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あの日に帰りたい

一番に思い出すのは、まだ生後数カ月の息子がベビーラックの上で泣き叫んでいるのを、隣の部屋から何もせずに眺めている自分の姿だ。暗いリビングルームのソファーには夫が座り、ベビーラックを少し乱暴に揺すっている。呂律の回らない大声で
「いくら泣いたって誰も来ちゃくれないんだよ。お母さんが来ると思ったら大間違いだ。」と、いつものように1人喋っている。水色のオールインワインを着た息子は、ベビーラックに横になり安全ベルトをした状態で足を突っ張り、小さなこぶしを握り締め、体中から絞り出すような泣き声をあげている。
 私は息子を抱っこしに行きたいと焦りながら、主人から育児について厳しく注意されてきた様々な言葉を頭の中でめぐらせる。「男の子は泣いても甘やかしてはいけない」という夫の言葉に従ってしまうのだ。涙が止まらず、胸がぎゅっと苦しくなるが、立っている場所から動くこともできないまま、夫がソファーで寝てしまうのを待っていた。
 今、この日に帰れるなら、夫になんと言われようと、すぐに息子を抱き上げたい。育児に正解なんてものはないと今ならわかる。夫は私を批判したり文句を言うが、絶対的な存在ではなくなっている。
 抱き上げて
「私はこの子が泣き止むまで抱っこしていたい。それが私のやり方。」

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