剤が何かは不明。(僕の鼻炎気味の嗅覚によれば硫黄化合物のニュアンスが感じ取れたのでチオグリコール酸アンモニウム系のものではないかと思うのですが、違っていても責任は取りません)
何であれ還元されることで色が消える色素は確かに存在しますので、そういったものを扱う工場などでは重宝される製品でしょうね。
還元剤で色が消えるのは、色素分子内の発色団にキノイド骨格が含まれているとか、有名な例だとインディゴのように還元体が無色であるようなロイコ染料の類です。万年筆にそういう色素使うんでしょうか。今回使用したインクについては、カラトールを塗布した時点ですぐ色が消えた訳ではなかったので、還元はあまり関係がないかもしれません。いずれにせよ、還元作用による消色は分子そのものを居なくする訳ではなく、分子構造を変えて発色しなくするという原理なので、酸素に触れればまた発色してしまう可能性があります。従って、色素分子を物理的に除去する必要は相変わらずある訳で、そのための洗浄剤として吸着剤と界面活性剤(洗浄成分)が入っているのだと思われます。

【余談】還元ついでに、古典インクが乾いた後に経時で発生する難溶性の鉄ガレート錯体(黒色系)も還元すると無色化します。ただし普通インク製品の場合は青色素と混合した状態で提供されるので、無色化する現象を直接見るのはなかなか機会がないとは思いますが。

結局のところ還元云々が今回のテストで本当に効いていたのかどうかは、分子構造を見ないと正確なところは分かりません。調べてみたいものです。僕に自宅用LC-MSを買ってくださる方、お待ちしております。←ほしい

歯磨き粉は一番作用が弱かったものの、スクラブ剤で細かい隙間のものをこすり取れて、しかもヤニ除去用のPEG-8が入ってるので、原理上、色素汚れ除去剤として機能し得ます。入手は一番容易ですし、手指が荒れないなら意外といい選択肢かもしれません。何ということだ。

あと、この試験終了後、お風呂に入ったらきれいに全部落ちました!

結論

・普通に手を洗っていればそのうち落ちる。
・お風呂に入るとすぐきれいになる。
 汚れたら、お風呂に入ろう!


この実験は何だったんだ・・・・

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